98話 海神国の決意

 ――時をさかのぼる。

 イツキとクーが海神国サラキアの宿屋から出て、散歩をしている頃のこと。


 ミュウ群島のとある、緑あふれた小さな無人島。

 イツキがレヴィアタンの【暴雷大嵐ディザスターストーム】により、巨大な渦巻きにのまれてしまい、流れ着いた島であった。

 島の近くには、重厚感のある漆黒塗りの大きな軍艦数隻が浮かんでいた。その船はフレイ帝国の海軍だ。

 巨漢だと思わせる海軍団長が、周りの部下たちを見て手を挙げた。


「魔導士の準備は完了か?」

「はっ、準備万全ですっ!」 

「よし、全員! 破壊しろ!」


 数十人ほどの帝国の魔導士が並び、無人島に向けて、各属性の魔法を唱えた。

 火の塊、水の塊などの各属性の魔法が数多に放たれた。


 ────ズゥゥゥゥウン!


 魔法による爆発音や衝撃音が響きわたり、爆風が海軍団長と魔導士たちの肌にさすった。どこからか魔物たちの悲鳴が聞こえた。

 ジャングルのような木々が粉々に壊され、島の中心にある洞窟がポツンと残されてしまった。

 そんな光景を眺めた海軍団長は、ニィと口元が緩む。


「うむ、通りやすくなったな。上出来だ」


 部下たちもうなずいた。


「まさか、この小さな無人島に、敵国とつながっている洞窟があるとは思いもしませんでしたね」


 海軍の今回の任務は、ミュウ群島のいくつかの島を回り、敵国の逃げ道を探し出し、本部に連絡することだった。

 しかし、なかなか見つからず、海軍団長は舌打ちするように苛立ちを見せていた。


 数週間が経ち、とある兵士が洞窟を見つけたことを報告し、耳にした海軍団長は円満の笑みを浮かべたのだ。

 

「まさか、誰にも気付かれないよう隠密系の結界を張るとはな。やはり、どこの国でも逃げ道は作るものだ。──お前、やっと見つけてよかったな。褒美をやろう」

「はっ! ありがとうございます! 見つけたことは幸運でした」

「うむ。裏にもいるぞ、と威嚇しただけよ。我々が、逃げ道を見つけたことを本部に連絡しておいた。本部がこれから正門を攻めようと始める頃だ。逃げ道を失った海神国は恐怖に染まりながら暮らしているだろうよ」


 そう口にする海軍団長は、勝利と確信したかような笑みで、兵士たちに大声をかけた。


「よし! 本部が正門突破したら、我々も裏口から攻めろ! それまで攻撃の準備を済ませ待機せよ!」

「「「了解!!」」」


 帝国海軍の兵士たちは、手をビシッと額に当てて敬礼した。


 ◆ ◆ ◆


 海神女王サラキアは頭を抱えていた。

 

《まずいの……。イツキよ、正門突破されそうじゃ。すまぬが、守ってくれぬか?》


 左頬に右手で触れてから下へ離すように《まずい》と身振りするサラキアに、俺はイエスとうなずいた。

 サラキアは助かると礼をし、続いて、兵士たちに命令した。


「皆の者! 出陣せよ! 正門を死守せよ!」

「「「イエッサー!」」」


 サラキアが、両手の指を互いに弾くように《戦》という身振りをした。


《イツキよ。戦時中には声の掛け合いが難しいじゃろ? 安心せい》


 と伝えて、近くにいた側近に「――団長を呼べい!」と声をかけた。


 数分も経たぬうちに、団長がやってきた。

 サラキア軍で最も偉いと思わせるような青い鎧をまとう女性で、長身でキリッとした団長だった。


「女王陛下、コラルです。何か御用でしょうか?」


 サラキアが、コラルに言った。


「戦争は、声かけ合いが多く発生する。イツキと同行するように。

 わらわが得意とする魔法を、彼は余裕で防いだ。かなりの実力派じゃ。そなたらにとって、助けになるだろう。しかし、彼は耳が遠い。ティナと同じようにジェスチャーなり、合図なり工夫せよ!」

