102話 会食

 美しき海の世界。

 海の中だからなのか、上から青い光が降り注ぐ。

 黄色い魚や桃色の魚、縞々模様に水玉模様の魚。多色豊かな魚たちが自由に泳ぎ回っていて、キラキラと輝いていた。

 俺たち、静寂の青狼は、美しき風景が自慢の食卓の間にて、海神女王サラキアと共にくつろいでいる。


 魚介類などで盛り付けられた皿がフワフワと浮かびながら、大きなテーブルへ運ばれてきた。

 水の精霊なのか、ゼリーのようなヒト型の物体が運ぶなんて新鮮な感じだ。


 料理を置かれたとたん、ふわっと美味しそうな匂いが漂ってきた。


 見た目がロブスターに似ているミュウ群島産オパールシュプリングの塩焼き、

 帆立貝に似たオーロラ貝のオープン焼きなど、いくつかの料理が並ぶ。

 海神国における名物料理であった。


 サラキアは、白ワインの入ったグラスを手に持って声を上げる。


「歓迎しようぞ! ゆっくりと堪能するがいい!」


 乾杯したとたん、大型犬サイズになったクーは、用意された大きな皿へ飛び込んでガツガツと食べ始める。

 サラキアは微笑んで言った。

 

「くふふ、クーは食いしん坊じゃな」


 俺は苦笑いしながらも、エビのような大型の貝類を良質な塩で焼いたものを手に取る。

 海の幸の香りが漂っていて、ヨダレが出そう。


 いただきます! 

 かじると、ぷりっとした食感で、コクがあり、まろやかな味わいが口いっぱいに広がった。

 これは、とても美味しいっ!


 食事を楽しむ最中、サラキアがリフェルに向けて言った。


「くふふ、名の知れたパーティと会食は楽しいのう。のう? 南星の剣聖よ」

「確かにね。北星とまさか、出会えるとは思いもしなかったよ」


 リフェルの一言に、サラキアは微笑みながらうなずいた。


「しかし、わらわとして驚いたぞ! まさか、イツキが南星と一緒に旅とはのう」

「イツキと一緒にいた方が楽しいもん」


 リフェルは俺を見つめて、だよね? と同調するようにニコッと笑った。

 そういうところが嬉しくなるね。一緒に旅してきたからなのか、何だか安心感がある。


 続いて、サラキアまでも、からかいながら皮肉った。


「くふふ。驚くことばかりよ。クーはまさかフェンリルだとはな。イツキとクーだけで、わらわの国が滅ぶのではと震えてしまったぞ!」


【クリアボイス】を使って、頭を横に振る。


「いえいえ。サラキアさん、この1週間は色々と助けてくれてありがとうございます。また、ティナさんとも話せて楽しめました」

「そう言ってくれると、わらわは嬉しい。しかしのう……イツキは、ユアのスキルで聞こえるというか、会話がここまで通じるようになるとはのう。これはたまげたぞ! シニフィ語の他にも手段があるのじゃな」


 サラキアは、感心したかように微笑んだ。

 耳にしたユアとリフェルは、この間って何をしていたんだろうと、俺とサラキアを交互に視線を向ける。

 ユアは、頬に手を当てながら俺に尋ねた。


「イツキさん、この1週間は何をしていたのでしょうか?」

「サラキアさんは魔法に長けていてね。色々な魔法を教えてもらったんだ。もちろん、新しい魔法もたくさん覚えたよ。それとアーティファクトとか、この世界についても色々と教えてもらったよ」


 俺がそう答えたとたん、サラキアが白ワインの入ったグラスをグイッと飲み干し、空のグラスを横に置いた。

 ソムリエらしき海神族がグラスを優雅に注いでいる最中、サラキアから口を開く。


わらわの国は独立した国家じゃ。イシュタリア大陸は人間族が多いじゃろ? イツキたちが、これから向かおうとしているガイア大陸は、様々な種族が住んでおる」


 言葉を区切って、再び白ワインを味わいながら答えた。


「アローン王国から小人王国シャルロットへ向かうと言ってたな。それでは遠いぞ。近道として獣王国ベスティリアに行くのがよかろう」

「ユアさん、小人王国シャルロットはここからだと、かなり遠回りになるみたい。──そういえば、獣王国って、ここからどのくらいかかるのですか?」


 俺たちが初めてガイア大陸へ行くことを告げると、サラキアは呆れたのか、頭を小さく何度も振った。


「イツキよ、ガイア大陸を甘く見ているのではないか。イシュタリア大陸と違って広大じゃぞ? とまあ、行けば分かるか。よい刺激的になろうて」


 続いて、険しい顔つきに変わった。


「注意してほしい事じゃが、魔族には充分に気をつけよ」


 魔族か……アローン王国での暗躍事件以来、ずっと会っていないな。

 大悪魔アークデーモンカイムが言っていた主って、もしかして魔王のことだろうか。


「サラキアさん、今の魔族は、世界を支配しようとしているのですか?」

「いや、魔族は昔から世界を支配しておる。ただ、150年前がキッカケで変動が起きたのじゃがな……」

「変動が起きたということは……?」


 そう尋ねると、サラキアは頭を振った。


「それは、わらわの口からは言えん。その場に、わらわはいなかったからのう。だから、詳しくは分からなんだ。独自のルートで集めた情報では、魔族は世界の敵であり、アステルの支配者だったと」


