85話 船の危機

 海中にはSランクの水獣クラーケンの大群。海上ではSSランクの大精霊獣レヴィアタンが凄まじく争っていた。

 咆哮や叫び声が、ガオレイ号まで震えるほど、大きくとどろいた。


「グルァァァァ――!」

「「「ギィォォォォォ―――!」」」


 船体が、ミシミシと鳴る。

 振動をかなり感じた。咆哮による音がいかに大きいかが、耳が聞こえない俺でもよく分かる。


「「「ひっ!」」」


 乗客たちが、恐怖のあまりに声をもらした。船から見下ろすと、水面下にクラーケンの大群が泳いでいるのが見えた。

 赤い巨大なイカのような、おぞましい化け物が数多く出現していた。

 レヴィアタンに向かって、海中から飛びつき、長い触手で叩きつけたり、体当たり攻撃していた。さらに、鋭い槍のような水砲を口から連射しまくっていた。


 だが、レヴィアタンはクラーケンの攻撃にはビクともしていない。見上げると首が痛くなるほどの巨大な龍だった。

 きらめく青いウロコに、大きなヒレを羽ばたきながら、クラーケンの大群に威嚇している。

 遠くから見る限り、頭から尻尾までだと恐らく何百メートル以上はある。レヴィアタンの頭だけでも、ガオレイ号より大きいに違いない。


 巨大な龍に怪物の大群、激しい争いに乗客たちは恐怖に染めては悲鳴を上げた。


「「「ひぃいぃい――!」」」

「「「きゃぁぁぁぁ――!」」」


 船長はガオレイ号の責任者としてのプライドなのか、恐怖に堪えようとしていた。直ちに、船員に命令した。


「早くこの場から退け!! 舵を引っ張ってくれ! 直ぐに離れないと危険だ!」


 ────カッ! 


 空が光った。天が、曇ってゆく。そして稲妻が光る。雷雨がいっそう激しくなった。海がどんどん荒れてゆく。

 レヴィアタンの周辺に大きな渦が出始めた。クラーケンの大群が押し流され、飲み込まれるほどの巨大な渦巻きになっていく。

 

 遠く離れているガオレイ号までも、巨大な渦巻きへ引き寄せられようとしている。

 変わりゆく光景に、船長は冷や汗をかいてしまう。


「まずい! 大渦だ!」

「やばいぞ! 暴雷大嵐ディザスターストームだっ!」


 魔導士らしき乗客の叫びに、俺は一体どんな技なのか、叡智様に尋ねた。


〈水の大精霊獣レヴィアタンのスキルの1つ。稲妻を呼び、巨大な渦巻を生み出し、水の竜巻を発生させ、周辺の全てを跡形もなく蹴散らす広範囲の攻撃です〉


 その瞬間、巨大な稲妻がガオレイ号に降りかかろうとした。


 まずいっ!

 

 ガオレイ号が破壊されるほどの巨大な稲妻であった。

 とっさに、船全体を守ろうと【防御魔法:エレメンタルウォール】で展開した。


 ────ズドンッ! バチバチッ!


