再会

101話 静寂の青狼

 太陽を覆う雲がどんよりと曇っていて、小雨がぽたぽたと降っていた。

 そんな中、ユアとリフェルは、海神国サラキアがある島へやっとたどり着いた。

 海賊船は、ガオレイ号という定期船より小回りが利いているため、本当に早く1週間で着いたのであった。

 

 涙目になっている船長が、リフェルにせがむように言った。


「リフェル姉御ォ──! 我々にもついて行きたいのですが、ダメなんですか?」

「ダメだ。ここは私とユア、2人で行く。お前たちは自分の仕事を全うにせよ!」

「ええ──! 我々は海賊! 海ならどこでも連れて行けます!」

「ああ、それは分かっている。だが、それはダメだ!」


 リフェルは無理やり帰らせようと言い切った。

 海賊たちは涙を流しながら、ご達者で! と手を振って、この場から後にし、アローン王国へ渋々帰ったのであった。


 ミュウ群島のとある島に、周辺は密林のように囲まれ、その中心に原っぱのような場所がある。

 そこに凶暴な魔物が多く生息していると、船長から聞いたのだが、

 どこを見渡っても焼きつくされた野原、凍って粉々に砕けた木々が広がっている。魔法によるものなのか地面が大きく割れていて、クレーターのように大きなくぼみが見える。

 見渡すと、魔物や人らしきものがあちこちに横たわっていた。


 終末を迎えたような光景に、ユアとリフェルは不安になった。

 ユアが、ごくりと息をのんで言った。


「激しい争いがあったなんて……イツキさん、大丈夫でしょうか」

「大丈夫じゃない? イツキはあたしより強いんだからっ!」


 リフェルはムードメーカーだ。さりげない励ましに、ユアの心配を取り除いてくれた。


「リフェルさん……ありがとう」


 向こうにうっすらと、折れた木々が立ち並ぶ中に、大きな洞窟らしき穴が見える。

 リフェルが目を凝らして、じっくりと眺めて言った。


「ユア、あの大きな洞窟は、海神国サラキアの正門なのかな?」

「そのようですね。国を守ってきたような雰囲気が感じられるので、そこが海神国へ進む入り口かも知れません」


 二頭の馬に乗って歩くたびに、フレイ帝国だと分かる鎧をまとっている兵士たちや、耳がヒレになっていて海神族だと分かる兵士たちが数え切れないほど横たわっていた。

 だが、大きな洞窟に近づけば近づくほど、墓の数が増えてきた。


 戦争はもう終結している光景に、ユアとリフェルは青くなった。


「まさか、イツキさんは戦争に出ていたなんて……」

「うん。あたしでも分かる。やっぱり出てたみたい」


 イツキの魔力の残留がはっきり残っていて、ほとんどが帝国軍側に向けられていた。

 広範囲の魔法で蹴散らしていたと分かるほどだ。イツキは無事だったのだろうかと不安になる。

 リフェルが、立ちすくむユアの肩を手で優しく叩いた。


「ユア、向こうに行けば、分かると思う」

「え、ええ。そうですね……」


 乗馬に乗り込むこと、一刻が経ち、ついに海神国サラキアに入国する大きな洞窟の前にたどり着いた。

 そこに多くの海神国の兵士たちが歩きながら見回ったり、見張ったりしている。


「何者だっ!?」


 海神国の兵士たちは警戒しているのか、ユアとリフェルに槍を突き立てた。

 リフェルが【念話】でユアに聞いた。


『ユア、言ってること分かる? 海神族語だよね……』

『大丈夫です。何とか分かります』

『え? 分かるの?』

『これでも私は旅の聖女として、様々な種族の言語を覚えてきましたからね』

『ユア! さすが! 共有念話で教えて!』


 ユアはコクリとうなずいて、兵士たちに挨拶した。


「私はユアと言います。シーズニア大聖堂の神官で、静寂の青狼パーティの1人です。そこにイツキという方はいますか?」


 ユアがそう告げると、海神族の兵士たちは歓迎するかような笑みを浮かべた。


「おおっ! 英雄イツキ様のっ!」

「イツキ様が言ってたぞ。仲間2人が来たとき、王宮に連れてほしいと!」

「そうか! じゃあ、案内しようか! ついてください! 向こうにイツキ様が待っています!」


 海神国兵たちが笑顔になっている様子に、ユアとリフェルは唖然としたのか、密かに【念話】でやりとりした。


『英雄って、イツキさんが戦争に出ていて、帝国軍を蹴散らしたということですか……』

『そうみたいだね。完全に、グラマスの約束をあっさりと破ってるよね……』


 イツキが無事だったことに胸をなで下ろす2人だったが、これからどうなるのか、不安になるのだった。


 ◆ ◆ ◆


 王宮に着いたユアとリフェルは、多くの海神族の住民たちを眺めていた。

 侵攻の被害によって怪我をしている者、食料の配布を待つ行列が長くできている。

 兵士が、並んでいる人々に手を差し向けて言った。


「英雄イツキ様は現在、民や怪我をした兵士たちを神聖魔法で癒しています」


 フレイ帝国軍の侵攻によって、民までも被害に遭っていたのである。それでも、イツキが守り抜いたおかげで帝国軍は撤退した、と兵士が感謝しきれない顔で語った。

 イツキがたった1人で、フレイ帝国軍をほぼ壊滅させたと耳にしたユアとリフェルは驚きを隠せない。


『えっ、イツキさん、おひとりで海神族を救ったということですか……』


 絶句するユアに、リフェルが納得しながらうなずいた。


『さすが、イツキだね! 英雄だと謳われるの、分かる気がするよ』



 案内されたところは、王宮の中で医療によく使われる部屋であった。

 やや透き通った青いタイルが敷かれ、見上げるほどの高い壁には大きな穴があり、海の中の景色がよく見える。

 海神族の人々が行列をなしていた。1人1人見ると、期待の目で待っている者だったり、怪我の痛みにうめき声をあげる者だったり、色々な感情を持ち合わせている。


 行列の奥には、イツキが神聖魔法で施しているのが見えた。クーと一緒だ。

 だが、クーが大きくなっていることにユアとリフェルは目を丸くした。


「えっ、クーがイツキさんより大きくなっている……!」

「魔力もめちゃ大きくなってるね! きっと進化したんじゃないかな?」

「行きましょう!」

「うんっ!」


 ユアとリフェルは、待ちきれなかったのかイツキとクーのところへ走っていった。


『イツキっ!』

『イツキさんっ!』


『あっ、ユアさん、リフェルっ!』

「ガウッ!」


 そうして、静寂の青狼パーティは、半月ぶりに再会を果たしたのだった。

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