97話 対話

 海神女王サラキアとチェスゲームをして、一本取られた。

 

《ふはは! どうじゃ? また、わらわの勝ちじゃぞ?》


 つっ、強い! 


 イツキとサラキアは、チェスゲームに夢中になっていた。サラキアは、人差し指を立てて振るような仕草をしてから勝ち誇ったような笑みを浮かべた。

 海神族の兵士たちや側近たちは、呆れながら眺めている。今、フレイ帝国が迫っているのに遊んでるなんて……とぼやいていた。

 

 サラキアが、つぶやくように手振りする。


《フレイ帝国じゃが、ミュウ群島にある無人島の洞窟を見つけたことで包囲しておる。つまり! 妾の国は、絶対絶命ということよ!》


 続いて、チェスをコツンと鳴らす。手に持っている扇子で、ビシッとさした。


《そなたのせいで、妾ら、海神族が危機にさらされておる。戦争に協力してもらうぞ?》


 知らなかったとはいえ、結界を破った俺に非がある。だが、グランドマスターのラグナから手を出すなと命令受けている。

 もしも、手を出すとフレイ帝国に関係する国々が、反抗して冒険者ギルトを潰そうとする恐れがある。

 これはどうしたものか……。


《知らずに結界を破り、このような結果を招いてしまい申し訳ありません。

 でも、協力すると、他国が冒険者ギルドを潰そうと動きが――》

《それがどうした? 冒険者ギルドなんぞ、どうでもいいわ! 妾は、海神族を治める女王ぞ?》


 威圧を放つサラキアが、周囲を重くさせたことで、周りの兵士たちが縮こまった。


「「…………」」


 俺とサラキアは、互いに見つめたまま、沈黙がこの場を支配した。


 その時、チェス相手を担っている女官が、さりげなく場を切り替えるように紅茶を運んで、ゆっくりと注いでくれた。

 紅茶の香りが、ふわっと広がっていく。女官が、どうぞという仕草で微笑みながら手振りした。


《イツキ様。温かい紅茶です》


 あ、ありがとう。あれ、海神族じゃない。


 青みを帯びた鮮やかな紫色の髪に、金色輝く瞳、人間族と同じような肌色をしていて、妖精のような少女だった。


《彼女はティナじゃよ。風の大精霊獣様がここに連れ込んできたのじゃ。妾がシニフィ語を扱えるのは、彼女と会話していたからじゃ》


 あの女官ティナは、シニフィール族だった。ティナが、小指を立てて上へ上げるように身振りして深くため息をもらした。


《サラキア様は、風の大精霊獣様とのチェス仲間なんです。ですが、風の大精霊獣様がサラキア様と対戦するのに、結構うんざりしてて、私を連れ込み、しばらくはここに住むことになったのです》

《確かになんとなく分かるなぁ。俺もチェスゲームやらされてます……》


 そうぼやくと、ティナはクスッと微笑んだ。


《あ、風の大精霊獣様から聞きました。イツキ様は、世界を救うお方だと聞いています。是非とも、私の国に来てくださいっ!》


 ちょ――っと待って!

 俺が世界を救うの? 今更だけど! 初耳だけど!


 サラキアまでもが驚いた。


《ティナよ。イツキは、新たな勇者ということか?》

《風の大精霊獣様からのお言葉ですし、多分……そうではないでしょうか》

《ふむ……確かにそうじゃな。光の大精霊獣様と水の大精霊獣様が、イツキのことをご存知なのか親しく声をかけておられた。彼なら、世界を救ってくれるかもしれぬ》


 サラキアは納得したのか、頭を小さく何度もうなずいて、俺に視線を戻した。


《妾は中立じゃ。魔族でも人間族でも、どちらも味方ではないのじゃ。無駄な争いは好まん。しかしのう、今回は妾の国に関わる重大なことじゃ。イツキよ。戦争に出るのじゃ!》


 俺もどうしたものか悩むうちに、サラキアがピンとひらめいた。


《そうじゃ! ちょい待っておれ!》


 サラキアは妖艶な笑みを浮かべて、胸の谷間からキラッと金色輝く指輪を取り出した。


《これを使え! アーティファクトの1つ、擬態の指輪ミミックリングじゃ!》


 む、胸から……なんて取り出し方なんだ。


《冒険者イツキとして、表に出るのはまずかろう? ならば変装すれば良い。この擬態の指輪ミミックリングは、海神族の魔導士の姿になれる。これなら問題なかろう》


 続いて、サラキアが身振り手振りして、指輪を手渡す。


《戦争に負けると、妾の国は滅ぶだろう。それを阻止しなければならん!