「「「ヒィィィィ!」」」

「「「うわぁぁぁ!」」」


 俺が張った防御魔法で、巨大な稲妻から何とか、まぬがれた。

 レヴィアタンがクラーケンの大群の方を目掛けて威力を大きくしているからなのか、俺たちのところでは威力が小さかったので、ほっと胸をなで下ろした。

 もし、俺たちにも向かって攻撃したら、防壁が破壊されてもおかしくないだろう。


 落雷した音が大きく轟いたことで、周りにいた乗客までも更に絶望の色に染まった。パニック状態に陥ってしまったゆえに、慌てるように、船内へ駆け込んでいった。


 クラーケンの大群が、巨大な渦巻きにのまれていく。


「「「ギィァァァアア――――!」」」


 巨大な渦巻きにのまれたクラーケンが抵抗できないまま、水で出来た竜巻にぶつかり、跡形がなくなるまで身を削られていき、断末魔の叫びを上げた。

 青かった海が、赤と黒の混じった海に変わってゆく。


 海上の広範囲では、水で出来た大きな竜巻が数え切れないほど多く出現していた。

 天には稲妻があまたに走り、天にも届きそうなほどの大きな水の竜巻が多方面に動き回り、海には巨大な渦巻きが起こっていた。

 まるで、世界の終わりを迎えるような光景。


 凄まじい威力だ。CG映画でも見てるのか……と思うほど身震いした。


 巨大な渦巻きに近づけば近づくほど、一気にのまれてしまうゆえに、ガオレイ号は必死に踏みとどまっている。


 船長が顔を赤くして、声を張り上げた。


「おい! 船員ども! 早くオールを漕げ! 重い荷物を捨てるんだ! このままでは重すぎる!」

「商人たちは嫌がっているようですが、どうされますか!」

「こんなアホどもは無視しろ! 死んだら終わりだぞ! 荷物なんか気にしてられるかっ!」

「「「りっ、了解!」」」


 船員たちが、駆け足で散らばっていく。

 冒険者たちにも必死に風属性魔法を唱え、船の推進力に働きかけている。


「風よ、大きなうねりとなり、吹き飛ばせ、ウインドガスト!」


 筋肉質の冒険者も船員も、先っぽが平たく長い棒状のオールを必死に漕いでいた。 


 波の動きが激しく、ちゃんと進めているのか分からない。魔法なり漕ぐなり、帆のロープを引っ張るなり、何もやらないよりはマシだろう。

 さもないと、数百人も乗っているガオレイ号は沈んでしまうのだ。


 パーサーらしき船員たちは、商人たちに荷物を海へ投げ捨ててほしいとお願いしたが、商人たちは戸惑いと混乱の混ざった表情を浮かべていた。


「ふざけるな! 我々を潰すつもりか!」

「いえ! 重い荷物を捨ててでも、船を軽くしないと進めないのです。このままでは、船が沈没してしまいます! 我々も死んでしまいますっ!」 


 ペコペコと頭を下げながらも必死に説得する船員だったが、商人たちの反応は、真っ二つに分かれた。


「なんだと! お前! 商人を辞めろというのか!」

「ひぃぃっ! 私、荷物すぐに捨てます! 捨てますっ!」


 命の危険よりも富を優先するがゆえ、激情する商人たち。

 自分の命を優先し、重い荷物を海へ捨てる商人たち。


 緊急用の小舟の取り合いも始まってしまう。

 ガラの悪そうな冒険者が、小舟を奪った。


「俺様のだ! どけ!」

「せめて子どもだけでも助けて! お願い!」


 子ども連れの乗客が、必死にせがむ。

 乗客同士の争いを止めようと、そこにも数名の船員が駆けつけた。


「ダメです! 小舟は使えません! 大渦に飲まれます!」

「ふさげんなっ! 何も出来ていないじゃないかっ!」


 ガラの悪そうな乗客が、引き止めようとする船員を力ずく突き放していた。


 ガオレイ号にいる乗客たちは、かなり混乱状態だ。

 安全性の高い大きな定期船だと思い込んでいたからなのか、こういう状況には予想外だったのである。



 続いて、レヴィアタンが更にクラーケンの大群に向けて、巨大な津波を引き起こした。大津波が広範囲に広がっていく。


「まずいぞ! 次は津波だ!」

「でかい! 早く漕げっ!」


 全力で逃げようとしても、巨大な津波のスピードが速く押し寄せてきた。

 さらに、クラーケンの大群が繰り出した【突水大槍メガランス】のスキルの1つ。水で出来た巨大な槍のようなものが、雨のごとく降ってきた。


 とっさに、【防御魔法:ガーディアンウォール】で張り続けた。


 ────ガンッ! ガガガガガ! ビシッ――。


 数え切れないほどの【突水大槍メガランス】が張った防壁に突き刺さり、ガオレイ号が震えた。


 まずい! 防壁にビビが入ってしまった。


 次いでに巨大な津波が押し寄せて、ガオレイ号がどんどんと上高く上がっていく。

 勢いよく上がっているのか、重力がかかっていて乗客たちは立てられず、平伏せしてしまった。


「「「きゃあぁぁ――!」」」

「「「うわぁぁぁ──!」」」」


 津波の最高点の高さに達した瞬間、乗客たちが、ふわっと軽く浮き上がった。

 飛ばされるほどの風圧によってか、必死に手すりを掴んでいたり、隣の乗客と抱き合って堪えようとした。

 俺たちまでも、浮き上がっている状態のまま必死に手すりを掴んでいる。


 そう、ガオレイ号は落下中である。


 船長が悲鳴をあげた。


「うわぁぁぁ! このままだと船が大破損するっ!」


 落下の衝撃を和らげるには、ガオレイ号の落下速度を減速しないといけない。

 風魔法でうまく乗せられるか、イチかバチか、【元素魔法:ウインドガスト】を唱えた。

 突風のように、下から吹き出して、ガオレイ号の落下速度の勢いを抑えようとしたのだが。

 ガオレイ号は、大きな定期船で重厚だ。勢いを少ししか抑えることが出来なかった。


 うっ! 重たいっ! やはり、デカい船は無理がある!


