108話 百獣戦・予選

 百獣戦の予選が始まる前──。

 俺とリフェルは、参加者が集まる闘技場の控え室にて待機している。

 むわっとしたニオイが漂っていて、暑苦しい。

 周りを見渡すと、獣人族だらけだ。人間族やエルフ族、ドラセナとモルド、アレクまでもいる。

 緊張感漂う中、獣人族の耳や尻尾がピンと立っていたり、ソワソワとしていたりしていた。

 獣人族は、感情的に表現しているのが分かりやすいね。


 百獣戦の主催者が声を上げる。


「参加者の諸君っ! おはよう! たくさんの方に申し込んでくれてありがとう! では、これより百獣戦の予選が始まる前にルールを説明しよう! 大事なことだから、しっかりと聞いてくれ!」


 大会主催者は、マイクみたいな音声拡張魔導具を手に持ち、大きな声が響きわたる。念話も流れてくるので、とてもありがたい。

 それだけでなく、大きな黒板のようなボードにも、ルール説明が貼られて分かりやすい。


 ルールを読むとこう書かれている。


 ひとつめ、場外に出たり、殺生した場合は負けとみなす。

 ふたつめ、身代わり人形を破壊した場合は、ただちに攻撃をやめること。

 みっつめ、武器や魔法は使用可。ただし、故意的な殺意攻撃は失格とする。


 以上。

 これだけだった。なんとも単純なルールだ。

 

 テーブルの上には、身代わり人形がずらっと陳列されていた。動物をマスコットにしたような形をしている。


 リフェルが、目をキラキラと人形を見つめて【念話】で伝えてきた。


『イツキっ! この人形って、可愛いよね』

『クーの遊び道具になりそう』

『あはは、それは言えてるっ!』


 俺とリフェルは緊張感がなく、お互いに笑顔で交じりあった。


 ◆ ◆ ◆


 闘技場のやや目立つコーナーに2人が座っている。片方が立ち上がり、音声拡張魔導具を手にもって口を開く。


「はーい! みなさぁん! わたしは百獣戦の実況アナウンサーですぅ。ララと言いますぅ!」


 実況アナウンサーは、うさ耳がぴょこんとしている兎人族だった。可愛らしく、彼女が何か言うたびに、みんながノッてくれる。キャピキャピとした格好で明るく、笑顔がとてもいい。

 つぎに、ララの隣の人が言った。


「解説者バングです。よろしく」


 ケモ耳をした初老の男性だった。ゆっくりと、ひじをテーブルに当てて手を組み、キリッと告げた。

 バングは、どこから知的な色気を醸し出しているような格好良い人だった。


 実況ララと解説者バング。

 あの2人揃っているのを見ると、太陽と月なのか、動と静なのか、対極的で面白い組み合わせだ。

 

「では、偉大なる百獣王レオン様からのお言葉ですうぅ!」


 ララが声を張り上げたとたん、ステージの前方に、火の柱が吹き上がった。

 ごう音が鳴り響き、ぶわっと熱い風が肌にさすった。


 巨漢だと思わせるほどの人物が、マントをバサッと広げて、音声拡張魔導具を通して声明を発した。


「オレは獣王国ベスティリアを治める百獣王レオン。この百獣戦は、オレの国にとって重要なイベントだ。激戦を勝ち抜いた優勝者は、願いを1つ叶えてやろう。去年の優勝者は、王の座を手に入れたいと、オレに挑んできた。……だが、オレが勝った。

 負けた優勝者は、獣王軍の副団長となっている! 素晴らしい地位を得たのだ! 今回もオレに挑戦する者が現れるか、楽しみだ。勇気ある挑戦者たちよ! 期待しているぞ!」


「「「うぉぉぉおおお!!」」」


 百獣王レオンの演説に、観客が沸き上がった。


 こいつが、百獣王レオンなのか!

 顔の周りには、獅子族の象徴であるたてがみが立派に生えていて、存在感も大きかった。体躯が大きくて威風堂々しているさまであった。


 実況ララが、闘技場の手前にあるテーブルの上に置かれた人形を指さした。


「さてっ! あちらに身代わり人形がありますぅ。魔法や武器などで攻撃受けると、人形が身代わりになってダメージを受ける仕組みになっていますぅ! 先に砕けてしまったら、負けとなりますぅ!」


