100話 帝国の失敗

 フレイ帝国軍までも唖然としていた。


 サラキア軍の前衛に、巨大な膜を覆った障壁のようなものが、我が軍の魔導士による魔法を全て弾かれた。

 我が軍の魔導士は、どれも中位魔法から上位魔法レベルだ。魔導士全員が唱えれば、小さな島なら全て跡形なくなるほど強い。

 それなのに、サラキア軍には傷1つもつかなかった。


 お返しに敵軍の水魔法や氷魔法が放たれた。

 帝国軍の1つである魔導軍団、黒いコートをまとう魔導団長は、帝国の魔導士たちに命令した。


「防御せよ!」

「「「はっ!」」」


 土の壁が立ち上がり、衝撃音が響き渡った。

 魔導団長は、目の前の光景に怒りの混ざった声を上げる。


「ぬう! 海神国にこんな巨大な障壁なんぞ見たことないぞ!」


 そばにいた帝国軍の召喚術師サモナーの一人がうなずいた。


「どうやら、サラキア軍も上位の魔法障壁をお持ちようですね。しかし、強度は我々の方が上でしょう。第2プランを実行させますか?」


 魔導団長は考え込んでは、頭を振った。

 

「……うーむ、そうだな。第2プランは取りやめよ。召喚術師サモナー全員で攻撃することに変更するっ!」

「ぜ、全員ですか?」

「そうだ!」


 召喚術師サモナーは10人ずつ分かれ、上位精霊や上位魔獣を召喚し、敵軍を蹴散らす戦術が主だった。

 だが、魔導団長は、先ほどの魔法障壁を見たことで、これまでの戦術には、通用しないだろうと考えていた。

 敵軍の魔法障壁が大規模に展開している。精霊や魔獣数匹だけでは届かないだろう。ならば、全ての精霊や魔獣を召喚すれば障壁なんぞ破壊できると魔導団長はそう判断した。


「り、了解であります!」


 召喚術師サモナーたちも、今まで違う戦術に戸惑っていたが、今は戦争中だ。

 切り替えの早い魔道団長の命令に、素直に従った。


「灼熱の炎よ、全てを焼き尽くせ、炎の巨人イフリートよ、顕現せよ!」

「大地よ、唸れ、岩石の巨人ノームよ、顕現せよ!」


 精霊召喚魔法を唱え、イフリート、ノームを召喚した。続いて、上位魔獣ヘルバウンド、幻獣キマイラ、火の精霊サラマンダーなども多く召喚させた。


 魔導団長は、ニタリとした笑みで言葉を発した。


「よし! 我が軍に誇るゴーレム300体も呼び出せ!」


 魔道団長の思わぬ命令に、召喚術師サモナーたちが目を見張った。

 召喚術師サモナーの一人が問うた。


「今の魔獣や精霊だけで十分な戦力かと思いますが……」

「ふん、十分に見えるか? あの障壁を張った青いヤツは、恐らくアーティファクトを使っているのだろう。たった千人ほどの海神族だぞ? 完全勝利するために、圧倒的な戦力で潰すのだ!」