「はっ! お任せください!」


 そうして、俺はサラキアと団長コラルから作戦の説明を受けたのである。


《イツキよ、頼むぞ! 妾は女王がゆえに、ここに守らなければならん》


 サラキアはそう身振りして、海神国を包むように氷の障壁を展開した。

 団長コラルが自らを指さして、「私に、ついてください」とジェスチャーしてくれる。

 俺はうなずいて、ともに正門へ向かう洞窟へ走った。


 俺たちが潜った無人島にある洞窟より、正門へつながる洞窟の方がしっかりとしていた。

 だが、海神族だけが知っている唯一の隠れ道があるようだ。

 隠れた部屋に向かうと、薄暗い部屋だった。見上げると天井の方に小さな光がぽつんと見える。

【クリアボイス】を使って、コラルに尋ねた。


「ここは……?」

「正門へ、すぐに、上がる部屋、です」


 コラルはジェスチャーしたのちに、何か魔法を唱えると、地面からゴゴゴとするように響いた。

 水圧を利用して上へ進むエレベーターだった。水で出来た昇降機と言っていいだろうか。


 正門のところへ向かったとたん、島が広がった。太陽の日差しで、思わずまぶしくなる。

 ゆっくりと目を開けると、土煙と白い水煙が、さあっと広がり舞いあがっていて、サラキア軍と帝国軍が激突していた。


「死守するんだ! 死守せよ!」

「負傷者が続出してますっ! 回復魔法をっ!」


 サラキア軍は、迫ってくる帝国軍勢を徹底的に防衛していた。

 

「突破しろ!」

「負傷者が出ても気にするなっ! 正面突破だ!」


 帝国軍までも休む暇もなく、攻めていく。


 剣同士のぶつかり合いによる火花散らす争い、魔法のぶつかり合いによる爆発が起きて燃え広がったり、水魔法で消火したりしていた。

 だが、時間の問題だろう。見る限り、サラキア軍は押され気味だ。

 血飛沫を浴びる海神族の兵士たち、横わたっていて息もしていない海神族の兵士たち。

 一瞬の油断が命取りとなる。そんな戦争が目の前に立ちはだかる。


 俺は味方であるサラキア軍勢に【補助魔法:エンカレッジブレイブ】をかけて、攻防を上昇させた。だが、分散しているせいか効果が薄い。

 それでも、下級魔法であるブレイブ並みの効果になっているはずだ。

 ちなみに【永続補助魔法:エターナルブレイブ】は、自分自身しかかけることが出来ないので、味方対象には使えないのは仕方ない。


 海神国兵たちが、喜ぶ顔で俺に何か言っているようだけど言ってることがわからない。

 多分、お礼を伝えているのだろう。

 まぁ、良しとしよう。

 サラキア国が帝国軍に勝つこと。その結果だけは、必ず果たさなければならない。


 帝国兵1人が、いきなり斬りかかってきた。とっさに、【防御魔法:ガーディアンウォール】を展開し弾く。

 強く弾かれた帝国兵は、何か起きたのか掴めず瞬きした。それでも、剣を振り下ろし斬りかかろうとした。


【雷魔法:スタンクレント】で気絶させよう。

 魔法陣から雷を生み出して、直撃させた。


「ぐあっ!」


 帝国兵は気を失って、倒れそうになったとたん、海神国兵が三叉槍で、気絶させた帝国兵の急所を貫き、命を絶った。

 勢い任せて貫いたからなのか、帝国兵の胸あたりから気持ち悪いものが飛び出しては、返り血が俺の頬に浴びた。


「……うぁ」


 言葉にならないほど、衝撃を受けてしまう。

 海神国兵が、勝利を得たような笑みを浮かべて、コクリとつぶやいた。


 俺に感謝するようなことを言われた気がするが、それどころじゃない。

 今は落ち着かなくちゃ! 


「ふぅ――っ!」


 その時、帝国軍勢が後ろへ走るように退いた。


 なんだ?


【魔力感知】と【気配感知】を使って周辺を警戒しているところ、帝国軍勢から、火の塊や石のつぶて、風の刃などが無数に飛んできた。

 直ちに【防御魔法:エレメンタルウォール】を展開した。

 サラキア軍の全てを包み込むように巨大な防壁で、敵軍からの魔法攻撃を全て弾き飛ばした。


「「「うおおおおっっ!!」」」


 サラキア軍は、俺の魔法を目にしたことで、目を見張ったのか、声を大きくあげた。わずかだが耳に入った。かなりデカい声を出してたんだと分かる。


 コラルが、三叉槍を高く挙げた。サラキア軍が誇る数十人の魔導士たちが並び始める。


「我々にも魔法で返せ!」

「「「イエッサー!」」」


 サラキア軍の魔導士たちが、水属性魔法を主に唱え始めた。青く輝く水の塊、尖った氷の柱、水で作られたような大きな槍などいくつか違った形が帝国軍勢に向けて放たれた。

 数え切れないほどの魔法で圧倒されるほどだったが、帝国軍の前衛に土の壁のようなものが軍勢を覆うように立ち上がった。

 爆音や衝撃が響き渡り、水飛沫も激しく舞い上がった。


 やがて収まったとたん、団長コラルの目には、信じられない色を浮かんだ。


「バカな……」


 帝国軍勢は無傷だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る