第11話

 まだ彼と向き合うには時間が必要で、そんな彼女の気持ちを裏切るように彼女の目は彼から一度たりともそらされる事は無く。


 彼の目を見つめ続けるにうちに、目を背けて来た恋心に着いてしまった傷がじくじく痛み始める感じがした。


 「園田?」

 反応のない彼女を再び呼ぶ橋津の目はが少し不安そうに揺れている気がするのは絢の都合のいい勘違いなのだろうっと絢は思う。


 ーー何故彼はここにいるんだろう?

 そんな瞳で自分の名前を呼ぶのだろう?

 嫌いなんでしょ?

 だからあの雨のに無視したんでしょう?


次から次へと疑問はわいて来るのに、喉がひりついたかのように動かず彼女の疑問たちが言葉となって出て来る事は無かった。


 見つめる続ける彼の目が今度は泣きそうなように見えるのは、自分の恋心が作り出した妄想なのだろうかっと絢は彼を見つめ返す。


 嫌われてないのではという期待が勝手に膨らんでくる事を抑えながら、じくじく痛む恋心の傷を撫でるようにあの時を忘れては行けないとグラグラ揺れる自分をただそうと絢はしていた。


 でもそれでも、彼と目が合う事で傷から溢れて来てしまうのはあの時の雨のような冷たい雫ではなく、傷を労るようにじわじわと周りを暖かく覆う何かなのだ。


 ーーやはり目を背けても、傷ついても彼の事が好きなのだ。


 ごくっと唾を飲み込み、傷から後から後から溢れる暖かいものに押されるようにぽろりっと喉から出た「橋津君」と言う言葉に、絢の気持ちが全てのっているようだった。



 そんな彼女の返事に揺れる瞳を軽く見開いた橋津は、次の瞬間に頬をゆるめ泣き笑いのような顔だった。



 未だに橋津から目をそらせずにいる絢を手招きで側に呼ぶ。

 「話したいことがあって……待ってた」


 先ほどの疑問が頭を堂々巡りしていて何とか「うん」とだけ返事した絢に、「始めに聞きたい」と彼女から目をそらした彼の横顔にズキっと心が痛みを思い出す。

 しかし、すぐに絢の方に向き直り意を決したように見つめてくる。

 「園田、俺の事嫌い?」

 「えっ!?」

 急に言われた質問が理解出来ず、絢の頭は更にパニックに落ち入った。


 ーー何で私が橋津君の事が嫌いなのと嫌いなのはむしろ……

 「橋津君が私を嫌いなんだよね?」

 絢は思わず聞き返していた。

 すると今度は彼が「えっ…」と絢と同じように驚いた顔になる。

 「そんな分けない」

 そんな彼の簡潔な言葉に一度膨らませてしまった"橋津君に嫌われてない"という期待が勝手に出て来てしまいそうだった。しかし何故シカトしたのか?という疑問が最後の一歩でその期待に蓋をする。


