第7章 ミュウ群島

87話 無人島

 海の中は真っ暗だ。冷たくて息もできない。

 うっすらと向こうに光が見えた。手を伸ばそうとしても、届かない。

 だんだんと目が重たくなってきた。身体の感覚も分からなくなってきたのか、死という言葉が脳裏をよぎった。


 俺は死ぬのだろうか……。

 危険な旅とわかっていたけれど……。

 ユアさん、リフェル、クー、みんな、ごめん――――



「……さん! ……イツキさん!」


 誰が俺を呼びかけている。

 振り返ると、金色の模様が刺繍された白い衣装を着ている聖女らしき少女が立っていた。 

 よく見ると、ユアだった。


 ユアは怒っていた。


「違うでしょう! 私たちがいます!」


 と、いきなり俺を抱きしめた。


 えっ、ユアさん大胆……。


「イツキ! 当たり前じゃん。あたしもいるから大丈夫だよ!」


 後ろからも抱きしめられた。振り返るとリフェルだった。

 2人から、ぎゅーっと力強く抱きしめようとする。


 痛い! 痛い! 痛い! ――――…………



「はっ!」


 あまりの痛さに、目が覚めた。


 ……夢だったか。


 肌に、ふわっとしたものが触れた。

 モフモフとした体毛が俺を抱きしめるように包んでいた。どうやら、モフモフしたものが、俺を温めてくれていたのだと分かった。起き上がろうとすると、モフモフが動きだした。


 モフモフの正体を探ろうとすると突然、大きな鼻から息がかかり、思わず目をつぶった。

 恐る恐ると目を開けると、大きな瞳で俺をじっと見つめた。大きな瞳が俺から離れていくと、クーだった。


 ああ、クーが力強く抱いたのね。って、クーの様子がおかしい。一回りがすごく大きくなっているような……。


「ガヴッ!」


 クーが大きく吠えたことで、響いた。立ち上がろうとしたが、やけに身体が重たくフラフラと、ヘタリとした。

 尻餅ついたまま、クーに、【念話】でお礼を言った。


『……クー。俺を助けてくれたのか。ありがとう』

『ご主人様! ボクは主の守護獣! 進化したよ!』

『おおっ! 進化したんだ。おめでとう!』

『うんっ! ボクを鑑定してみて!』

『分かった。ちょっと待ってて』


 ゆっくりと立ち上がって、クーに向けて【鑑定】をした。


 鑑定した結果、クーはレベルがかなり上がっていることに瞬きした。

 俺よりはるかに上回っていて、大精霊獣レヴィアタンに一歩近づいたと分かる。

 進化したからなのか、称号が【イツキの守護獣】になっていて、フェンリルの子ではなくなっていた。【神狼フェンリル】と変わっていた。


『ご主人様、生きててよかった! ボク、必死だったよ!』


 クーの話によると、俺は海で死ぬ寸前だったらしい。

 俺の影から出て、引っ張りながら近くにある島へ向かおうとしたが、水獣クラーケンが出現し、襲いかかってきた。

 俺を抱えながら、必死に戦っていたが、水獣クラーケンはSランクの魔物で、クーはAランクの神狼。圧倒的な差があり、クーはピンチだったらしい。


 主である俺を守るんだと強い決意が出たのか、クーの身体が光り輝き、身体も一回りも大きくなる。進化したクーは、水獣クラーケンに固有スキルを一撃で倒したのだと。


 すごいな! クーがいて助かったよ……。もしも、クーがいなかったら、俺はこのまま死んでいただろう。


『クー、ありがとな』


 感謝を込めて、クーの大きなたてがみを撫でた。

 クーは俺より、かなり大きくなっている。シーズニア大陸で討伐したフロストウルフが可愛く見えるほど、大きいんじゃないかと思うほどだ。


 大きすぎて、クーの顔がよく見えない。表情が掴みづらく困った。


『クー、すごく大きいから、小さくしたりすることは出来るの?』

『うんっ! 出来るよ!』


 クーがみるみる縮んでいき、大型犬並みに小さくなった。


 わぁ! すごく可愛い!


 俺より小さくなったクーは、成長したシベリアンハスキーのようで、モフモフ感が一層増している。

 たてがみがサラサラとしていて、氷柱みたいな体毛でキラキラとしていて神秘的だ。クーの首にはめている漆黒の首輪とマッチして、とても似合っている。

 これでも、クーはSSランク間近のSランクの神狼である。SSランクになると、もっと大きくなり六大精霊王と並ぶことになるのだ。


 クーの成長が楽しみだね!


