112話 決勝戦

 蒼き晴天の下、カラッとした暑さが闘技場を覆いつくす。

 ついに決勝戦だ。

 昨日よりも観客が多く、会場に入りきれないほど賑わっていた。

 貴賓席には、各国の王族たちが優雅に寛いでいる。

 ドラセナ、アレクたちまでも、楽しみに待っているようだった。


 ララが音声拡張魔導具を手に持って、声を高く上げる。


「待ちに待ったぁ――! 南星の剣聖リフェル選手と無音の魔導士イツキ選手の決勝戦――っ! どんな戦いを見せてくれるぅ! 興奮に酔いしれちゃいましょ――!」

「「「ウォォォ――――!」」」


 観客が大きな声を上げるさなか、決勝戦の舞台へ入場した俺は、リフェルと握手をする。


『イツキっ! イツキと戦うの楽しみっ!』

『嬉しそうだね。そんなに俺と戦いたいなんて……』

『当ったり前じゃん! あたしはイツキを超えられるか挑戦したいんだっ!』


 リフェルは、やる気満々だ。


 ひとまず、【防御魔法:ガーディアンウォール】の発動準備、【補助魔法:エンカレッジ・ブレイブ】を自らかけてステータスを大幅にアップさせる。

 これで準備万全。


『イツキ! 前にも言ったけど、制限をかせにするとたぎるよね! 剣神開放はもちろん使わないし、あたしが今持ってる力の全てを出すよ!』


 決勝戦が始まる前に、リフェルと話し合い、お互いに制限を課したのだ。

 俺は、最上位の攻撃魔法とオリジナル魔法、時空魔法を使わないことにした。

 リフェルは剣神解放を行わない──という形にしたのである。

 そりゃ、世界中から集まる観客、王族を含め特権階級の前で、奥の手を見せるのは、どうもまずいと思う。

 アレクに見せたオリジナル魔法は、まずかったな。

 反省しきりである。

 もっとも大きな理由は、マクスウェルさんから百獣戦の真の目的を教えてもらったことだ。獣王の企みを知った今、何されるか分からない。

 能ある鷹は爪を隠す必要がある。


 リフェルは、攻撃力が高く油断できない。

 破壊されないようサン・オブ・ロッドに、【土属性魔法:アース】で付与させ、耐久力を強化しておく。

 リフェルの持つ聖剣クラウソラスは、Sランク武器であり、俺はAランクの杖。

 これじゃ、壊されるに決まっている。


 ララの合図と同時に、リフェルは、聖剣クラウソラスを抜き、剣先を俺に向ける。

 前がかみながら足を少し広げ、【威圧】を放った。


 場がしんと静まり、ビリビリと震えていく。


 覇気をむき出したリフェルは、南星の剣聖そのものだった。

 ぶるっと身震いしたが、サン・オブ・ロッドを持ち、身構える。

 リフェルは、嬉しそうに笑う。


『イツキ! いざ、尋常に勝負!』


 瞬く間に、鋭い刃が俺を襲う。

 地面すれすれに剣さばきが迫ってくる。

 俺は、とっさに軌道を読み取って、身をかわしつつ、杖の日輪で受け止めた。

 ぶつかりによる斬撃が身体に響いているが、音はまったく聞こえない。


「なぁ――んと! リフェル選手の剣技を受け止めたぁ!」


 ララが叫んだあと、リフェルは、俺に【念話】を飛ばしてくれた。


『やるねっ!』


 手がジンジンとする。

 リフェルが放つ剣術は、衝撃が強くて痺れてくるのだ。


 俺はすかさず、【元素魔法:ストーンパレット】を無詠唱し、無数の岩石を撃ち放つ。

 だが、リフェルは、無数の岩石の軌道を逸らし、聖剣でなぎ破壊していった。


『ずっと、イツキを見てきたからね! 負けないよっ!』


 リフェルは、そう答えて身を溜めつつ、


『行けぇ! アイレ・エスパーダ!』


 と、巨大な斬撃波が放たれ、一気に襲ってきた。

 即座に、【防御魔法:ガーディアンウォール】を何重も重ねるように唱え、斬撃波の威力を弱らせてから弾いた。


『むうっ! これもダメか!』


 バングは、ほう! と感心するように言った。


「あの2人は、戦い慣れていますね。2人とも同じ冒険者であり、イシュタリア大陸で一躍、有名になった静寂の青狼と呼ばれるパーティだそうですね」


 おお、世界的な評論家でもある解説者バングから褒められるの嬉しいな。


 俺の番である。

 魔力を込めて、【元素魔法:ウインドカッター】でリフェルに放った。

 

『やばい! あたしの剣技そっくり返してくるなんて!』


 文句つけるリフェルだが、見事に、複数のウインドカッターを叩き落としていった。

 とたん、なるほどと不敵な笑みで【念話】を飛ばしてくれた。


『イツキ、魔力は相変わらず膨大だけれど、身体能力は、一般の冒険者と同じレベルなんだね』

『ばれたか。補助魔法で攻防を高めているからね』

『やっぱり! その隙を狙うよ!』


 そう言ったとたん、リフェルが消えた。

 後ろに気配を感じ、とっさに下へしゃがみ込み、剣筋をかわす。


『これって、前にフリードさんが見せた神速?』

『うん! 神速だよ! 行くよ! 刺突閃セロ・ストーク!』


 リフェルは、【神速】を利用した突きによる風圧が弾丸のように伸びていく。

 防御魔法を展開したが、突き刺さり穴が開かれて思わず、かわす。


『一点集中なら効果ありだね!』


 隙あらずと、連続するように身を溜めてくる。


『天より降り注げ! ヴェロ・ルス!』


 トーステ大迷宮の最深部にいたSランク化け物、ヒュドラをバラバラにさせた、豪雨如く降り注ぐ数多の斬撃かっ! 