「な、なるほど……さすが恐れ入りました!」


 召喚術師サモナーの数百人が1つ1つ紫色に輝く魔法陣が浮かび上がり、黒い装甲のゴーレムが多く出現する。

 世界を支配するために、ゴーレム技術を磨いてきた。これはフレイ帝国の研究の賜物でもある。


 魔導団長は号令を出した。


「いけっ! 一つ残らず殺せ!」


 召喚術師サモナーたちが、精霊や魔獣たちに魔力を注ぎ、唱和した。

 魔法やスキルが放たれ、次々と圧倒的な光景が繰り広げられた。

 しかし、敵軍の魔法障壁がさらに分厚くなって、完全に妨げられてしまった。

 魔導団長は焦りの色を浮かんだ。


「ばかな……お前! 強度は向こうが上ではないかっ!」


 魔導団長は、召喚術師サモナーの一人を八つ当たりするように怒鳴った。


「いえっ、これは私も想定外ですっ!」

「おのれ……止む無く攻撃しろーッ!」


 魔獣や精霊たちが必死に、攻撃続けたのだった。


 そして、目の当たりの光景に巨大な水の柱が立ち上がり、大津波のように迫ってきた。

 魔道団長が声を荒げた。


「まずいぞっ! 防壁を張れ――!」


 数十人の魔導士たちは、土の壁を立ち上がろうとしたが、通用しなかった。

 瞬く間に、帝国軍の前衛が飲み込まれ、ガチッと氷漬けになったとたん、砕け散った。

 雪の花びらのように、キラキラと輝く蒼い色、真っ赤な色、黒曜石のような色が混ざり合い、花びらのように舞い上がる。

 桜吹雪のようで美しく、後衛や生き残った魔導士たちが思わず見惚れてしまった。

 その花びらは、実は仲間たちの肉塊の欠片だと誰が分かるだろうか。


 当然、帝国軍は勝利を確信したかような顔つきとは正反対に、恐怖に染まった顔つきへ変わっていく。


「「「ひぃぃぃぃ!」」」

「ああっ、仲間たちがぁ――――!」


 目の前の仲間たちが、一瞬で粉々に、無残な形で消え去ったことに、思わず悲鳴を上げた。


 フレイは歯をギリッと悔しさを、あらわにした。


(おのれ、海神国め! 七星王の力とは、さすが別格の強さだな。ただの海神族の魔導士でさえ、化け物級の魔法を出すとは……。これもアーティファクトか!)


 フレイにとっての転機が訪れたのだ。

 大精霊獣レヴィアタンと水獣クラーケンの大群の争いが、海神国を覆い隠した結界が破れたことで、ミュウ群島のとある大きな島にあると判明した。

 海神国へ攻めて滅ぼせば、アーティファクトを大量に得られる、神の力で世界を支配することも夢ではないと皇帝フレイはそう決めたのだから。

 だが、今は、思いもよらぬ尊大な被害を受けている。


「これは想定外だな。このままでは敗北は必須だ」


 フレイのつぶやきを耳にした帝国軍総団長が、恐る恐ると尋ねた。


「皇帝陛下、どうされますか?」

「うむ、我が軍の有力な召喚術師サモナーが半分も減らされたのは痛手だ。見よ! 兵士たちは怯えている。恐怖のあまりに士気が下がった今は、被害が増えるだけだ。――撤退するぞ!」

「はっ!」


 続いて、フレイが振り返り、生き延びた兵士や召喚術師サモナーたちに向けて、声を張り上げた。


「みな! よくぞ、ここまで堪えた! これ以上は、お前たちまで命を失ってはならん! 撤退だ! だが、この戦争で大きな収穫を得たのだ。勝利は目の前だ! 次の機会までに力をためておけ!」

「「「陛下──! 了解!」」」


 フレイが士気を高めるような声を上げたことで、軍勢は高らかに吠えた。

 フレイは、遠くにいる海神族の魔導士をじっと眺めて思考した。


(待てよ……。ガオレイ号で見かけた魔法障壁が、あの見事な魔法障壁と似ていると我が魔導士が言っていたな。ガオレイ号から海に消えたという無音の魔導士か。

 あの青いコートのやつは、いったい何者だ。無音のやつと接点はあるのか、アーティファクトの力なのか、まずは情報を集めるべきだな)


