第9話
午後になると空は今にも泣き出しそうに暗い雲に覆われていた。
しかし、そんな天気とは真逆に昼休みに思いを吐き出し沙紀に背中を押された絢は、午後の授業は晴れやかな気持ちで受ける事が出来ていた。
とりあえず来週の水曜に彼と一度しっかり話しをしようと、もしかして嫌われるような事をしてしまったのならハッキリと伝えて欲しいと心に決めからだ。
放課後になるととうとう雨が降り出してしまっていたが、もとより天気予報に雨マークがあったので絢は折り畳み傘をしっかり持って来ている。
沙紀は置き傘をもってとっくにバイト先に向かって行ったが、絢は図書館によってから帰る事にしたので彼女が下駄箱に着いた時にはもう人はまばらだった。
さて帰りますかっと折りたたみ傘を広げた時に傘の端を見慣れたものが横切った気がした。
あっと思った時には絢はそれを追いかける為に雨の中に脚を踏み出していたのだ。
追いかけた先には鞄とビニール傘を肩に引っ掛けるように載せながら自転車を押している彼の背中があったのだ。
彼は校舎から出掛けていたので、雨に濡れるのも気にせず走って追いかけては追いつく前に一度止まって走って追いかけて来たっと知られるのも恥ずかしいので息を急いで整える。
ーーせっかく沙紀にも勇気をもらったんだもの。
ひとりでに拳を握って自分を鼓舞しては、今度は歩道歩く彼の左側にゆっくり回って出来る限りの笑顔を浮かべてと声をかける。
「はっ、橋津くん!」
ーーえっ
声をかけたものも彼からの反応はなく、足のリーチの差から隣を歩こうとしても絢はどうしても遅れ気味になってします。
出来るだけ早歩きしながら彼の隣に追いつこうとしながらも、もう一度勇気を持って声を掛けた。
「ねえ、橋津君ちょっと話したい事があるんだけどっ……途中までで良いから一緒に帰っても良いかな?」
彼の背中越しに掛けた声は、まるで聞こえてないかのようにその背中に吸い込まれて行く。
そんな彼女を気にかける様子も無く彼の歩みは全く変わらずに絢との距離も離れて行く。
最後まで絢の声なんか聞こえないと言わんばかりに、彼女を一度も振り向く事無く遠ざかって行く橋津の背中を絢は呆然としながら見つめ続けた。
今朝まで嫌われたかもっと思われながらも硬い表情ではあったが絢に答えてくれていた橋津だったが、今回は邪推するまでも浅はかに期待するまでもなく彼の姿は明らかだった。
完璧なまでに無視されたのだ彼に。
ーーあ……何だ、本当に嫌われちゃったんだ私。
お昼休みの出来事で暖かさを戻した心が急速に再び凍り付いて行く。
沙紀に励まされて胸いっぱいに諦めたくない、もう一度頑張りたいっと一生懸命隙き間の無いよう詰めた勇気も恋心も、ひび割れた入れ物の隙き間からポロポロこぼれ落ちて行くようだ。
元から満たされていた訳でなく、一生懸命に隙き間の無いよう詰め込んだだけで実際の所は隙き間だらけだった自分の恋心の弱さを目の前に突きつけられているようで、もうどうやってその入れ物を満たすように見せかける事も出来ない。
気づけば握っていたはずの折り畳み傘も手から滑り落ち辛うじて肩と鞄に引っかかり、絢の背中を雨からしのいでるに過ぎない。
髪に落ちた雨もそこから雫が顔を頬を濡らしても、今の絢の濡れた手では拭う事さえも叶わないだろう。
気づけば角を曲がってしまったのであろう橋津の背中が絢の視界から消えてしまっていた。
それでも彼女はそこからまだ動けないでいた。
ただただ思うのだ。
ーー雨と一緒にこの痛みも流れてしまえば良いのに。
ーーこの痛みは一体どこから来ているんだろう。
ようやく帰路につく為に踏み出したが、何時もの駅とは違う方向に絢の脚は進んで行く。
今はとりあえず雨に隠してもらうだけ、隠してもらえる間はいいのではないだろう。雨に紛れてこの痛みを雫に変えて流させるだけ流してしまおうっと。
ーーいっそのことこの恋心も雫に紛れて流れてしまえばいいのに。
ギュッと今朝までは痛んだいた心も、今では痛みに麻痺してしまったのか凍りついたうように何も伝えて来なくなっていた。
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