 これは、まずいっ!


 トーステ大迷宮の頃より、かなり強くなったリフェルだ。

 破壊されることを前提として、【防御魔法:ガーディアンウォール】を何重も張った。


 うわわっ!


 何度も何度も張って、壊され、張り直し、壊され、張り直しを必死に、斬撃が止むまで続けた。

 やがて、斬撃が止んで、リフェルは感嘆する。


『へぇ! これもなのね』

『あ、危なかった……ずるくない? 俺も一度だけ最上位の攻撃魔法を……』


 そう伝えようとすると、叡智様から止められた。


〈主、最上位魔法は避けた方が良いでしょう。闘技場を覆っている結界が破壊される確率は、90パーセントとなります。上位魔法まで推奨〉


 マジ? 思わず無詠唱で放ちそうだった。


『……したいけれど、ここは上位魔法で反撃するよ!』


 仕方なく、いくつかの上位魔法を連続的に放つ。

 フレイムバースト、アクアヴォル、ウインドガストなどの手持ちの魔法を放った。

 リフェルは危なっ! とぼやきながら、かわしたりしていく。


『ちょっと待って! 待って! 待って!』

『なんだ? 降参かな?』

『理不尽よっ! 避けるだけで精一杯だったよ!』

『いや、あのヴェロ・ルスだっけ? あれもやばかったよ!』

『お、イツキが焦るの嬉しいな』


 リフェルは、嬉しそうに微笑んで剣を振り下ろしてくる。その姿は、戦闘狂そのものだった。


 怖っ! バーサーカーみたいで怖いわ!


 今度は、【隠蔽】スキルを使って、魔法を見えなくし、ステルス攻撃で行く。

【元素魔法:ストーンパレット】をもう一度、無詠唱し、無数の岩石がリフェルを狙った。

 リフェルは上手くかわしている、その時、密かに【隠蔽】を使って1つの岩石を見えなくさせる。


『懲りないね! そんな魔法なんて、あたしには通用しないよ!』


 うむ、油断してるな。避ける位置を予測し、狙い定める。

 3,2,1、そこだっ!


 リフェルの後頭部に、勢いよく直撃させた。


「がっ!」


 リフェルは、そのまま意識を失い、身代わり人形の頭部分が砕けた。


「ああっ――と、番狂わせ! 七星王の1人を倒したのはなんと! イツキ選手ぅ――!」


 観客たちまでも、ざわめきを起こした。


「すげぇ!」

「無音の魔導士って何者だ! 七星王でもないやつが!」

「世界で最も強い剣士と言われている剣聖を倒すとは……」


 ララが首を傾げた。


「あれぇ? リフェル選手! 動いていないようですぅ!」


 ララからの【念話】に気づいた俺は、リフェルに振り向くと、ずっと横たわっていた。

 まさか……不安になってきた。

 急いで、リフェルのところに寄って、確認すると息をしていたことに、ホッと胸を撫でおろす。

 でも、不安なので、


『リフェル? 大丈夫?』


 と、肩をさすった。


「……………」


 リフェルは、気を失っていて何も動じていない。


「イツキ選手! 担架さんが気絶しているようで……ごめんなさぁい! リフェル選手を担いでくださぁい!」


 ……は?

 担架スタッフが気絶? どういう意味だ。まさか、リフェルの威圧にのまれたのか……。

 

 周りの目が期待したかのような雰囲気にのまれ、結局、抱っこすることになってしまった。

 意外と軽かった。

 リフェルを見やると、戦闘中とはギャップがありすぎると思うぐらい、眠り姫の美少女のようだった。

 

 やがて、リフェルが意識を戻した。


『あたし、負けちゃったんだ。あうっ、あたしを抱っこって……やめてっ!』


 抱っこされたことで、恥ずかしそうに赤く頬らせるリフェル。

 元気になったみたいなので、すぐに降ろしたが、リフェルは、なぜか膨れ顔になった。


『なんで降ろすのっ!』

『えっ!』

『降ろしてと言ってないよ!』

『いや……それは……。そ、それより、また戦おうよ! リフェルの剣聖術の指導をお願いします』

『おっ! 嬉しいね。次の機会は原っぱでやろ――!』


 リフェルは、嬉しそうにニッコリと笑った。

 ほっ、機嫌よくなって何より。


 ◆ ◆ ◆ 


 闘技場から出て、控え通路を歩くと、ユアとクー、ソフィが来てくれた。

 みんなから拍手してくれる。


「さすがイツキさん、優勝ですね。リフェルさんも二位ですね! 静寂の青狼が一躍有名になりましたね」

『ご主人様、すごかったよ! ボクもイツキの守護獣でよかった!』

「イツキとリフェルの戦いは素晴らしかったわ」


 ユアとクー、ソフィからの励ましに俺は嬉しくなり、【クリアボイス】で応えた。


「みんな、ありがとう!」


 確かに大会で優勝するのは今までなかった。初めての経験だったな。

 その時だった。


「楽しまれている中、失礼いたします。無音の魔導士イツキ様と南星の剣聖リフェル様、誠におめでとうございます。

 我が王、レオン陛下より、お会いしたいと望んでおられます。2日後に、城へいらして下さいませ」


 観客のいない真っ白な石張りの控え通路に、キツネ耳の執事が、俺たちのところに声をかけられたのだった。

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