 カイムが言ってた主は、やはり魔王なのだろうか。

 いったい何者なんだ。

 うーむ。情報が少なすぎる。叡智様も分からないみたいだし……。


 ふと思い出す。――俺が世界を救う者だと言うことを。


「ティナさんから、俺は世界を救う者って言われたんだ。ユアさんは知ってるの?」


 問いかけると、ユアはギクリとするようにしどろもどろになった。


「ユアさん、やっぱり知ってたんだ……」

「は、はい。メシア様から女神の神託によると、イツキさんは世界を救う者である。そのことを知らさぬようにもてなしせよ、とお告げがあったんです」


 なるほどな。あの女神はしたたかだわ。


 最初に出会ったあの真っ白な空間にて、女神から直接、世界を救ってくださいと言われたら当然、きっぱりと断るつもりだった。

 平和に生きてきた俺が、いきなり戦場へ行けと言われたら嫌に決まってる。

 あの女神はそんな展開を避けるために、この世界で慣れていき活躍していただく。のちに、英雄と謳われるように至った場合はと……。

 はぁ、うまい具合にやられた。

 英雄になってしまった俺が、世界を救うことを断るとどうなることか。

 きっと、世界のみんなが落胆し、あるいは批判されるに違いない。

 まったく面倒だ。俺だけだったら別にいいが、ユアとリフェルまで巻き込まれることになる。

 あの女神はっ! タチ悪いわっ!


「イツキさん、私は覚悟していますから」

「あたしも、ユアから聞いたよ。でも、世界を救うイツキと一緒にいることが、あたしにとって誇らしい事なんだ!」


 俺が険しい顔になっていることに気づいたのか、ユアとリフェルは俺にフォローしてくれた。

 クーもモフモフな体で、そっと囲んでくれた。


「イツキよ。魔族はな、魔王は……いや、なんでもない」


 サラキアが何か言おうと口を開いたが、言いとどまった。これ以上は説明することはなかった。

 俺たちは複雑な気持ちになりつつも、食事のひと時を楽しんだのだった。


 ◆ ◆ ◆ 


 会食を終えたところ、サラキアは喜色満面の笑みで、手に持っている扇子を広げて言った。


わらわからのプレゼントじゃ!」


 突然、頭上に大きな物体が現れる。

 ドーナツの形をしていて丸っこい。前方に大きな窓が施されていて、10人は入るほどの大きな船だった。


 って、これって潜水船?


「これはアーティファクトの1つ、【魔導潜水船】じゃ!」


 サラキアは扇子を閉じて、びしっと誇らしげに潜水船を指した。


 異世界で、潜水船を見るの初めてだぞ。

 もしかして、神の世界にも現代と似てる部分があるのかな。


「この船はな、わらわはあまり使わんのじゃ。わらわたちは海神族。不自由なく泳げるし、何よりこの船は効率が悪い。まぁ、乗れば分かるぞよ」


 そう言いかけて、俺たちのところに歩み寄る。


「魔導潜水船を扱うには膨大な魔力を使う。わらわは1週間しか持たんのじゃ。イツキなら1カ月は持つだろう。それぐらい魔力を持っていると、自覚した方がいいぞ?」


 そ、そうだよね。その辺は自覚してる。


「戦争で見たが、イツキの魔法は絶大なものじゃった。わらわでも震えるほどだったぞ!」

「は、はは……」


 目を細めるサラキアに、俺は乾いた笑いをした。


わらわからの感謝を込めて、伝えよう》


 そうシニフィ語で身振り手振りし、俺を恋人のように抱きしめた。


《ありがとう。イツキ》


 密着から豊満な胸の感触を感じてしまった。

 柔らかいものが当たっているんだけど……。

 ユアとリフェルまでも、ジト目で睨まれているので困る。

 

 サラキアは俺を抱きしめたまま、顔の距離を縮めて言った。


「ふふっ、驚くことないぞ? これは海神族における礼儀作法じゃ」

「……やっぱり、そうだったんだ。でも、恥ずかしいです」

「くふふ、可愛いのう」


 カルチャーショックを受けたような気分だ。

 好意を持つ相手には抱き合うことが、海神族の礼儀作法なのね。


 次にティナも、俺に向かい合うように寄せた。

 そのまま、人差し指で自らさしてから、四指の背にあごを乗せるように当てる。


《イツキ様、私の国にてお待ちしてます》


 と、可愛らしい笑顔で身振り手振りした。


 海神族の兵士たちや住民までも感謝の声を張り上げ、手を大きく振ってくれた。

 街のあちこちにも、泡のバルーンが盛大に揚げられている。


「「「英雄イツキ様! 静寂の青狼方々! ありがとう!!」」」

「「「御恩は一生忘れません!」」


 魔導潜水船に乗った俺たちは、海神国のみんなにバイバイと手を振りながら、海神国サラキアをあとにしたのだった。

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