第2話

 気づけば放送の最終テスト日がやって来ていた。


 前回の新入部員が独り立ちする為の1回目のテストは、放送夏休み前なので忘れてしまって無いか最終確認を含め今日は先輩も同行してくれ不安がある所はフォローをしてくれた。たが今日のラストの放送テストでは一応で何かあった時の為に彼が見守ってはいるが、フォローはしてはいけない決まりになっているので絢と沙紀が基本2人で行なわなくてはいけない。


 テストと言っても機材の使い方はもう先輩からも及第点が出ており、さらに前回も特に大きいミスも無く出来ていたので他の新入部員たちも軽々クリアしているのだが、元から緊張しいの絢は朝から少しそわそわと落ち着かない様子だった。


 そんな時でも目に入って来るのは彼の後ろ姿。窓際の列の1番前に座る彼の姿は2列となりの最後尾に座る絢からはよく見えるし、外を眺める時・黒板を見る時に自然と彼の背中が目に入ってしまうのだった。そして今日も彼は授業中にも関わらず机に堂々と伏しており、その背中は気持ち良さそうに規則正しく上下しているのが絢から見て取れる。

 見慣れた彼の姿に現国の教師も注意するのに飽きたのか、もう何も言わずに見て見ぬ振りだ。そんな気もそぞろな彼女の様子に気づいたのか「園田、次読め」と急に当てられてしまい、急いで今読まれているどこか箇所を開いたまま進んでなかった教科書をめくって探す。

 慌てて読み始めて最初少し声が裏返ってしまったのはご愛嬌だろう。急に響いた声に視界の端とめたままの橋津の背中がピクっと動いたのが見て取れた。


 ーー慌てちゃだめ。せっかくの安眠を妨害しないようにしなきゃ。


 沙紀たちにせっかく褒めていただいた声をことさら柔らかく響かせるように注意しながら、絢は子守唄替わりになるような朗読になるように気をつけた。ひと際静かになったように感じた教室の中に、彼女の声が教室に柔らかく包み込みこんだのだった。



 いよいよ1回目のお昼の放送を行なう時が来た。


 前回同様に沙紀が今流行の曲を選んだ出来たのでその曲を流し、今日は連絡事項も無かったので絢は曲名を読み上げるのみだった。音楽を流すタイミングが少しずれたくらいで他には特に大きなミスも無くお昼の放送を終える事ができ、先輩も「この調子なら2人だけでの放送も問題なさそうだね!」と良い評価を貰っていた。


 最終の放課後に行なわれた放送は基本は規定通りで、下校の音楽にいつも通りに下校を促す放送を原稿のまま読むだけなので昼の放送に比べたらだいぶ楽なものになる。こちらの放送では2人ともだいぶ落ち着いて放送を行えるようになり、ミスもなく滞り無く放送は済ます事が出来た。


 林からも「二人とも動きも良かったし、問題なし! 独り立ちおめでとう!」と太鼓判を押してもらえ、2人の独り立ちが決定したのだった。最後に今日の放送について部日誌を記入を終えて先輩と供に絢たちは日誌と鍵を職員室に戻し、全て無事に終わった事にホッとした様子の2人の頬は思わず緩む。


 教室に荷物を取りに戻る道すがら、つい中庭を目で確認してしまった絢は今日はその背中を見つける事が出来無かった。無意識のうちに中庭を確認してしまった事も、彼がいない事に少し落胆してしまった事にも自覚がない絢だった。

 そんな絢に沙紀が「デビュー祝いにどっかで甘いもの食べて帰ろう!」と明るく提案してくると、何故か少し落ち込んでいる自分の思いに首を掲げながらも「どこのお店にしようかね?」と絢も明るく返したのだった。


 どこにするか話しながら教室に入ると、さっき無意識に探してしまった背中の主である恭介がいて絢の心臓はドキッと跳ね上がる。何時も背中ばかり眺めていた彼が帰ろうと思っていたのだろう、絢たちに向かって歩いて来る事に扉の横に避けながらも心臓の鼓動が早くなってしまい鼓動が彼に聞こえてしまうのではと思うくらいだ。

 沙紀が「橋津じゃん、バイバーイ!」っと気軽に声をかけるのを少しうらやましく思いながらも、いつも背中を見ていた彼と目を合わせる事が出来なかった絢だった。彼女の視界の端に橋津が挨拶替わりにぺこっとお辞儀をしているようだったが、いつも彼の背中を目で追っしまう時と同じで条件反射ようにチラっと去り行く背中をみようとっ目を向けていた。


 すると思わず何時ものように無気力で無表情な2つの目と目が合った。それはたまたまだったのだろうか。


 それとも橋津はその前から絢の事を見てたのか、思わず目が合ってしまい彼女の喉からひゅっと乾いた空気の音が小さく響いた。それはたぶん1秒足らずの時間だったであろう。それにも関わらず絢の目はまるでスローモーションのように、縫い付けられたように彼から目を離す事が出来なかった。そんな無表所な彼が彼女にも申し訳程度にぺこっとお辞儀をして歩き出したが、絢は目を離せずにいた。



 去った背中を何時ものように見送りながらも彼がこっちを見た映像が頭に残っていた。


 あの桜の中で見た彼が古い映画のように記憶されたように、今日のこの瞬間が映画のフィルムに新しく足されるのだろう。



 そして自分は再び何度も何度もこの古いフィルムを再生してしまうのだろうっという事を絢は確信していたのだった。

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