 喉が震えているのだろうか「じゃあ」と呟いた絢の声は、静かな教室に掻き消えてしまいそうに震えて響いた。

 「水曜の帰り道に私のこと無視したのは何でなの?」

 呟きが更に弱々しく空気をふるわせる。


 その呟きに困惑げな表情を橋津は浮かべる。

 「俺が園田を? そんなことありえない」

 「先週の雨の日だよ?確かに声かけたのに橋津君は振り返る事も無く行っちゃって……」

 その日の事を思い出しながら話す絢の心にその時の気持ちが蘇って来て涙をこらえる為にそれ以上言葉は紡げなかった。 


 絢の答えに少し息を飲んだような様子の橋津だったが、俯いてしまった絢をしたから伺うように覗き混んで来た。

 「ごめん!」

 そして彼にしては珍しく大きな声を出す。


 その声に驚いて橋津を見ると泣きたいのは絢の方なのに微かな変化ではあったが、絢と同じくらいやそれ以上に辛そうに今にも泣きそうにみえる橋津の顔があった。

 「たぶん、聞こえなかっただけで……無視した訳じゃない」

 橋津は少し顔を辛そうに歪めながらと真摯に絢に訴えて来る。


 あの距離で聞こえないなんてことあるのだろうかっと少しの疑問が顔に出ていたのだろうか彼は続けて言った。

 「聞こえなかったって言い訳に聞こえるかもしれない。でも本当だ」

 更に表情を微かに歪めた彼に、まるで自分が彼の傷口を抉ってしまっているような感覚に落ち入り今はこれ以上聞けないと絢は思う。


 なので色んな疑問たちを今は飲み込み、「わかった」と少し微笑みながら返事をした。

 「ありがとう」

 そんな絢の声に顔をあげた橋津は少しほっとしたような表情を浮かべてと呟く。


 そしてしばしの沈黙の後、再び静寂がふるえる。

 「園田は?」

 質問の内容が掴めず首を掲げてしまう絢の様子に、彼女の瞳をしっかり見据えた橋津は1番最初の質問を繰り返した。

 「園田は、俺の事嫌いか?」


 「そんな分けない!」

 質問に質問で答える何て、自分の気持ちを優先したのを恥じた絢はとハッキリ答える。ただ顔が熱くてとてもじゃないが橋津を見られず、言葉を発した後は俯いてしまった。


 下を向いた絢の視界に橋津の手であろうものが伸びて来て、所在無さげにスカートをいじっていた彼女の指先をを壊れものに触るかのように優しく彼の手が握った。


 絢が何時でもほどける程に柔く包まれる指先から熱が灯り、その熱が全身に巡るように絢の顔を更に赤く灯らせる。


 「園田 絢」

 思わず呼ばれた自分のフルネームに、思わず顔が赤いのも忘れて橋津の方を見てしまう。


 どこか彼らしからぬ力強い声で彼は続ける。

 「さっきの答えを訂正する」

 嫌いじゃないを訂正するって事は、やはり嫌いって事なのではとギシリと絢の心がきしむ。


 そんな少し青ざめながらも目を反らせない絢を、まっすぐ見抜きながらと橋津は告げた。

 


 「園田絢、俺はお前が好きだ」




 そんな彼の言葉が耳には音として入って来たが、まるで外国語のように意味としては入ってこらす響きだけが頭の中にこだまする。


 ーー橋津君が?好き?私を?


 1文字1単語ずつ噛み砕いていくと、噛み砕いた言葉が胸に染み渡って行く。

 さっき傷口から溢れ出て来たものの比でない暖かな何かが絢の恋心を傷ごとすっぽり覆ってしまった。


 身体を汚染するように広がるそれは、トクトクと脈打ちながらもドクドクと熱い鼓動に代わって行った。


 そんな彼女の変化を穏やかな瞳で橋津は見つめながら、

「何時からだろう……園田の声がCDみたいにずっと再生されて耳から消えないんだ」とさっきとは打って変わってポツリと呟く。



 絢は「うん」と返すだけで精一杯だった。


 「気づいたCDじゃ我慢出来ず実際の園田の声を近くで聴きてたいって思った」

 少し熱がこもった目が何かを切実に彼女に伝えてきた。


 「実際に聴いたら今度は声だけじゃなくて、園田といる時間が心地よくて……ただ園田の隣にいたいって」と今度は切なそうに見つめてくる橋津に、絢は涙をこらえきれずに「うん」と涙声の返事をする。



 そして決心したように絢も橋津を見つめ返す。

 「私も気づいたら橋津くんの背中目で追っ手って……」と行き場を失っていたと思った自分の思いを紡いで行った。


 「水曜日のあの時間が本当特別で……何でだろうって思ってたんだけど気づいたの」

 絢は一度言葉を切ると、今も柔らかく自分の指先を拘束している橋津の手を自分の思いが少しでも伝わりますようにっとキュッと握り返した。


 「私も橋津君の事が好きだって」


 ーーこの心ごと全部見せれたら良いのに。



 その絢の言葉に今度は橋津は固まる。


 そして、瞳は雄弁に彼の思いを語り出した。

 綻ぶように嬉しくて仕方が無いように満面の笑みを見せたのだ。



 絢は思う。

 

 好きだと言ってからも、この満面の笑みの彼も自分はまた古い映画フィルムのような映像に足して大切なものとしてずっと取っておくのだろうと。



 満面の橋津の笑みに絢自身も幸せそうに蕩けるような笑顔を見せた事に絢は気づいてない。


 そんな彼女を見た橋津が抱きしめたいとばかりにもう一方の手で彼女を囲い込もうとしているのにも。



 ただ幸せそうな表情にちょっぴりの不安を載せながら、橋津は再び言葉を紡いだ。


「園田に……絢にもう一つ話したい事があるんだ」

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