 皇帝フレイは、海神族の魔導士とイツキのことを気にするようになっていた。

 諜報部隊の一人を呼び出し、我が軍をたった一人で壊滅的な被害に遭わせた海神族の魔導士について情報を集めよ、そして、無音の魔導士を探せという密書を送った。


 そうして、フレイ帝国軍と海神国サラキア軍との戦争は終結したのだった。


 ◆ ◆ ◆


 皇帝御用船で帝国へ戻る頃、とある部屋に一人だけ座っている。

 黒い漆喰塗りの書斎に、王の執務室として相応しい部屋だった。

 フレイは、革製のゆったりとした大きな椅子にもたれ、海図を読みながらつぶやいた。


「そろそろか……」


 フレイは周りに気付かれないよう【遮断結界】を展開する。

 続いて、何もない空間に向けて、ひざまずいた。


「我が主、大変申し訳ございません。失敗いたしました」


 何もない空間から裂け目が浮かび上がり、緋眼の黒い影がゆっくりと現れた。しっかりとした人の形になっていた。


「フレイよ、大量の魂が一気に来た。大儀であった」


 緋眼の黒い影が励みの言葉を発することで、フレイは畏まるように頭を下げた。


「はっ! 我が主! ありがたき言葉!」

「うん、私が女神を上回る力を得るその時まで、魂とスキルを私に捧げよ!」

「はっ!」

「女神の眷属である光と闇が世界を監視している中、一方的に戦を仕掛けては怪しまれるからね。うまく拮抗するように調整したほうがいい」


 フレイは悔しげに言った。


「はっ! 今回は一方的にやられました」

「それはよかった。さすが、無音の魔導士だ。反撃ぶりは素晴らしかった。ああ、くれぐれにも、ばらさないようにね」


 フレイは瞬きした。


「っ! あの海神族の魔導士らしき者が、無音の魔導士なのですか!?」

「そうだ。変装をしていたが、私にはすべてお見通しだ。アーティファクトで変装していただろう。魔力もオーラも全て擬態できるアーティファクトだが、私には通じないさ」


 そう答える緋眼の黒い影に、皇帝フレイは納得したかようにうなずいた。


「やはり……ガオレイ号の海難から時期的に考えると、あらゆる事が一致します」

「ふふふ、では、引き続き頼むね」


 緋眼の黒い影がそう言いかけて空間の裂け目へ戻ろうとするとたん、フレイが願いを出す。


「お待ちください! ……申し訳ありません。フレイの魂が余を追い出そうとしているようです」


 緋眼の黒い影が、赤く輝きはじめた。


「へぇ? やっぱり魅了が解け始めているんだ? フレイもなかなか皇帝に相応しい強靭な精神を持っているね。よし、聞こう!」


 緋眼の黒い影の手で、フレイの頭に乗せ魅了を解除させた。魅了が解けだしたとたん、フレイの本来の魂が大声を上げた。


「きさまっ! 俺の肉体をっ! フレイヤには手を出すなっ! 誰がっ! 助けてくれっ!」


 だが、【遮断結界】のせいでフレイの叫びが届かなかった。


「フレイよ。それは因果だ。お前は運が悪かった」

「くそぉぉ――――……」


 顔を歪めたフレイが、再び魅了されていった。本来の魂を精神の底へ閉じ込めてしまったのだ。

 いつもののような顔つきに戻っていくフレイは、緋眼の黒い影に向けてひざまずいた。


「我が主、感謝いたします」


 続いて意見を問うた。


「無音の魔導士はどうされますか? カイムを死なせた男を」


 緋眼の黒い影は一瞬、考え込んだ。


「……それはほっとくといいよ。カイムは気の毒だったね」


 フレイは、予想外の言葉に戸惑った。


「それは……なぜなのでしょうか?」

「私に指図するな。死にたいのか?」

「……っ! 大変申し訳ございません!」


 主の威圧に、フレイは思わずつぐんでしまった。

 ふと思い出した緋眼の黒い影が、フレイに命令した。


「カイムを死なせたあの無音の魔導士には放置せよ。女神の眷属が私を探している。あの無音の魔導士は、女神との繋がりがある。手を出せば、計画が失敗するのが見えるだろう」

「……確かにそうでございます」

「女神は手を出すことが出来ない。法に縛られているのだから」

「申し訳ありません。法とは……?」


 緋眼の黒い影がふふっと嗤い、フレイに問うた。


「なぜ、七星王と六大精霊王がいるのか、わかる?」

「それは……世界の均衡を保つため、でしょうか」

「その通り。それだけではないね。女神自身が動けないのだから」


 緋眼の黒い影の意味深長な言葉に、フレイは首を傾げた。


「……動けないとは?」

「そこまで分からない? あの女神は神の法に縛られている、と言えばわかるだろう?」


 フレイは、なるほどとうなずいた。


「では、引き続き頼むよ」


 そうつぶやく緋眼の黒い影は、空間の裂け目へ消えていった。

 フレイは立ち上がり、ゆったりとした椅子に座っていく。そして、深い笑みを浮かべた。


(我が主に、大量の魂を捧げることができた。だが、帝国軍だけ一方的にやられるのはダメだな。もっと兵を増やさなければならんな)


 フレイは悟った。


(なるほど……さすが、我が主だ。無音の魔導士を放置すれば、これから起こりえる大戦に巻き込まれる。膨大な魔力を持つあの魔導士ならば、一気に魂が増えるな。そして、余を邪魔にするフレイは死に、世界の支配者になる日が近い!)


 手を頬に当てながら、足を組んでは口を大きく開く。


「ふっ、ふはははははははっ――――」


 高らかに嗤い続ける皇帝フレイだった。

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