第5話 酷な推測
結論から言うと、イリアが最も美味しいと評価したのはナポリタンだった。
「まぁ、いいけどね。細かい味の調合は俺がやってるしね」
「そうそう、私だってきいちゃんの料理でパスタが一番好きだからさ!」
ははは、気が付いていないのかもしれないが、その言葉は追い打ちだったりする。要は、これまで作ってきた料理の中で、最も手の掛かっていない料理が好きってことだからね。
これまで俺は無駄に料理を頑張っていたってわけだ。……ま、料理自体は好きなんだけど。
さて置き。
「それで、イリアはどうだ?」
「もうぐっすりだよ、きいちゃんのベッドで」
疲れていたからか、満腹になったからか、夕飯を食べ終えたイリアは舟を漕ぎ初め、抱き上げてベッドまで連れて行けば目を閉じて寝息を立て始めた。こうなってしまっては話し合うまでもなく、みりんがベッドでイリアと共に寝て、俺はソファーで寝ることが確定した。
夕飯の食器を洗い終えて、俺も風呂に入ってさっぱりしたところで――さぁ、本題だ。
「とりあえず、いろいろと考えなきゃいけないわけだが……何から話す?」
ソファーに並び座り、お揃いのマグカップでアイスココアを飲むみりんのほうを向けば、人差し指を下唇に当てて斜め上に視線を上げた。
「ん~……じゃあ、大学生らしくイリアちゃんがあそこに居た理由を推測してみよ~」
「それ、大学生らしいか? まぁ、別にいいけど。……単純に考えて――その一、親に捨てられた」
「ベタだねぇ。じゃあ、その二、誘拐された」
「だとしたら、誘拐されたことを前提に、その三、逃げてきた」
「ん~……もしくは、その四、何らかの問題が起きて邪魔になったから捨てた」
「随分と現実味が薄れてきたな。なら――ターザンよろしく、その五、樹海で育った」
「はい! その六、実は天使!」
「おい、大学生らしさはどこいったよ」
おふざけはこれくらいにして。出た推測を纏めると、育児放棄説が有力か。だから、つまり親がまだ存命である可能性が高いということ。しかし、仮に見つかったとしても子供を捨てた親が、また親に戻ることはないだろう。
「まぁ、天使かどうかはさて措いて、みりん。風呂に入ったときイリアの体はどうだった?」
「え、なに……まさかきいちゃん、幼女の体に興味があったの?」
「違ぇよ。わかってるだろ、怪我とか痣が無かったかってことだよ」
「うん、なかったよ。むしろ真っ白過ぎるくらいに真っ白だった。でも、骨張っているって感じでは無かったな~。痩せてはいたけどね。でも、健康的な――はっ! そうだった、確かに背中に羽は無かったなぁ……残念」
本気で天使だと信じていたのなら相当なアレだが、そんなところも可愛いから良しとしよう。
とはいえ、虐待を受けていたわけでもなく、あの樹海でまともに? 食事を取っていたとなると、もしかするとイリアだけじゃなかったのかもしれない。樹海には自衛隊の訓練場があるとも聞くし、別のコミュニティが出来上がっていてもおかしくはない。むしろ、あの洞窟こそが住み家だったのではないかと考えると、合点がいかなくもない。
「ま、追々だな。わからないところはイリアに直接聞けばいい。今の俺にはそれよりも興味深い対象がある」
「対象? イリアちゃん以外に?」
「……これだ」
布で包んでポケットに入れていた『それ』を取り出して、テーブルに置いた。すると、みりんは興味津々に顔を寄せて、触っていいのか、と顔を傾けて聞いていた。頷いて返すと、恐る恐る丸められた布を解いていった。
「これ……これは……うん、いや、なにこれ?」
うむ、予想通りの反応だ。
「なんだと思う?」
「ん~……形的には歯みたいだよね。大型犬の犬歯くらい」
牙と言い換えてもいいだろう。要は、二センチくらいの三角錐だ。
「イリアが倒れていた近くに落ちていたから手に取れたんだが、特に探していたような仕草は無かったからイリアの物ではないんだろう」
「だねぇ。で、これはなんなの? 犬の歯? それとも変わった形の石?」
「本音を言えば、それが何かはわからない」
「……わからないの?」
怪訝な顔を向けてくるみりんに対して、つい目を逸らしてしまった。みりんは植物学、俺は岩石学の学生で互いに優秀だという自負がある。にも拘わらず、わからないのだ。言われずとも自尊心は傷付いている。
「正確には、今のところはわからない、だ。触った感じでは水晶に近いが、自然とこの形になったとは考え辛い。かといって、カットされたような痕も無い。それに、ほら――普段は透明に見えるのに、光を通すと赤く見えるだろ? 石だろうと歯だろうと、これは新しい発見だ」
「へぇ……それ、重いよね? 作り物って可能性は?」
「んん、見事に夢を圧し折ってくれるな。まぁ、作り物って可能性も充分に有り得るが、それならそれで構わない。逆に、こんな物を作れる技術を教えてもらいたいくらいだからな」
「ふ~ん」
みりんが完全に無関心モードに移行した。片方が専門的なことを語り出した時に、もう片方は必ずこうなる。まぁ、仕方がない。話をまともに聞いてもらえないのは趣味に生きる者の運命だからね。それをお互いに理解しているからこそ、付き合えているみたいなところもあるし。
「俺だけじゃなく、みりんだって気になる植物があったんじゃないのか?」
「まぁね。でも、あくまでも気になるってだけで、興味深いとまでは――ん? じゃあもしかして、きいちゃん。明日、大学行くの?」
「ああ、うん。そのつもりだったんだけど……イリアの相手が一人じゃ心配なら、また今度でも構わないよ。そんなに急いで調べなきゃいけない物でもないし」
すると、みりんは間髪入れずに口を開いた。
「いやいやいや、だいじょーぶ。イリアちゃんのことは私に任せて!」
「……別に信用してないわけでもないし、信頼していないわけでもないんだけどさ……その反応は何か隠しているような気がして、むしろ放っていけないんだけど?」
「あ、ううん……そうじゃなくてさ。やっぱり女同士のほうが話易いこととかあるし……何より、何を措いても私たちは学生でしょ? それに研究者。だから、そういうことの邪魔はしたくないし、逆に私のときもしてほしくないんだよね」
ああ、まったく。この状況でイリアが居なければ、と思ってしまう俺は相当熱にやられているらしい。
「……わかったよ。じゃあ、俺は大学に行くから二人は買い物にでも行って来ればいい。服とか、必要なものはいろいろあるだろ?」
「うん。なんか……ごめんね?」
「何に対しての謝罪か知らないけど、そういう時はありがとうでいいんだよ」
そう言うと、みりんは俯きがちに、上目遣いでこちらを見上げてきた。
「ん……わかった。愛してるよ」
まさかのランクアップ。もはや『あ』しか合っていないし、意味すらも変わってきているけど、良しとしよう! 可愛いから!
そんなこんなでキスの一つもしないまま寝ることに。予想通りに俺はソファーで、みりんはイリアと共にベッドの中へと入っていった。
その夜、俺は――生殺しという言葉の意味を初めて知った。
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