99話 イツキの決意

 なんだと! 俺と同じような強度をもつ防壁を張るのか……。

 冷静に考えてみれば、フレイ帝国は戦争に慣れている。遠距離攻撃魔法なんて対策練るのは普通なのかも知れない。


 高く立ち上がった土の壁が地面へ還る時、帝国軍勢の前衛に黒いローブを着ている数十人の魔導士が、円を描くように並び立って詠唱をしていた。

 魔導士たちの頭上に、赤い魔法陣が浮かび上がる。


 これは……召喚魔法か?


 瞬く間に、魔法陣から火の柱が轟音と共に立ち上がった。

 火の柱が収まると、髪が火のようにメラメラと燃えていて、たくましい体つきでかなり大きい。

 炎の巨人のようだった。


 叡智様、あれは……?


〈Aランクの上位精霊イフリートです〉


 イフリート! まさか、この目で見るなんて。


 続いて、別の魔導士グループも同じように魔法陣が浮かび上がった。

 魔法陣から巨大な岩石がうごめいた。岩石が、やがてヒト型に変化していく。

 Aランクの上位精霊ノームであった。


 まさか、上位精霊まで召喚できるのか。


 それだけでなかった。次々と魔法陣が多く浮かび上がってきた。

 漆黒と紅蓮のまとった模様をした体毛の犬系魔物のAランクの地獄の猟犬ヘルハウンド

 ライオンのような顔、馬のような胴体、蛇のような尻尾、ワシのようで大きな茶色い翼が混合している幻獣。Aランクのキマイラが魔法陣から数匹現れた。

 どんどんと魔法陣が浮かび上がり、Cランクのサラマンダーや多数の魔獣、精霊までも生み出していく。

 AからCランクまで勢ぞろいだ。


 そんな光景を見たコラルが、驚愕に染まった顔つきで声を張り上げた。


「まずいわっ! Aランクの数が多すぎるっ!」


 まるで魔物の大群だ。

 フレイ帝国は、召喚術師サモナーを力いれて育成しているのだろうか。


 海神国兵たちが驚き、身を構えたとたん、魔物や精霊たちの後ろに、ゴーレムのようなものが数百体出現した。鋼鉄で出来た装甲をまとうCランクのアイアンゴーレムが立ち並んでいて、大地が黒く染められていた。


 あ、圧巻だ。

 帝国軍って、どれだけ生み出すのか……。


 海神国兵たちは、焦りと絶望の混ざった感情をあらわにした。


「くそっ、このままではやられるっ!」


 このままでは俺たちは、やられる一方になるだろう。

 魔物大戦、いや魔王軍だよ。これは……。


「「「グォォォ――!!」」」


 魔物の大群から総攻撃が始まる。

 雄叫びと共に、青い空が、雲が赤く染められていく。イフリートから火の塊のようなものが飛んできた。

 大地までも震えた。ノームが地割れを引き起こし、グラグラと揺れた。

 地獄の猟犬ヘルハウンドからは、どす黒い息吹を吐き出した。

 数多の魔物や精霊たちから、得意とするスキルを放ち、天から、地上から、火の塊や黒い塊、巨大な岩石、紫色のした禍々しい液体までも降ってきた。


 コラルが必死の形相で、ジェスチャーをする暇もなく俺に助けを求めた。


「イツキ殿っ! 助けてっ!」


 コラルが悲鳴を上げているようだが、俺は聞こえず、自軍の状況については分からなかった。だが、勇ましいコラルがあれほど、恐怖に染まった顔つきになっているのを見てヤバさが分かった。


