105話 野営
月夜の優しさに包まれた幻想的な景色の中、河川敷にある原っぱで野営を施したイツキ一行。
ソフィたちと会話を交わりながら、カレーを食べているところだ。
「カレーって、すごくおいしいのね。これなら流行りそうだわ」
手袋をはめたまま、スプーンを取って食べているソフィは美味しそうにカレーを味わっている。未知の食事に感動を覚えているみたいだ。
リフェルも、うんうんとうなずく。
「でしょ? でしょ? イツキが作った料理は、もう美味しいんだよっ!」
カレーは、もしかしたら、みんなが笑顔になれる料理なのかも知れないな。
「冥利につきるね。喜んでなによりだよ」
『ごちそうさまっ!』
クーが、俺のそばに寄って甘えてきた。尻尾フリフリとしながら、たてがみで俺の腕をさする。
夕食後、ユアの【共有念話】と俺の【クリアボイス】スキルを使って尋ねた。
「ソフィさんは、獣王国にお住まいですか?」
ソフィは頭を振った。自らの右手で猫耳を触れて、可愛らしく見せる。
「ちょっと違うわ。小さな村から出たの。猫耳見えるでしょ? ワタシは、猫人族よ」
ソフィがそう言ったとたん、俺とユアを交互に見つめた。
「皆さんと初めて会った時から気になったことがあるの……なんか、念話スキルを使っているような気がするけど、ユアの方かしら?」
えっ? 【共有念話】を使っていることを感じるのか。
まさか、ガイア大陸に住む人々は【念話】を使うのが当たり前なのだろうか。仮にそうだったら、海神国と同じような誤解をされる恐れがある。
これは、きちんと説明した方がいいだろう。
「はい。これはユアさんが、共有念話というスキルを使っています」
俺は耳が聞こえないこと、ユアが耳代わりとして念話スキルを常時発動してくれていることを告げた。
とたん、ソフィは俺に飛びついた。
「まさか……イツキって、耳が遠いの? それとも全く聞こえないのかしら?」
「全然聞こえないよ。ユアさんのおかげで、助かっているんだ」
「すごいわね! これはオリジナルじゃないっ? そんな念話、誰も思いつかないわ。――ユアの衣装って、聖職者みたいだけど、もしかして、大聖堂の神官かしら?」
爛々と目を光らせたソフィが、ユアに尋ねた。
ユアは、コクリと小さくうなずく。
「ええ、そうです。以前にシーズニア大聖堂で勤めていました。今は、イツキさんと一緒に旅してます」
続いて、リフェルも自己紹介した。
「あたしはリフェル。七星王の1人で南星の剣聖だよ」
「……静寂の青狼ってすごいメンツね。――クーちゃんはフロストウルフかな? いえ、個体種みたいね。フロストウルフとは違う雰囲気ね」
ソフィは、クーをまじまじと見てつぶやいた。
うん、クーは神狼フェンリルだからね。
今のクーは、大型犬ぐらいの大きさになっている。Sランクの神獣で成長中だから、ここは伏せておこう。
ユアが興味ありげに問うた。
「ソフィさんは、お一人旅でしょうか?」
「いえ、一人ではないわ。ワタシ、ワイバーンに乗って旅立っているの」
ユアとリフェルが瞬きしたとたん、立ち上がって声を張り上げた。
「ワイバーンですって!」
「珍しいよっ!」
ワイバーンは上位の竜であり、危険度Aランクのドラゴンである。飛行能力に長けていて気が荒く、扱える人はあまりいない。
そのドラゴンを飼い慣らしているソフィのことが信じられない、と顔つきになった。
ソフィは、そんな2人を見て微笑んだ。
「それはね、小さいころから一緒だから。ワタシの言うことは、なんでも聞いてくれるわ」
なるほど。俺とクーの関係と似たようなものかな。
そう思いふける時、ソフィが俺たちを向いて、真剣な眼差しで言った。
「ワタシ、イツキたちと一緒に旅したいけど、いいかしら? もちろん、ガイア大陸に詳しいワタシが案内人として勤めさせていただきますわ」
「「「えっ」」」
ソフィからの仲間入りしたいことに、俺たちは戸惑った。
突然の仲間入り宣言に、ユアが手のひらを頬にあてて尋ねる。
「それは、どうしてですか?」
ユアはこれ以上増やしてたまるか、というオーラを出していた。
かたや、リフェルは歓迎するような笑みを浮かべた。
「ユア、あたしたちは、ガイア大陸に全然詳しくないし……。仲間が増えると、もっとにぎやかになるんじゃない?」
「リフェルさん。安易に決めるのはどうかと思いますが……」
「大丈夫。あたしとイツキは誰にも負けないよ」
自信ありげな笑みを見せるリフェルに、ユアはやれやれと肩をすくめた。
「……仕方ないですね。私もガイア大陸に詳しくないですし、助かります」
「あたしも、オッケーだよ。ソフィ、宜しくねっ!」
ユアとリフェルは、ソフィの仲間入りを認めることになったみたい。
あれ? 俺に決定権ないの……? 2人が、いいならいいか。
結局、俺たち静寂の青狼は、ソフィが新たに加わることになるのであった。
ソフィは、嬉しそうに頭を深く下げた。
「ありがとうっ! 嬉しいわ! イツキの料理が美味しくて毎日が楽しみだわ!
あ、ワタシは冒険者登録してあるので安心してね。まだ、Bランクだけど……」
ハイテンションからしょんぼりと急降下するソフィって、感情の起伏がすごくないか。
「いや、大丈夫ですよ。1つ聞きたいけど、ソフィさんは、念話は使えますか?」
「使えるわ。ユアの共有念話で繋げたいでしょ?」
「ありがたいです。よろしくお願いします」
そういえば……アローン王国の首都にて、ペットショップの店員は猫人族だった。あの店員は語尾に「~ニャ」とついていたことを思い出す。
そう思った俺は、ソフィに【クリアボイス】で訊いた。
「ソフィさん、語尾に特徴とかは普通ないの?」
「あら? ああ、なるほどね。語尾にニャとつかないのかって言いたいのね?」
「あ、いや。……はい。気になりまして」
「そんなことは言わないニャ。ふふ、冗談よ。本当はそんなことは言わないわ。きっと、営業顔で接待したのかもしれないわ」
甘えるような瞳で手を招く仕草に、猫耳がふるふるとしている。そんなふさげたソフィに、思わずドキッとした。
ソフィって、姉御肌なのに意外な一面があったのか。
これからの旅先が、少し心配になってきた。
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