 ――――ドゥゥゥン!


「「「ぐあっっ!」」」

「「「ぎゃあっ! 痛いっ!」」」


 落下の衝撃が激しく、ガオレイ号はいくつか破損してしまった。木組みの壁やデッキまでも割れていて、鉄で出来た装甲までもへこみが見えた。

 乗客たちは、ひどい怪我を負ってしまった。船長までも打ち所が悪かったのか、血が流れていた。


「ぐっ! ど、動力源は無事かっ!」

「ううっ……確認しますっ!」


 船長の一言で、船員はうなずいてバタバタと動力源のところへ向かった。

 少しの間、船員が戻ってきた。


「大丈夫です! 竜骨とか重要な箇所は無事でした!」


 ガオレイ号は防衛に長けているからなのか、頑丈に出来ているようだ。普通の定期船だったら、バラバラに砕け散っていただろう。


 ◆ ◆ ◆


 やはり、フェニックスを上位精霊召喚して、レヴィアタンを落ち着かせたほうがいいかもしれない。

 そうすれば、共にクラーケンの大群を討伐できる。

 水の大精霊獣レヴィアタンは、女神の眷属なのだから。


(炎より目覚めよ、復活の奇跡、出でよ、紅蓮―――……)


 しかし、唱えきる前に水の竜巻が迫ってきた。


 ――ガンッ! バリィィィ────!


「あっ、やばっ――」


 レヴィアタンの【暴雷大嵐ディザスターストーム】で生み出された水の竜巻とぶつかり、防御魔法で展開した防壁が破壊された。

 その反動でガオレイ号が、再び大きく揺れた。


 ガオレイ号が大きく傾くことによって、乗客や船員たちは必死に手すりやローブなどで掴んでいた。

 もしも手を離せば、海へ真っ下に落ちてしまうほどの傾きになっている。

 船上に配置されているデッキの椅子やテーブルが、ガラガラと鈍い音を出しては海へ落ちていった。


「「「ヒィィィィ!」」」

「「「助けてぇ!!」」」


 だが、船尾にいたイツキまでも、傾きの勢いからの反動に、海の方へ飛ばされてしまった。


 やばい! 大渦に飲み込まれる!


 イツキが海へ飛ばされる瞬間に、ユアとリフェルが青ざめた。


「まずいです! 浮遊せよ、あらゆる万物よ、重力に――――、ああっ!」


 ユアは空に浮かぶ【神聖魔法:レビテト】で救おうとしたが、間に合わなかった。


 レヴィアタンの【暴雷大嵐ディザスターストーム】とクラーケンの大群による【突水大槍メガランス】が混じり合うエネルギーによって、巨大な渦巻きがさらに大きくなっていた。

 ゆえに、イツキは巨大な渦巻きにのまれてしまった。それでも、必死に脱出しようとしたが、海の流れが速く、身体を捻じるような痛みを感じた。


 がはっ! うっ、流れが速すぎて身動きが出来ないっ!


 瞬く間に、別の水の竜巻がガオレイ号に襲いかかった。ガオレイ号には、ユアとリフェルが残っている。

 2人だけでも生きてほしいと力を振り絞って、

【防御魔法:ガーディアンウォール】と【防御魔法:エレメンタルウォール】を全力で何度も展開した。

 ガオレイ号を守らせるように、光り輝く膜を何重も生み出し、船全体を包まれていく。


 MPも尽きたのか、意識を保つことが難しくなってきた。身体までも麻痺してるのか、上手く動けない。

 このまま巨大な渦巻きにのまれてしまうのか。


『イツキさん!!』

『イツキ――!!』


 ユアとリフェルの叫びに、俺はなんとか【念話】で返事しようとしたが、プツンと目の前が真っ暗になってしまった。

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