111話 アレクの父親
アレクから案内された場所は、これもまた大変、立派な宿屋であった。
王族や侯爵レベル以上でないと入れない宿屋だと、アレクが誇らしげに語る。
金色に輝く大きな扉が開くと、真っ白い石畳が奥まで広がっている。
その真ん中には、木花に囲まれた噴水。まるで、無機質な空間に癒しを与えているかようだった。
「イツキ、宿屋のオーナーがね、ご自慢のリラックスルームみたいだよ。あ、大丈夫! みんなのことは許可もらってるから。ちょっと待ってて!」
アレクはそう言って、バタバタと小走りしていった。
噴水のそばに、ふかふかのソファが置かれていて、背の高い花がたくさん活けられて、優しい香りが漂っている。
俺たちは、そこで待った。
というか、王族関係者との遭遇率が高くない?
獣王レオンは当然として、ドラセナは竜王ジグルギウスの護衛だったし、アレクまでもかな。
やがて、アレクが戻ってきて、手で招いてきた。
「みんな、おいで!」
アレクを追うと、薄くて白いカーテンで覆われた個室が見えてきた。アレクが、指をさして言う。
「向こうに父上がいるよ!」
俺たちはうなずいて、アレクのあとに歩く。たどり着いたとたん、アレクは背中に生えた翼をたたむように、ひざまずいて告げる。
「父上! 静寂の青狼を連れてまいりました」
カーテン越しから、ゆらゆらと人の影が見えた。大きな翼がうっすらと見える。
近くにいた側近たちが、カーテンをゆっくりと開くと、
優雅に紅茶を飲みながら、書物を読みふける凛々しい姿に、思わず見惚れた。天上界にいるような雰囲気だ。
サラサラとした長髪の男性で、若々しい。
背中には、銀色に輝く大きな翼が生えていて、シンプルさを感じさせながらも刺繍が施された衣装をまとっていた。
どこからか、存在感を際立たせている。
「うむ、ご苦労。皆々の試合を観させてもらった。素晴らしい戦いであった。――イツキよ、息子のアレクがお世話になったな。大変喜ばしいことである」
リフェルは、その男から何かを感じたのか、恐れを抱くように汗をかいていた。
アレクの父親は微笑んで、ゆっくりと立ち上がる。
「恐れることはない。余はある使命でここに来ている。うぬのことは耳にしているぞ。新人であるな」
リフェルは首を傾げる。
「申し訳ありません。新人とは……どういう意味でしょうか?」
「七星王は王とつく称号なのだ。南星よ、まだ剣聖だろう。これから伸びる見込みはある。期待しているぞ」
「は、はぁ……」
リフェルは、どういう意味だろうと再び首を傾けた。
俺は驚きを隠せない。
なぜ、七星王に詳しいのか問うと、アレクの父親は笑った。
「ふはははっ! 余のことを知りたいか。よかろう。アレクよ。教えてやれ!」
アレクは驚いたのか、ばっと父親に振り向いた。
「えっ、父上……よろしいのでしょうか?」
「大丈夫だ。彼らなら問題ない」
とたん、側近の1人が畏まるように近づいて、ひざまずいた。
「領主様、遮断結界を施しました」
「うむ、心遣い感謝する」
アレクの父親は、穏やかにうなずいた。そして、アレクは、コホンとわざと咳払いをしてから答える。
「ぼくの父上は、天翼国エルムグラーナの領主にして、天の支配者。──七星王の一人、天星の天空王マクスウェルであられます!」
天星!? それって。
リフェルは、震えた声で言った。
「や、やっぱり……存在感があって、もしかしてと思ったんだ」
「ふははは! 南星よ。うぬが七星王だからだ。同士だからこそ通じるものよ」
北星、東星、南星、西星たちよりも、上の立場である天星は、天翼国エルムグラーナの領主マクスウェル。
存在する者たちの中で二強と謳われるもの。その一人の天星は、戦闘において強く、世界を支配するほどの力を持つ存在であった。
すごいな。リフェルが震えるほどの存在とは、きっと強いに違いない。
マクスウェルは、俺に視線を向ける。
「無音の魔導士と呼ばれるイツキか、うぬは素晴らしい魔力を持っているな。――なるほど、うぬが七星王ではない理由に納得できた」
一瞬、身体に何か探るような気配したが、まさか。
マクスウェルは、【鑑定】を持っているのか。
たとえ、【鑑定】でも【隠蔽】を使えば見えないのに。
「不思議そうな顔をしておるな。……ふむ、なかなか面白い。余は、鑑識眼というスキルを持っているので分かるのでな」
