第10話

 結果雨の中を何時もの2倍近い時間を掛けて歩いて帰った絢は、見事にその日の夜から熱を出してしまった。



 沙紀からは「大丈夫?」っとメールが来て心配かけて申し訳なく思ったが、彼に会わなくて済む事にどこか絢は熱で朦朧としながらも安心していた。


 そんな絢の気持ちに引きずられる用にその週は熱が下がらず、放送の当番があったのだが先輩に沙紀のフォローをお願いする形になったのだ。



 でも週明けにはすっかり体調も良くなり登校出来たが、何時も教室に入ったら癖のように橋津の背中をチェックしていたが絢はそちらを一瞥する事無く席に着く。


 最初は休み時間のときは沙紀に自分の席の後ろに来てもらい、彼に背を向け頑なに彼を視界に入れないように勤めていた。

 だが週明けだからか何時もよりザワザワっとどこか落ち着かない教室に居心地が悪く、その後はお手洗いや他のクラスの友だちのとこに避難する事にした。


 お昼になると先輩に風邪の間の放送当番を変わってもらったの代わりに、今日の先輩の当番を助ける事になっていたので沙紀への挨拶もそこそこに放送室に逃げ込んだのだった。

 「絢ちゃ〜ん、もう風邪大丈夫?」

 「もう大丈夫です。先輩、当番を代わってくれてありがとうございました」

 絢を見かけるなり心配げに詰め寄ってくる先輩に丁寧にお礼をする。


 そんな丁寧な礼に先輩は照れたような顔を浮かべながら「いやいや、俺は絢ちゃんの国宝級の声が風邪によって傷つけられないなら…おっほん、いやただ可愛い後輩の心配をするのは当然だからね」っと彼の本音が見え隠れするように慌てて答えたのだった。


 一体いつ自分の声は国宝級までいったのかっと改めて彼の声フェチ具合に若干引きながらも、心配をしてくれた気持ちだけは有り難く受け取る事にした。

 そして、こんなので彼が喜ぶならっと「今日はいくらでも原稿読みますよ!」っと提案したのだった。

 それに喜々とした彼は、彼女の原稿読みの途中もマイクで茶々を入れてくらい大喜びしたのだった。



 予鈴がなると先輩とのくだらないやり取りに気持ちが少し軽くなった気分で教室に戻り、努めて橋津を視界に入れ無いように心がけながら午後の授業の準備をした。気持ちが軽くなった気がしていた絢だったが、午後は少しクラスの空気が重く感じたのだった。


 ーー万が一を考えて鞄を持って来てしまえば良かった


 放課後も逃げるように放送室に向かいながら、そんな事を絢は思う。


 ーーまあ彼はたまに残っているくらいだし、今日残るとは限らないしね。


 熱が下がると同時に気持ちも少し落ち着いたような気がするが、まだ正直彼と面と向かって話すのは怖い。

 もしかしたら、あの時の痛みを思い返して彼の前で泣いてしまうかも知れない。


 ただ嫌われている上に目の前で泣くような女には絢はなりたくなかった。


 ーー時間がしばらくは必要だろうな。せっかく沙紀に勇気もらったのに。



 先輩が来るまでの放送室で泣き笑いのような表情を浮かべる彼女の中は、結局彼の事でいっぱいだった。




 「よし!鍵締めかんりょーっと!鍵も日誌も俺返しとくからいいよ」

 日誌を絢から奪った先輩は鍵を振り振り絢にいった。


 引くくらい声フェチで変わった先輩ではあるが、気遣いの出来る優しい彼に今回は甘えさせてもらう事にして「ありがとうございます!お疲れさまでした」と感謝の気持ちを込めて絢はいった。

 「う〜ん、今の声はまるで日だまりのように素敵だ〜」

 絢の返事を聞き、身震いするようにの声を総評しながら去って行く先輩の後ろ姿に、あのフェチ具合が無ければモテるだろうにっと絢はつい余計に心配をしてしまうのだった。


 そんな先輩とのやり取りに部活前に心配していた事をすっかり忘れてしまい、教室をがらっと開け目の前を見た途端に微笑みをウケベていた彼女の頬が音がしそうなくらい固まった。




 「園田」

 

 遠い部活動の声が一瞬にして掻き消えてしまうくらい、その一言が空間を覆う。


 絢は自分を呼ぶ声の主から目が離せなかった。

 絢の席に座って明らかに待っていたという格好を崩さずます、まっすぐ絢を見つめている橋津から。 

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