104話 砂丘へ

 赤いコートを着ている人が、巨大なミミズの魔物と戦っていた。


【鑑定】したら、あの巨大なミミズはBランクのデザードワームであった。

 うねうねとした化け物だった。口の中はノコギリのようなキバが生えていて、口周りは装甲のようで硬そうだ。


 デザードワームは大きな口で、赤いコートの人を丸飲みしようとしていた。だが、赤いコートの人は上手く避けながら、火属性魔法で攻撃している。

 ダメージを受けたデザードワームが、うめき声を上げた。


「ギゴォォォォッ!」


 ユアの【共有念話】で耳にしたとたん、不気味な文字が滝のようになだれ込んできて、少し気持ち悪くなった。

 これが巨大なミミズの唸り声なのか……。


「これは、対象を混乱状態にさせる唸り声ですね」


 ユアがつぶやいて、リフェルがうなずいた。


「シンゲンから貰った首飾りのおかげで、防げたのは幸いだったよ!」


 え、そうなの? と思わず言いそうだったが、口をつぐむ。 

 あらゆる弱体効果や状態異常を無効化する【女神の加護】を持っているからなのか、攻撃を受けていることに気付かない。いや、自覚できていないのだから。


 赤いコートの人がこちらに気づいたのか、手を振ってきた。


「ねぇ! 助けてっ!」


 どうやら助けを求めているらしい。

 ユアとリフェルもうなずいて、駆け足で助けに向かった。


 ◆ ◆ ◆


 デザードワームは、結構大きなミミズの化け物で、危険度はBランクである。

 それでも、リフェルがカッコよくサクッと斬り倒したのであった。

 赤いコートの人が、目を丸くした。


「えっ、あっさり……」


 それはそうだ。

 リフェルもはじめ、俺たちは結構、強くなってきたからね。


 ポンチョのような赤いコートを着ている人が、いったんフードを脱ぐ。

 女性だった。腰ぐらいまで伸ばした黒髪に、猫のような耳がついていた。澄んだ碧色の瞳から妖艶さに感じられる。


「先程は助けてくれてありがとう。初めまして、ワタシの名はソフィよ」


 ソフィと名乗る女性が一礼した。


「初めまして、俺たちは静寂の青狼パーティです。イツキです」

「まさか、こんなところで有名なパーティに助けてもらえるなんて、とても嬉しいですわ。――ワタシは旅人よ。もしかして、獣王国まで向かっているところなのかしら?」


 ソフィの問いに、俺はイエスとうなずいた。

 とたん、クーがソフィのところへ歩み寄って、クンクンと匂いを嗅いでいた。

 ソフィは微笑みながら、クーの頭を撫でる。


「地理なら詳しいわ。ガイア大陸に来たのって、初めてじゃない? なら、ワタシが獣王国へ案内するわ」


 案内してくれるならありがたい。

 クーを見やると、うなずいていた。敵意はないということか。


「助かります。ソフィさん、宜しくお願いします」


 と【クリアボイス】で答えた。

 ソフィの案内で、イツキ一行は獣王国へ向かうことになった。


 砂丘の上なので、歩きづらく、靴に砂が入るのがうっとうしかった。

 2頭の馬も踏ん張ってゆっくりと走る。やっと砂丘の道から抜け、広大な荒野が広がった。

 太陽が、じりじりと照らしていて暑い。


 あまりの暑さに、漆黒のコートを脱いで、馬車のところへ置いた。背中にべとっと汗がにじみ出ていて、気持ち悪く感じた。


「ここ、めちゃ暑いね……」


 ユアも服の胸辺りを指で摘まんで、バタバタとはたいた。


「ええ、私の服は、つなぎなので脱ぐところがありません……」


 軽装な恰好になっているリフェルが、うなずく。


「あたしは胸当てを外したけど、でも暑いよね」


 クーまでも舌を出したまま、ハッハッとしていた。

 パーティーの中で、一番暑そうなのはクーだろうな。


 そんな静寂の青狼を見たソフィが、手袋をした手で口元を隠すように、くすりと微笑んだ。


「ふふっ、あなたたちは可愛いわね。我慢大会するなんて、見てるワタシが楽しくなっちゃったじゃない?」


 ソフィは肌の露出が激しく、胸を見せるようなシャツに、ホットパンツだった。その上に赤いコートを着ている。

 ソフィいわく、獣人族はこのような露出が普通なんだそうだ。


 ……目のやり場に困るんだけど。




 太陽がひっそりと潜め、空が薄暗くたそがれてきたころ、大きな河が見えてきた。そして、河沿い道を馬車で進む。

 サラキアさんからいただいた地図によると、大きな河の上流あたりに獣王国があるそうだ。


「ここから獣王国へ向かうには、このルートよ。3日ぐらいかかるわ」


 ソフィが地図をなぞって教えてくれた。


「うーむ、3日か。――みんな、暗くなってきたから、そろそろ野営の準備をしよう」


 そう言うと、リフェル、ユア、クーが目を輝かせた。


「イツキっ! カレーよろしくね!」

「ええ、楽しみです」

『ご主人様っ! ボクは大盛りで!』


 2人1匹とも、目がキラキラしていた。

 魔導潜水船の中でも、景色を眺めながらの食事は贅沢な空間だった。


 大きな河の向こうには、赤く染まった雄大な山脈の景色が広がっている。

 夜中に2つの月の明かりから照らす、幻想的な景色を観てくつろぐのが楽しみだ。


 その時、首を傾げるソフィが、訊いてきた。


「ごめんなさい。カレーって何ですか?」


 ユアが人差し指を立てて答える。


「野菜や肉などの具材に、色々なスパイスを入れて煮込んだ料理です。じっくり煮込むとスパイスの香りがして、肉も柔らかくまろやかで、とっても美味しいんですよ!」

「あら、美味しそう! 楽しみにしてるわ」


 ソフィまでも、期待の目で俺を見つめた。


「うん。楽しみにしてね」


 みんなと一緒に、いそいそと野営の準備を始めたのだった。

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