そう言って、手を差し伸べる。
「余は、うぬを協力しよう。うぬなら、世界を正すことが出来るかもしれん」
マクスウェルがそう言うと、全員がざわめきだした。
アレクが驚愕に染まり、マクスウェルに尋ねる。
「父上! イツキが世界を正す者、ということですか?」
「うむ、彼は女神様に愛されておるようだ」
マクスウェルは、コクリとそう答えた。近くにいた側近が目を大きくし、騒がしく問いかける。
「まさか、勇者ということか?」
「どうりで強いわけだ!」
「どんな強さか知りたいものじゃな」
耳にしたマクスウェルは、頭を横に振った。
「すまないが、これ以上は答えられん。イツキ本人が決めることだ」
と、側近たちに黙らせたのだった。
今まで隠してきたことが……バレてしまわないだろうか。
静かに振り向くと、ユア、リフェル、クーは、やっぱりと納得したかような笑みを浮かべていた。
一方で、ソフィは、目を丸くしたまま、俺をじっと見つめていた。
感付いたマクスウェルは、俺を見つめる。
「みな、すまない。2人だけの会話にしてくれ」
そう言って、そばに歩み寄ってくる。
「安心するがいい。念話使えるだろう? 余も使えるのだ」
◆ ◆ ◆
俺とマクスウェル、二人だけの話へ進むことになった。
中心にある噴水の離れの大きなソファに座り、マクスウェルは口を小さく動かす。
とたん、【遮断結界】が展開され、ドームのような薄い膜が、俺とマクスウェル、二人だけに包まれていく。
『すまない。ユアの共有念話をも遮断した。重要な内容であるゆえに、人間族には言えんことなのだ』
マクスウェルは、真顔で答え、探るような顔つきに変わる。
『余は、なぜ、うぬと二人きりにしたのか分かるか?』
……試されているな。
【鑑識眼】というスキルで、本当の俺を見抜いたうえでの問いだと分かる。
これは、ごまかしできないな。
正直に答えよう。
『私が、異世界からの来訪者だからですか?』
マクスウェルは微笑んだ。
『よく分かったな。そちは異なる世界から来た者であり、アステルの世界の闇のことを深く知っていないだろう?
女神の加護を持ち、叡智を持つイツキだ。きっと分かるであろう。隠蔽のスキルを使って伏せていることだろうから安心せよ。余は、口を出さないことを誓おう』
うわー、本当に見抜いてる。
マクスウェルが言うには、表向きは、百獣戦でにぎわいを見せることだが、実は、国のトップの密談を行うためであった。
民の目からそらすために、大盤振る舞いでイベントを開催している。
天翼国のみならず、竜王国ドラへニアの王、エルフの里の遣い、小人王国シャルロット、また巨人族や様々な種族までも、ガイア大陸におけるトップ層が密かに集っているとマクスウェルは言う。
マクスウェルは、噴水をゆっくりと眺めながら【念話】を飛ばしてくれた。
『百獣戦の真の目的は、戦争に加わる強い人材を確保することでな。うぬの力に魅力を感じた獣王は、勧誘するつもりであろう。
だが、あの獣王から勧誘を受けたら、絶対に断るのだぞ。イツキにとっては、無駄なことなのだ。余はな、再び戦争を繰り返すのが億劫でな』
続いて、俺の肩を手で乗せる。
『憎悪が増している今、争いが繰り返されているのだ。イツキよ。獣王の策に乗るな。利用されるだけであろう。だが、運が良い。うぬと南星、どちらも決勝に残ってよかった。
――1つ気になることがあるが、あの赤いコートを着ている猫人族の女性のことだが……』
マクスウェルは、チラリとソフィを見つめて、口をつぐんだ。
『……それは、ソフィさんのことですか』
『ソフィ、ソフィと言うのか……』
俺がそう言うと、マクスウェルは一瞬、何か考え込んでいた。瞬く間に、何事もなかったかように頭を軽く振る。
『それより、うぬの守護獣はフェンリルだったとは、驚くことばかりだ』
『……はい。私の守護獣は、クーです。とても頼りになっています』
『ふはははっ! クーと言うのか、可愛らしい名前であるな』
マクスウェルは笑いながらも、俺の肩をポンポンと軽く叩いて、励ましを送ってくれた。
『イツキよ、明日の決勝戦を楽しみにしておるぞ!』
俺は、気になる事を押し殺して、笑顔で決勝戦は期待してくださいと応えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます