第4話 ナポリタン

 予想していた通り、二人が風呂から上がってきたのは七時前のこと。


 テーブルに並べた料理の数々を見て、目を輝かせたのはイリアだけでなくみりんもだった。食べる前から、そんなに期待されても困る。


「それじゃあ早速食べようか。まず作ってみたのは子供が好きなハンバーグ。ソースは甘めのケチャップ系だ」


「わ~、美味しいそうだね、イリアちゃん」


 うん、と頷きナイフとフォークを手に取った。カチャカチャと不器用そうにハンバーグを切り分け、むんぐと口一杯に頬張ると途端に笑顔を見せた。


「いいな~、私も食べたいな~」


 イリアを足の間に置いて、後ろから甘えたような声を出したみりんに、フォークに刺したハンバーグの一欠けらを差し出した。


「わっ、いいの? じゃあ、いただきま~す。んっ……うん! やっぱりきいちゃんの料理は美味しいね」


「そりゃどうも」


 こうやってみるとまるで姉妹のように見える。睦まじいね。


「じゃあ、お腹が一杯になる前に次に行こう。作った後に気が付いたんだが、同じケチャップ系で申し訳ない。ナポリタンだ」


「やった~! ねぇねぇ、イリアちゃん。きいちゃんのパスタはどれでも絶品なんだよ! さぁさぁ、食べて食べて!」


 確かにパスタ料理をよく作るが、麺を茹でて手作りのソースに和えるだけだからなんだよね。簡単だからさ。


 イリアは勧められるがままにフォークで麺を巻き取って、口の周りを汚しながら頬張った。そして、笑顔を見せると喜んでいるのか握った左手を上下させた。今のところは甘い味が、というかケチャップが好きって感じかな。お子様味覚ってやつだ。


「ほら、こっち向いて。口元がさ」


 ちゃんと綺麗にしておかないと、イリアが着ている一回り大きいみりんのパジャマを汚してしまうから。ケチャップとかの汚れは落ち辛いんだよ。


 ティッシュで口の周りを拭き取ると、何故だかみりんが目を細めて微笑むように俺の顔を見ていた。


「……なんだよ」


「べっつに~、はい。次の料理はなに?」


「次は……一応カレーは作ってあるし、オムライスを作る準備はできているんだが、その前にこっちを食べてみてくれるか?」


 キッチンで煮込んでいた小さな鍋からスープを掬って、平べったい器に注ぎ込んだ。


「それは……ビーフシチュー?」


「いや、ボルシチ」


「……何が違うの?」


「そりゃあ……長くなるけど本当に聞きたいか?」


「ん~、そうでもないかな」


 などと言っている間に、テーブルに差し出した器にスプーンを沈めたイリアは、銜えこむようにスープを飲んだ。


「っ……ん~ん」


 漸く声が聞けたかと思えば、拒絶するような声だった。


「そうか、イマイチだったか」


 それなりに上手く作れたと思ったから、結構ショックだな。これが上手い調理と美味い料理の差か。……ん?


「どれどれ、私にも食べさせて。んっ……ん~……別に普通に美味しいけどね。でも、ハンバーグとかナポリタンの後に食べるものじゃないよね」


「まぁ、な。一度軌道に乗せてからって考えが仇になったか。じゃあ、こっちも微妙か?」


 二品目のロシア料理を出したのだが、イリアの反応は芳しくない。まあ、ロシア系で甘い料理ってあまりないよね。


「あ、これならわかるよ。ほら、あの~……ピロシキだ! え、あの短時間でパンまで捏ねたの?」


「さすがにその時間はなかったから生地は冷凍のパイシートで代用した。これも、まぁ……不味くはない、と思う」


 ここまでくると自信も無くなるが、イリアは皿に乗っていたピロシキを一つ手に取って、そのまま噛り付いた。さぁ、お味は?


「…………」


 口に含んだ分だけを呑み込んだのを最後に、残りはみりんのほうへと差し出してしまった。そして、コップに注いでいた麦茶を一気飲み。


「あ、あ~、レバーか。私も子供の頃はレバー苦手だったし、それが駄目だったんじゃない? 私は好きだよ?」


「お~、そうか、良かった良かった。俺も好きだよ~」


「いや、そんなに凹まないでよ。ほら、イリアちゃんだって気にしてるじゃない」


 テーブルに肘をついて抱えていた頭を上げてみれば、イリアが不安そうな顔で俺を見詰めていた。まぁ、元より好みの物が何かを調べるためにいろいろな料理を作ったわけだし、当たりもあれば外れもあるのは当然か。むしろ、今のところは二勝二敗なわけだし、残りの二戦で勝ち越せれば作った甲斐があったってもんだ。


「よし、次はカレーだ。甘口にしたから、多分口に合うだろう。その後はオムライスを作るから、みりんも好きな物を食べていいぞ。どれでもおかわりは作れるからな」


「だってさ、イリアちゃん。今のところはどれが一番おいしかった?」


 お玉でカレーを掬いながら、会話に耳を傾けて視線を向けると、イリアはフォークを手にナポリタンへと手を伸ばした。


「だってさ、きいちゃん」


「……みたいだな」


 悪い気はしない。やっぱり料理ってのは、誰かに食べてもらって美味しいって言ってもらうのが一番だ。食べたときに笑顔を見せてくれた時が一番、嬉しい瞬間だ。


「はいよ、カレーだ。最後にオムライスを作るから。あんまり食べ過ぎずに待ってろよ」


 ……いやはや、作ってから気が付くとはなんとも滑稽な気がするのだが、ロシア料理を除いた四つのうち三つにケチャップを使っている。これは最早、俺の料理云々とか抜きにして、単にケチャップが好きなんじゃないか? しかし、かといってほとんどルーで味が決まるカレーが一番美味しいと言われるのは複雑だし……ううむ。


 なんだ、このどうでもいいジレンマは。とりあえず言えるのは、調理の技術を最も必要としないのはナポリタンってことだ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る