 即死するような強い攻撃でも、身代わり人形が受け止められるそうで、対戦者が死ぬことはないそうだ。


「先に人形を砕けた方が負け、または、場外に出ちゃったら方が負けとなりますぅ!」


 なるほど。

 観客に被害が出ないよう、結界が施されていた。よくよく見ると、ドームのように張られている。


「闘技場に覆われた結界に触れたりしたら、負けとなりますよー! みなさぁん、気を付けてくださいねー!」


 仮に、最上位魔法がきても大丈夫なように、特別な結界を施されているそうだ。

 というより、俺の魔法でも本当に、大丈夫なのかな。


「まずは、予選っ! バトルロワイヤル形式となりますぅ! さぁっ! 百獣戦の幕開けぇっ!」

「「「うぉぉぉぉおおお!」」」


 実況ララが声を大きく上げたとたん、観客たちは興奮じみた。


 8つのグループのうち、一人が生き残ればトーナメント進出できるのだ。

 参加者数は、全員で300人ほどがいる。

 そのうち30~40人ぐらいが1グループになり、8つに分かれる。

 なお、俺は3グループで、リフェルは7グループになる。


『イツキっ、予選突破したいね!』

『大丈夫でしょ。リフェルは強いんだから』

『それ言われると、イツキもじゃん!』


 リフェルは俺の腕を抱きしめて、ニヒヒと笑った。


 ◆ ◆ ◆


 会場はにぎやかで、歓声や声援が響きわたる。

 闘技場の舞台の上に立つことは、生まれて初めてだった。


 舞台はとても広い。

 遠距離攻撃も出来るようにしてあるみたいだ。

 舞台が小さいと、接近型の参加者が有利になってしまう。そうならないように広めに設計されている。

 逆に広すぎると、遠距離攻撃型の参加者が有利になる。

 接近型が全力で駆けつければ届くように、遠距離型も逃げようとすれば逃げられるようにと。

 まさに絶妙な広さだ。


 舞台では、俺を含め40人が立っている。

 ララが合図した。魔導具から音声と共に念話が流れてくる。


「Bグループの始まりぃ! あの無音の魔導士もいますぅ! どんな戦いになるのかぁ――!」


 は? なんで俺?


 瞬く間に、参加者全員が俺にいきなり襲いかかってきた。

「まずは一番強いお前を倒せば、あとは楽だぜ!」みたいな顔が綺麗にそろっていた。


 ちょっと……ひどくない? ま、数で勝負だということなら分かるけど。

 サン・オブ・ロッドを上げて、上位の風属性魔法【元素魔法:トルネード】を唱える。

 

「「「うわあぁぁああ!!」」」


 巨大な竜巻を引き起こし、舞台の上にいる参加者全員を一瞬で場外へ吹き飛ばした。


 ララが、ファンになったかように叫んだ。


「き、きゃあああ! すごいぃ! この圧倒的な強さっ! この早さはっ! あっ、タイムが出ました! なんと、開始から1分の新記録ぅー!」


 百獣戦が始まって以来、新記録になってしまった。

 ああ、これはやりすぎたかもしれない。


 ◆ ◆ ◆


 ララが声を張り上げる。


「最強の剣士と呼ばれる、剣聖リフェルはどう見せてくれるのでしょう――!」


 カァァ――ンと、コングが鳴った。


 瞬く間に、もうもうと白い煙や土埃が吹き荒れ、見えづらくなった。

 収まると舞台には、リフェル1人だけ立っていた。ガッツポーズするように手を挙げ、俺にウインクしてきた。


 観客からどよめきが起こった。


「「え!?」」

「「いったい?」」


 他の参加者たちは、いつの間にか舞台の外に散らばっている。何が起こったのか分からないご様子であった。

 目を見張った実況ララは、何が起きたのか掴めていない。


「い、いったい何がっ! 起きたのですかぁ――!」


 俺もレベルもアップしたのか、リフェルの動きが見えた。

 剣を抜かず、舞台の上にいる全員を舞台の外へ突風のように飛ばしたのだ。

 しかも、ご丁寧に1人ずつ、体重がかかっている支点を見極めて、突き手で飛ばすとは……。

 やはり、すごいな。リフェルは。

 トーステ大迷宮でのバジリスクの戦いで、リフェルは素早さが足りないと痛感していた。素早さを特化して、剣聖フリードが持つ【神速】を得るために頑張っていた。

 見ないうちに、リフェルは強くなっていた。

 これは……俺も、うかうかしていられないな。


「こっ、これがっ……最強の剣聖とうたわれている南星の剣聖のお力なのか――っ!」


 ララが、立ち上がってテーブルを叩いて、見張るように声を荒げる。

 バングが解説する。


「ふむ、リフェル選手は瞬間移動を得意としているようですね。全員が致命傷にならない部分を、狙って飛ばしたようです。これはまぐれでもない、神業です。さすが七星王の力ですね」


 続いて、虎人族モルド、竜人族ドラゴニュートドラセナ、天翼族アレクまでも予選突破する。

 俺とリフェルを含め、予選突破した8人がトーナメントへ進出したのであった。

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