 俺は、防御魔法を全力で展開した。

【防御魔法:ガーディアンウォール】と【防御魔法:エレメンタルウォール】を何重も重ねて海神族軍全体に包みこんでいく。

 海神国軍は身を構えたまま、防壁をじっと見つめた。


 爆音や衝撃音が響き渡ったが、クラーケンやレヴィアタンのような威力ではなかった。

 当然、防壁にはビクともしない。


 それでも、魔物の大群は攻撃を止まない。延々と続く攻撃に、防壁はしっかりと守ってくれる。

 安堵するとたん、敵のイフリートが俺に【念話】を飛ばした。


『すまない。オレたちを消し去ってくれ』

『ねっ、念話!?』

『お前から、精霊王様の加護を感じる。だが、身体が言うことを効かないのだ』


 精霊王……それは、フェニックスのことだな。

 そうか、イフリートは気付いていたんだ。俺が精霊王の加護を持っていることを。 


 イフリートによると、召喚された魔物や精霊たちは拘束され、自由を奪われており、帝国の召喚術師サモナーの思うままに動かされているのだと。


『大丈夫だ。ここで消えても、オレたちは消滅しない。精神生命体だ。ただ、オレたちを無理やり隷属にさせた人間どもを、まとめて消してほしい』


 思わず息をのんだ。


『争いは命の奪い合い。参加した時点で覚悟はあっただろう。頼む! オレたちを解放させてくれ!』


 そんなこと言われても困る。

 ――1つ、ひらめく。レヴィアタンをここに呼び出せばいいのでは。

 海神国サラキアはレヴィアタンの守護する国である、と帝国にアピールすれば阻止力になるかもしれない。

 よし、そうしよう。

 上位精霊召喚魔法を唱えた。


「太古の深き海より目覚めよ、海の王よ、全てを飲み込む大津波を引き出せ、大精霊獣レヴィアタンよ、顕現せよ!」


 唱えたが、シンとしてて、何も起こらなかった。


 …………は? 何でだ!?


 叡智様から一言がきた。


〈個体名:レヴィアタンは、現在、お仕置きを受けているようです〉


 ……開いた口が塞がらない。


 どこからか【念話】が飛んできた。


『イツキよ。我輩は女神様から厳しいお仕置きを受けている。行きたいのに行けそうにもない。暴れたいのに……。──ひっ! ギャー!』


 レヴィアタンの悲鳴に、俺は呆れ返った。

 こんな時に、女神は戦争のことを無視なのかよっ!

 つっこもうとしたが、ハールトから【念話】が飛んできた。


『イツキ、女神様は見ることしかできないの。ごめんなさいね。でも、イツキなら大丈夫だと言ってたわ。頑張って!』


 といい、大精霊獣レヴィアタンの召喚は失敗に終わってしまった。


 手がブルブルとしそうだったが、今はそれどころではない。

 他にあるか探そう。

 

 うーむ、フェニックスを呼べばいいのでは。いや、難しいか。海神国はフェニックスとは何も繋がりがないので、余計に怪しまれる。

 ドワーフ王国ガドレアと繋がりのある大精霊獣だ。

 呼べば当然、フレイ帝国は気付き、ドワーフ王国まで攻めるだろう。ガルムル王とシンゲンさんにはお世話になっているし、そんなリスクは冒せない。


 帝国軍の一番偉い人まで向かえばいいのでは……いや、それもダメだ。今の俺は、海神族の魔導士の姿だ。

 やめさせようとしても、聞く耳も持たず、いきなり攻撃するに決まっている。

 擬態を解いた場合、俺が無音の魔導士だと分かれば、ラグナとの約束を破ってしまう。


 俺がやるしかないといえ、殺すのはためらう。

 今までの旅は、むやみに命を奪うことなく生きてきた。

 シリウスさんの言葉が今、ここに来たのかもしれない。時には冷酷になる必要があると。


 くそっ、頭の中にぐるぐると雑念が浮かぶ。


 コラルが俺の肩に叩いた。


「このままでは、まずいわっ! 我々は、死を、覚悟する。海神国の、誇りを、かけて!」


 コラルが、必死にジェスチャーなり、合図なり、俺に応えた。後ろにいる海神国兵たちも、決死の顔でうなずいた。


「…………」


 俺は静かに目をつぶった。海神国も帝国も、覚悟の上に向かっている。

 ──俺は……こんなことで、くよくよしてどうするんだ!


