107話 行きつけの酒場
そのはずだが、
そんな受付さんが、疑いの目で、言ってきた。
「申し訳ありませんが。先ほどは念話を使ってらっしゃいましたか?」
嫌な予感がするなぁ。これは、はっきり答えないと後が困りそうだ。
「……はい。使いました」
そう伝えると、受付さんは溜め息をつく。
「試合中は、外部への念話は禁じられています。念話した場合は、失格となりますよ? ご存知でしたか?」
俺が全く聞こえないこと、そして、実況や歓声をユアが聞いて、俺にも届いて通訳する【共有念話】の必要性を訴えた。
「そうでしたか……。うーむ、これは難しいですね。念話で外部と連絡は、違反という決まりですから……」
「大丈夫ですよ。それは試合中で、ですよね?」
「そうですね。不便をかけて本当に申し訳ないです。試合中は結界が張られていますので、確実に引っかかりますから……」
過去に、ある対戦者が念話で外部にやりとりをしながら勝利したことがあり、観客から苦情が起きた。ゆえに、念話の利用は認めない方針になってしまっていると、
ユアが心配そうに声かけてきた。
「イツキさん、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だと思う。――受付さん、試合中ってことは……試合始まる前と終わった後は、念話を使っても構わないってことですよね? そうであれば、問題ないです」
フレイ帝国との争いの時に、耳が聞こえなくても、その場での雰囲気と敵側の表情を読んで、撤退させた経験が大きかった。それが、いつの間にか自信になっているという、そんな自分に驚いた。
そう言うと、受付さんは安堵の色を浮かべる。
「すみません! ありがとうございます。ここだけの話ですが、実況は音声だけでなく念話も流れるのですよ」
意外な情報に驚いた。
「そんなこともできるのですか?」
「はい、音声と念話を出力する魔導具があるのです。獣人族の中でも、念話しかできない種族もいます。そのために開発したそうです。当日は大いにお楽しみいただけると思います」
「ありがとうございます。いい情報が聞けて良かったです」
俺とリフェルの百獣戦参加登録を終え、ドラセナは、ホッと胸を撫で下ろして言った。
「……良かった。参加出来ないのかとハラハラしたさ。会場見てくるかい?」
俺はコクリとうなずく。
下見のために、ドラセナとともに会場へ向かった。
やや円柱状の闘技場で広かった。その中心の戦いの場は、大きな舞台の上だろう。
天井には大きく空いた穴になっていて、日当たりもよく、明るい。
本当に広くて、どんなに高く飛んでも、激しい戦いをしても、安心出来そうな空間。
観客席は、階段みたいな形になっている。
まるで、コロッセオに似た風景であった。
そして、観客席の一番後ろには、絹製の幕で仕切られた台座があり、上質な深紅のソファとテーブルが置かれている。そこはVIP席になっていて、王族や貴族などが観戦する席だと、ドラセナが言う。
「ユアとソフィ、仔犬ちゃんは、あの赤い椅子の席になるから大丈夫さ」
「「「ええっ!」」」
俺たちは目をぱちくりした。
ユアが恐る恐ると尋ねた。
「なぜ、私たちをVIPに……? ドラセナさんは、どちらかの王族の方ですか?」
「さあね。ま、当分はお楽しみさ」
ドラセナは答えず、からかうような笑みを見せたのだった。
◆ ◆ ◆
百獣戦は女神の日になる。女神の日は、日本で言えば日曜日みたいなもの。休みの人が結構多いので、大変にぎわいになる。
今は、光の日なので、2日後に大会開催ということだろう。
ドラセナが、酒をグイっと飲むような仕草をした。
「せっかく、静寂の青狼と出会えたんだ。私たちと飲まない?」
「いいですね! ぜひともお願いします」
ドラセナからのお誘いに、俺はイエスと笑顔で答えた。
ユアとリフェル、ソフィも笑った。
「久しぶりの店ですね」
「そだね。ずっと野営だったもんね。あ、ソフィと一緒に飲むのって初めてだね!」
「そうね。楽しみだわ」
ドラセナはワクワクして、ハイテンションになる。
「お、嬉しいじゃないか! 毎年、獣王国には訪れるけど、あまり詳しくないからさ」
ドラセナがそう言って、行きつけの酒場に立ち寄った。
酒場にくぐって、見渡すと、猫耳だったり、うさ耳だったり、熊耳だったり、色んな種族がにぎわっていた。手袋をはめたままエールを一気飲んだり、野生のように食べる人もいる。
俺はドラセナに問うた。
「ここは、人間族と違って食事作法がそれぞれ違うんですか?」
「この地区あたりは、血が盛んな人たちばかりだ。ここの酒場しかあまり行かないから、作法もよく知らないのさ。――ああ、ごめんごめん。私は獣王国の民じゃないよ。竜王国ドラヘニア出身さ」
「えっ、ドラセナさんは、竜王国からここに来たということですか?」
「そう、私はこの大会に出ろと上からの命令で来てるんだ。上の人も今はここにいるけどね」
そう言われて、俺は酒場にいる周りの客を見回した。
とたん、ドラセナの笑みがこぼれた。
「あはは。ここにはいないさ。宿屋にいるよ」
ドラセナの笑い声が広まると、いかつい虎のような男の姿が現れ、手を振ってきた。