 ◆ ◆ ◆


 叡智様に聞くと、ここはミュウ群島と呼ばれる場所で、いくつかある群島の中で最も小さい島だそうだ。

 念のために【気配感知】スキルを使って、島全体に広げた。魔物は多数いるが、ひと気もない。


『ボクも嗅覚感知で調べたけど、人らしきものは全然いないね!』


 もしかして、無人島生活になるのだろうか。――その前に、どうやって帰るか考えとかないと!


 叡智様! 時空魔法でユアとリフェルのところへ転移したいけど、できますか?


〈否。レベルが足りません〉


 え? 最上位神聖魔法は何で取得できたの?


〈時空魔法と神聖魔法は敷居が違います。時空魔法は失われた魔法の1つであり、封印された魔法の1つでもあります〉


 封印された魔法? つまり、レベルを上げないと取得できないってこと?


〈是、合ってます〉


 叡智様からの言葉を聞いているうちに、【気配感知】が察知する。

 察知した方向に振り向くと、熊のような魔物が数匹、俺のところに襲いかかってきた。

 茶色い体毛に、鋭い牙が生えている。図体が大きいのか、ドスンドスンと地鳴りするように走ってきた。


 何の魔物なんだ?


 とりあえず、【鑑定】してみたら、ジャイアントベアというCランクの魔物だった。レヴィアタンのせいでステータスが低く感じる。

 右手のひらで、その魔物に差し向けた。

 

 ――――スバッッ!


 無詠唱で【元素魔法:ウインドカッター】で風の斬撃を飛ばし、ジャイアントベアたちを真っ二つに斬り倒した。

 そのあと、食料の確保のために、複数のジャイアントベアを解体していき、【時空魔法:次元収納】へ仕舞い込む。


 気を取りなおして、無人島を歩き回ると、2時間で一周するほどの小さな島だった。

 見たこともない木々、ツタのような植物がいくつか木々と絡まっていて、まるでジャングルに入り込んだ光景。


 カラっとした暑さの中で、島の中心のところへ歩き向かうと、何やら洞窟らしき穴が見えてきた。

 密集した木々で、外から洞窟が見えないようにひっそりと隠れていた。下へ潜るような形をしていて、3人ぐらい入るような空洞が口を開けている。


『クー、この洞窟、何だか怪しいよね。入ってみる?』

『うん! ボクも感知してみたけど、この洞窟はひと気がいる気配がするよ!』

『船とか、貸してくれるといいけどね』

『ご主人様、大丈夫なの? ユア様がいない今、聞こえないんじゃないの?』


 クーから言われたことに、気付く。確かにそうだ。仮に人とあっても聞こえないんじゃ意味がない。

 耳にかけている補聴器を触れて起動しようとした。


「…………」


 何も聞こえないことに、胸が痛くなるほど嫌な予感がした。慌てて、作った魔導装置こと電池を交換して、ふたたび起動してみた。

 自ら聞こえるかどうか、あーあーと、声を上げる。


「…………」


 それでも聞こえない。試しに別の電池に交換した。やはり聞こえなかった。

 背筋に汗が滲み出てしまった。

 補聴器を外し、中身を開けて確認したが、水が被っていて既に壊れていた。


『補聴器が……そんな……』


 クーは心配そうに【念話】でかけた。


『ご主人様、どうしたの?』

『補聴器が壊れてしまった。もう使えない……』


 補聴器は精密機器だ。水に弱いので、湿気も入らないように気をつけていた。

 だが、海水が補聴器に侵入したことで壊れてしまった。

 ふたたび作り直すとしても、この補聴器はデジタル機器だ。

 叡智様に聞くと、この補聴器の素材はこの世界では存在しない。あったとしても、作り上げるのに困難を極める。

 この補聴器は超小型コンピューターで出来ているので、複雑なプログラムが必要となる。しかし、この世界にパソコンなんてあるわけがない。パソコンそのものを作り上げるのに、どれだけ時間がかかることか。


 だからと言っても……。


『ここにいても何も変わらないと思うし、進むしかない』

『ご主人様! 何かあっても、ボク、守るよ!』


 クーの励みに救われた俺は嬉しく、クーの頭を撫でた。

 

『さぁ、行こうか』


 そう言い、イツキとクーと共に、洞窟へ潜り込んでいった。


 イツキとクーがくぐり抜けたあと、洞窟に張られていた結界がゆっくりと消えていく。だが、それに気づくことはなかった。

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