109話 トーナメント

 雲がなく、カラッとした晴天の中、闘技場はにぎわっていた。

 トーナメントが始まるからなのか、一層に人が増えていき、客席を全て埋めつくした。

 酒の入ったガラス瓶を手に持って観戦する獣人族たち、どいつか勝つか、賭け事をしているようだ。


 最初に始まった天翼族アレクの第一回戦の対戦者は、耳の尖ったエルフ族の女性であり、細長い強靭な弓を備わっていた。

 結果は、アレクの勝利であった。

 自慢の翼で高く羽ばたき、土属性魔法を唱え、石のつぶてを生み出し、豪雨の如くぶつけたのが大きな決め手だった。


 次に、俺の対戦相手は、虎人族モルドだ。

 滑走する音も、風を切る音も、全く聞こえないので、目で注意深く追ったり、【気配感知】のスキルをフルに使う。


 目の前に立ちはだかるモルドは、ニヤリと笑みを浮かべた。

【念話】で俺に飛ばしてくれた。


『無音の魔導士は、念話しか出来ねぇんだったな? 伝えてやるよ、俺様はな……お前を倒す!』


 獣人族にもばらつきがあるようで、念話ができる獣人族、出来ない獣人族がいるらしい。

 モルドは出来る分類で良かった。


 両方の拳に、痛々そうなメリケンらしきものを装備している。

 格闘家であるモルドが、ずしりと構えたとたん、ララが声を張り上げた。


「第2試合は――っ! 大会常連でベスト4のモルド選手! ダークホースであるイツキ選手ぅ――! 彼らの戦いは、どんな戦いになるのでしょうか――っ! では、始めてくださいっ!」


 ――カァァ──ン!


 ララの声とコングが鳴る音も、【念話】がこちらに届いた。

 瞬く間に、モルドが走り出し、拳に力を込めて、俺の顔面を狙ってきた。


 ――ガギィン!


 事前に【補助魔法:エターナルブレイブ】を自ら、ステータスを大幅にアップさせる。

 サン・オブ・ロッドで盾がわりに受け止め、鈍い音が響きわたった。

 モルドは分かってたような顔で笑った。


『ははっ! 俺様の拳を受け止めるなんて、おめぇ! 見た目によらず、力持ちじゃねぇか!』


 モルドは調子にのっていた。その一瞬を狙う。

 拳を受け止めたサン・オブ・ロッドを密かに、風と火を合わさった複合魔法の1つ【雷魔法:サンダ―ボルト】を杖に込めた。

 杖からバチバチと電流が、モルドの方へ流れ込み、雷鳴がとどろきわたった。


 ――――バリィィィッ!!


「ぐぎゃあああぁぁあ!」


 モルドの拳にはめているメリケンは金属で出来ているので、そのまま貫通して、悲鳴を上げた。

 とたん、身代わり人形が焼きつかれたように黒焦げになった。


 ララは、焦げた人形を見て、判定を言いだす。


「あ――っと、瞬殺ぅ! 何というカウンターっ! 無音の魔導士イツキ選手の勝ちぃ――!」


 よし、ベスト4に入った!


 俺は対モルドにて勝利をおさめ、小さくガッツポーズした。


 ◆ ◆ ◆


「「はえ――!」」

「あのモルドは大会常連で、レオン様からも注目されている格闘家だぞ……」

「これが無音の魔導士……完全に無詠唱ではないか! 無詠唱でこの威力とは……。これでは避けきれんな」

「無詠唱じゃ、相手もタイミングつかめないわ。やっかいね……」


 観客たちは、唖然と驚愕に染まった顔を浮かんで、どよめいたのであった。


 VIP室で観戦したユアは、イツキの成長に思わず、笑みがこぼれた。

 ソフィも目を見張るように、猫耳がピンとして言った。


「流石ね! やっぱり、イツキって、結構強いのね!」

「ええ、色々あったのですからね」

「そういえば、リフェルから聞いたけど、前のイツキは人を傷つけることが苦手だったって……それ、本当なのかしら?」

「そうですね。戦争に加担してしまったか、大精霊獣が引き起こした海難に遭われてしまったかですね。

 恐らくですが、これがイツキさんにとっての変わり目と言うべきでしょうか。そういった現実を乗り越えて、心がより強くなったかもしれません」


 耳にしたソフィも目を丸くした。


「え? 大精霊獣……? それより、イツキは戦争に出ていたの?」

「ええ、帝国と戦ったんです。これ以上は、あまり説明できませんが……」

「いえ、大丈夫よ。言いたくない過去もあるでしょうし、英雄になるのは理由があるものね」


 ソフィは、これ以上聞かず遠慮してくれた。


 ユアは、魔導潜水船でイツキの話を聞いたことを思い出し、舞台をそっと眺めた。


 イツキさんは、水の大精霊獣様の【暴雷大嵐ディザスターストーム】に遭われ、死の境をさまよってしまった。

 それでも、クーに助けられ命拾いし、海神国サラキアにたどり着いて安堵したのに。

 今後は誤解を受けてしまい、海神国の兵士たちに追われてしまったが、クーのお陰で、海神国と友好的に結ばれることに至った。

 海神女王サラキア様からの無謀な頼み事で、フレイ帝国軍と戦い、海神国サラキアを守った。

 しかし、戦争で初めて、自らの手で、多くの敵兵と精霊、魔獣たちをほうむったのでした。

 この出来事が、イツキさんにとっては大きな節目だったのでしょう。


 そんな環境の中で、3年も経つと変わるのは当然かもしれません。戦争も続いていて、命が軽い世界なので仕方ありませんが……。

 まさか、クーが心の支えになるなんて――と、イツキを想うユアはクスっと微笑んで、近くにいるクーをそっと撫でた。


 一方で、竜人族ドラゴニュートの男がつぶやくように言った。


「あの男が、ドラセナが言った無音の魔導士か。さすがだ。膨大な魔力を持っているのは噂通りであるな」


 そばにいた竜人族ドラゴニュートの騎士は、不安そうに頭を軽く縦に振った。


「ドラセナは、優勝できそうでしょうか?」

「くくくっ、難しいであろうよ。南星の剣聖まで出場しておるのだぞ? ドラセナは、運が悪かったと認めざるをえまい」

「そのようですね。残念です」

「ともあれ、準備は出来ておるのか?」

「はっ、獣王様と予定合わせは済ませております」

「そうか。やれやれ、あの獣王は困ったものよ」


 竜人族ドラゴニュートの騎士がそう告げ、ゆったりとした赤いソファにもたれかかる竜人族ドラゴニュートの男が、うんざりするようにぼやくのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る