 妾は七星王の1人、北星の海神女王! 誇り高き海神族の1人として挑むつもりじゃ!》


 女王として扇子を広げ威厳を放つサラキアに、兵士たちは一斉にひざますいた。


「「「我らは誇り高き海神族! イツキ様! 我々にお力を!」」」


 海神女王サラキアは、アーティファクトを多く持ち、氷水魔法を得意とする七星王の1人である。


 クーは俺を見つめて、心配そうにスリスリとした。


『ご主人様、大丈夫?』


 俺は、微笑みながらクーを撫でた。


『大丈夫だよ。こうなった責任は俺にある。クーはバレてしまうとまずいから、影の中に潜んでくれるかな?』


 フレイ帝国に滞在したとき、クーと一緒に歩いていたのだから目立っていた。

 しかも、無音の魔導士も静寂の青狼だということで有名だ。


 だが、クーは納得いかないらしい。


『ええ――! ボクも戦いたいっ! ご主人様を守るんだっ!』


 しょぼーんとうなだれるクーに、俺はいざという時に出すからと元気づける。


『クーは他にやることがあるよ。もしも、俺がピンチになりそうだったら、守ってくれると嬉しいから』

『分かったっ!』


 クーはうなずいて、シュンと俺の影に潜っていった。


 うん、納得してくれてよかった。

 サラキアに視線を向けて、意を決してシニフィ語で答えた。


《分かりました。海神国サラキアを守ります》


 そう身振り手振りしたあと、擬態の指輪ミミックリングをはめる。身の回りに白い煙のようなものが、俺の身に包まれていった。


《イツキよ、協力してくれて感謝する! して、着心地はどうじゃ?》


 サラキアは【氷魔法:ミラージュエル】を展開し、覗いてみよ! と招いた。

 鏡のような冷たい壁を恐る恐ると覗いてみると、いつもの自分ではない姿が写っていた。


 こ、これは!


 耳に魚のようなヒレ、透き通った海のような水色の肌、極薄の青いコートを着ている。完全に海神族の魔導士となっていた。


 おおっ、これはすごい! 

 アーティファクトの力なのか。これは欲しい。サラキアにお願いしようとしたら、


《ダメじゃ。これは妾のものじゃ。今回は、貸しじゃぞ?》


 うん、きっぱりと拒否されました。


《イツキよ、アーティファクトは危険な代物じゃ。1つだけで一国を滅亡させるほどの威力があることを知っているかえ?》

《えっ、一国を滅ぼ……す?》


 アーティファクトは、神々の戦争の時に生み出された神代遺物。

 所持しているのは、サラキアただ1人だけ。七星王の1人として、アーティファクトを管理する役目も担っている。


《先程にお見えになった光の大精霊獣様がのう、妾に使命されたのじゃよ》

《ハールトさんですね。レヴィアタンにひどく怒ってましたし》

《くふふ、そうじゃ。妾もあの龍には困っておったのよ。気まぐれで暴れん坊じゃからな》


 サラキアさんまでもなのか。

 今まで直に会ったのは、フェニックス、レヴィアタン、ハールト。

 どれも個性的で、親近感わくほど面白いと思えるほどだった。

 残りの土、風、闇は、どんな大精霊獣なのか会ってみたいものだ。


 そんな折に、海神族の側近が駆けつけて声を荒げた。


「女王陛下──! まずいですぞ! 帝国軍が侵入し始めおった!」


 耳にしたサラキアの顔つきが、深刻な顔つきに変わった。


「ついに来おったか……」


 フレイ帝国軍との戦争は避けられない。

 イツキとクーは、サラキア軍に加勢するのだった。

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