「よぉ! 久しぶりじゃねぇか! ドラセナぁ、いつの間にか人間族と仲良くしてんだ?」
「おっ、モルドか。久々だな。――彼はモルドといって虎人族だよ」
モルドという虎人族は、尻尾が生えていて、目がぎらついていた。見た目は、筋肉質なファイターといった感じだろうか。ドラセナとは、毎年、大会で戦っている仲のようだ。
モルドは、ドラセナに、ニヤリと笑みを見せて言った。
「今回の大会は、ばかみてぇに人数が多いらしいぜ」
ドラセナは瞬きした。
「へぇ、珍しいもんだ!」
「ああ、これまでは獣人族が主だったしな。今は、人間族やエルフ族までも居やがるぜ」
モルドはそう言ってから、俺に視線を移す。
「まさか、イシュタリア大陸の英雄といわれる無音の魔導士が参加するなんて、これは大会は荒れるに違いねぇ」
腕を組んで口元を緩めるモルドに、ドラセナはやれやれと呆れかえった。
「イツキだけじゃないさ。お隣の南星の剣聖様も出るそうだ」
そう言われたリフェルは、モルドに軽く頭を下げる。
「私はリフェル。南星の剣聖として参加するよ」
「なっ、なんだとっ!」
目を見張ったモルドが叫んだ。
とたん、酒場がざわざわと広まり、周りからの視線が俺たちに集中する。
「何だい? ぼくも交ぜてほしいな」
そうやってきたのは、背中に大きなやや茶色い翼に、軽装な鎧をまとっていたマッシュボブの少年だった。
ドラセナとモルドは、目を見開いた。
「ほう! 天翼族までも参加するんだ?」
ドラセナが問うと、天翼族の少年は、コクリとうなずいた。
「ぼくの領主がね……参加してみたらどうだって言われてね」
モルドが腕を組んで、ワクワクするように振る舞う。
「無音の魔導士、南星の剣聖、天翼族かっ! いいねぇ! これは大いに荒れるぜ!」
獣人族と人間族による認識の違い、また、俺が何故、英雄だと知っているのか、それと天翼族とはいったい……。
3人の会話に首を傾げる事ばかりだ。
俺は【クリアボイス】を使って、モルドに訊いた。
「すみません。この国の種族のことを教えてくれませんか?」
「おっ! 俺様たちの国に興味持ってくれるなんて……すげぇ嬉しいぜ!」
モルドは嬉しそうに笑う。続いて説明してくれた。
「この国は500年は続いてる国だ。今の王はな、レオン様が治めている」
獣王国ベスティリアは、各種族の長が集まり、国を治めた。
獅子族、猿人族、猫人族、虎人族、兎人族、
年に一度、開催される百獣戦に優勝した者は、願いによっては現王との戦いを望むことも可能である。そして、現王に勝利した者は、次期王となる約束が果たされる。
まさに、弱肉強食の国、と言ってもいいだろう。
前王は、獅子族のライオックという人だったが、今はいない。
後継者として、同じ獅子族であるレオンが王様だ。たてがみがフサフサとしていて、巨漢な王様みたい。
もしかして、ライオンっぽい恰好だろうな。
それにしても……。天翼族って初めて会うし、背中に翼が生えているけど天使とは違う雰囲気だ。どんな種族なんだろう。
俺は、天翼族の少年に訊いた。
「初めまして。イツキといいます。天翼族もこの近くにお住まいですか?」
天翼族の少年は、ニッと笑い浮かべた。
「おー、初めまして! ぼくはアレクというよ。うん、ガイア大陸の西側あたりに住んでるよ」
天翼族が住む国は、天翼国エルムグラーナと呼ばれ、ガイア大陸の西部あたりにある。
なお、獣王国からだと半年以上はかかるほど遠い国だ。だが、彼らは翼で飛んできているので、そんなにかからない。
いいなぁ。自由に空を飛んでみたい……。
アレクが言った。
「ここにきてから、君たちの評判を聞くようになったよ。冒険者ギルドがある国は結構、噂持ちっきりだよ」
天翼国エルムグラーナは冒険者ギルドがない。ゆえに、情報が渡らない。
情報を得るルートとしては、獣王国や小人王国との交易が多く占めるゆえに、盛んであるようだ。
様々な種族との飲み合いは、新鮮だった。
こうして飲み明かし、そろそろ店じまい時間が迫ってきた。
帰り際に、虎人族モルドが挑発するように拳で、俺の肩に当てる。
「今日は友。明日は敵だな。俺様と当たったら覚悟しとけよ!」
「あんたたちに当たったら本気で挑むさ!」
「ぼくも君たちと当たることになったら、容赦しないっ!」
俺とリフェルに、人差し指でビシッと指す天翼族アレク。
リフェルは、久々に威厳のある姿に変わり、フッと笑う。
「かかってこい! 私が叩きのめしてやろう」
そう言うと、三人ともウケが良かったのか、
「「「さすがだ! はははははっ!」」」
と笑いあっていた。
戦いが大好き同士の光景に、
「ユアさん、みんなは、本当に戦闘狂みたいだね」
と、つぶやく。
ユアも微笑みながら言った。
「ふふっ。リフェルさんは、みんなとは気が合いそうです」
ソフィは耳をしたとたん、あれ? という視線で俺に送る。
「イツキは、戦い好きじゃないのかしら?」
「いや、守るためなら戦うけれど……」
と俺は、微妙な気持ちで答えた。
俺とユアとソフィ、クーは、まだ笑い合っているリフェルたちを眺めて、やれやれと頭を振った。
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