「ユアさん、ごめん……」


 なぜ、ユアに謝るのか分からないが、覚悟を決めたからなのか思わずつぶやいた。

 俺は、イフリートに向けて【念話】を飛ばした。


『……分かった。一つ聞きたい、消滅したら復活するのか?』


 そう伝えると、イフリートの口元が緩んだ。


『感謝する。オレたち精霊は、時間かければ元に戻る。その時は自由の身だ。……150年は長かった。まぁ、魔物は知らんが……頼む!』


 俺はこくりとうなずいた。

 今までは無詠唱だったが、今回の俺は海神族の魔導士の姿をしている。無音の魔導士だと悟らないために、本気で声を出すのだ。もちろん、詠唱を口に出すと、威力も絶大になるのだから。


 敵軍に目掛けて、サン・オブ・ロッドを天にかざし【クリアボイス】で、最上位の水属性魔法である【元素魔法:アブソリュート・ゼロ】を唱えた。


「凍らせよ、真っ白に染めよ、ひと時の全てを彼方へ消しされ、アブソリュート・ゼロ!」


 巨大な魔法陣が浮かび上がり、天へ貫くほどの水の柱が立ち上がった。

 水の柱が大津波に変わり、魔物たちや精霊たち、そして、帝国兵や召喚術師サモナーたちまでも飲み込まれていく。


「「「ギャァァァァァ…………!」」」

「「「ギィィィィィィ…………!」」」


 断末魔の悲鳴を上げたとたん、白いオブジェになっていった。

 瞬く間に、ビシビシと割れ始め、大爆発したかのように砕け散り、肉塊が欠片へ変わりゆく。

 前衛にいた魔物と精霊たち、帝国軍勢は、一瞬で桜吹雪のように散らばっていった。


「「「…………っ!!」」」


 そんな光景を眺めたコラルと海神国兵たちまでも、言葉を失っていた。

 本来の【元素魔法:アブソリュート・ゼロ】はそこまで出さない。イツキの魔力が膨大すぎるゆえに、最上位より超えた魔法となってしまったのである。


 俺は、目をつむって自分の感情を押し殺した。

 初めて自分の手で、前衛にいた召喚術師サモナーや近くにいた帝国兵までも人の命を奪った。

 やらなきゃ殺されるのは分かっているのだけど。


 サラキア軍勢は気を取り直したのか、瞬きしながら周辺を探っていた。

 コラルが、俺の肩にポンポンと叩いて抱き寄せた。


「イツキ殿! すごいでは、ないかっ!」

「いえ、海神国を守るためです」


 コラルから呼びかけられたことに、俺は困惑しながらも頭を振った。

 帝国軍勢の方に振り向けると、遠くにマントを着ている長身の男性がじっと俺を見つめていた。


 うっ……ば、ばれてないよね。

 あのマントの男性は、隣にいる勲章を沢山つけたきらびやかな服を着ている者より、威厳があるというか異質たる気迫がある。──もしかして、皇帝フレイなのか。

 確かに目が緑色で、金色になびく長髪だ。フレイヤさんの面影を感じる。兄妹なのだろうか……。


 マントの男性は、そのまま振り返ったことで帝国軍勢が退いていき、やがて、小さくなっていった。

 コラルは、フレイ帝国軍は撤退したと分かり、三叉槍を天に挙げて声高く声をかけた。


「我ら、海神国の勝利だ!」

「「「うおぉぉぉぉ────!」」」


 サラキア軍勢は、勝ち誇ったように喜び合った。

 クーが俺の影から飛び出して、俺の顔にボフッとした。


『ご主人様っ。お疲れ様っ!』

『うん。緊張したよ。やっぱり、戦争は耳が聞こえないと本当に怖いね』


 声かけも場面によって変わる。突然の展開に作戦変更が当たり前。そんなタイミングが、かなり難しかった。

 ユアの【共有念話】もない今、緊張度がかなり違って本当に疲れた。

 感知系スキルをフル展開、海神族の兵士たちの表情を読み取ったり、団長コラルや海神国兵たちの表情とジェスチャーに注視したり、叡智様の助言を頼りに動いてきた。

 それが無かったら、俺はこの場で終わっていただろう。

 俺は戦場を見渡してつぶやいた。


 ──墓を作ろう。


 戦場の光景を眺めて感じたイツキだった。

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