第3話
気づけば9月末になり絢たちが独り立ちする放送デビュー日を迎えていた。
絢は橋津と目が合ってしまった時から、あの古い映画フィルムのような映像を思い出す度に早くなる鼓動を持て余していたのだ。以前よりも橋津と
今回は流行の曲ではなく沙紀の好みが強く反映したような選曲で行ない、2回目となるとお昼と放課後の放送共に少し余裕が出て来た2人だった。
「ふう、無事に初日終えられて良かったね。」
日誌を書き終えた絢が顔をあげて安堵の笑みを見せる。
「本当にね!これでバイトでもなければ、2人でお祝いに行きたい所なんだけど……」
「また明日お祝いに行こうよ。」
分かりやすく落ち込みながらも日誌を職員室に持っ行くために立ちあがる沙紀を励ましながら、絢は彼女の分も荷物を取りにクラスに行き下駄箱前で合流する予定にした。
教室に早足で向かいながらも絢は鼓動が少し早くなってしまうのを感じていた。期待している訳ではないが、最近は放課後に彼が残っている姿を見かける事が多く勝手に脳が期待してしまうのだ。
教室に着くと扉を開く前に息を少し整えて、そっと教室の扉を開くと誰かが窓の方に顔を向けて横になっていてるのが見えた。鞄を取る為に自分の机に向かいながらも、橋津が寝ている様子で前回のように目を合わせる事もなく少しシュンとしながらも鞄をとる。
沙紀の机にも向かおうとした所で、寝ていたと思った彼がむくっと起き上がりドキッと思わず絢は立ち止まってしまう。驚きのあまり絢の体は石のように固まってしまい動かなかったが、彼女の目だけは吸いつけられたかのように彼の様子を追ってしまっている。
絢がそんなことに陥っている間にも「うーーん」っと彼はおもむろに伸びをして、鞄を持ち扉から立ち去ろうとする。
ーーあっ
すると彼が立ちすくむ絢の事に気づいていたのか、急にくるっと彼女の方を見る。
「あー……バイバイ」
橋津が声をかけて来たのだ。
ーーえっうそうそ!!
クラスメートなら当たり前の事なのだが、その相手がまさかの橋津で更に彼から話しかける事自体少ない。
「えっうん、ばいばい」
そんな彼の不意打ちに何とか返事しながらも、絢は自分の動揺っぷりに顔に熱がこもって来るのを感じていた。
ーー最初声が裏返っちゃったし、絶対顔赤くなっちゃってるし!変に思われちゃう……
つい余りにも変な自分の様子に顔を下に向けようとした瞬間。
ーーえっ笑った……?
彼の反応が面白かったからか橋津がかすかに笑った気がしたのは、絢の見間違いだったのか。踵を返して去っていく彼の足音を聴きながらも1人残った教室で固まった絢。
何となく古い映画フィルムに今日からバイバイっといった彼の声もたされるのだろうっという考えを胸に、沙紀が待っているのにも関わらず彼女はしばらく動く事が出来なかった。
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