84話 問題発生

 フレイ帝国から出港して、2週間過ぎた頃。

 俺たちは宿泊室にて、窓から海の景色を眺めていた。だが、やけに船がいつもより揺れていることを気にしている。テーブルの上に置いてある紅茶が、ゆらゆらと揺れていてこぼれそうなほどだ。

 

 念のために【気配感知】を海全体まで大きく広げようとしたが、かなり遠いのか1つも察知しなかった。この定期船、ガオレイ号は波による揺れを感じさせないほどの技術がつまった船なのに、揺れているのはおかしい。


「警戒しておこう。荷物とか全ては準備してあるよね?」


 海難に遭うとまずいので、部屋に置かれた荷物類は全て【時空魔法:次元収納】へしまい込んだ。


「私は大丈夫です」

「あたしも大丈夫だよっ!」


 ユアとリフェルは準備万全のようだ。クーもコクコクと頭を縦に振っていた。


 ――そして、一刻過ぎたところ、だんだんと、船の揺れが大きくなっていた。紅茶カップが床に落ちるほどの揺れが生じていて、立っているのがやっとだ。

 身が震えるほどの強い波動が、波打つかのように響いてきた。


「気配感知を察知したけど、遠いところに争いが起きているみたい。しかも、かなりデカい魔力を感じる」


 ユアもリフェルも強張っていた。


「私も鳥肌が立つ程、感じます」

「うん、あたしも……」


 クーまでも感じているのか、全身がわずかに震えていた。

 

 そりゃあ、そうだよ。

 トーステ大迷宮で討伐したヒュドラと大悪魔アークデーモンより、はるかに上回るほどの魔力をビンビンと感じるのだから。


「いったん、外へ出ましょうか」


 ユアが、人差し指を立てて言った。俺たちは小さくうなずいた。


 船上には、数多の乗客が埋もれていた。混雑しているのか、ひどく混乱している。


「どうする! どうしたらいい!?」

「冒険者を! 早く集まってくれ! 船を守るんだっ!」

「おい! 船員は何やってるんだ!」

「おお、女神よ……」

「うぇぇ――ん!」


 混乱の極みに陥っているのか、あちこちから怒声や祈る声、子どもたちの泣き声がかなり聞こえた。


「あっ、あれじゃないですか?」


 ユアが指さした方向を眺めると、地平線の向こうに龍のような魔物が暴れているように見えた。

【気配感知】と【魔力感知】を最大限に発動し、調べてみると、1つのデカい気配だけでなく、周辺にも複数の気配を感じた。

 そんな魔物たちが確実に、ガオレイ号に向かっているようだ。

 船長室は気付いたのか、船が止まっている。ここから逃げようと準備しているみたいだ。


 これって、まずい展開なのでは?


 とりあえず、多くの魔物に向けて【鑑定】した。

 鑑定結果は、Sランクの水獣クラーケンだった。


 トーステ大迷宮で戦った死毒蛇王エキドリスクと同じくらいのステータスで、防御がかなり高い。

 こんな魔物が1……2、いや、数十匹以上いた。ヒュドラより劣るステータスだが、大群の前だとキツイかもしれない。というか、なぜ大群なんだ。普通は1匹じゃないか! もしかしたら、あの龍のせいで増えたのだろうか。


「ユアさん! 鑑定したら、クラーケンの大群だったよ」


「クラーケンですって!」


 ユアが、驚愕に染まった顔つきで声を張り上げた。


「ま、まずいです。クラーケンは肉食獣です。生けるものは全て食い尽くします。それがあんなに、多いなんて……」


 ユアが、冷や汗をかいて言った。リフェルも、うなずいた。


「それと防御も結構、堅いんだよね。あたしの剣聖術でも通用できるか……本気を出さないといけないかも」


 そんなことを話し合っているうちに、船が大きく揺れた。波がうねり大きくなっているせいだ。

 俺たちは、思わず、手すりを掴んでしまう。


「こっちにはまだ気付いていないみたいだ。あのデカい龍と争っているうちに、鑑定してみる」


 デカい龍に、向けて【鑑定】した。


 鑑定結果を見て驚愕した。

 あのデカい龍は、六大精霊王の一柱であり、SSランクの水の大精霊獣レヴィアタンだった。

 ステータスが数十万以上あり、とても敵わない。更に、トーステ大迷宮の古代文字のことを思い出した。


【大精霊獣レヴィアタン ここに君臨せし】


 確かに、そんな文字だった、


 俺のステータスより遥かに超えていて、SSランクだと分かるほどだ。ヒュドラに大悪魔アークデーモンなんて、まだちっぽけで可愛いと思えるほどだった。


 俺は腑に落ちた。

 イリス火山で戦った火の大精霊獣フェニックスは、まだまだ本気を出していないんだなと分かった。フェニックスにとっての【灼熱の熱風】は、敵を蹴散らすくらいの小技だということだろう。

 もしも、フェニックスが本気を出すとなると、国は紅蓮の炎で瞬く間に消滅する。また、住処である火山まで自ら壊してしまう。だからこそ、本気を出さないように気をつけていたのだろう。

 なんて運が良かったんだ、と俺は思ってしまった。


「ユアさん、リフェル、トーステ大迷宮の開かずの間に建っていた大きな門のことを覚えてる? 古代文字で記されていたやつ」


 ユアとリフェルは、思い出したかような顔でうなずいた。


「ええ、覚えてます」

「もちろん!」

「それが……向こうにいる龍が、大精霊獣レヴィアタンみたいだ」 


 そう告げると、ユアとリフェルが、目を大きく見開いて青ざめた。


「これって、大変まずいのでは?」

「どうりで……。すごい魔力がビシビシと、伝わってくるんだもん」


 クーはブルブルと怯えているが、踏ん張っていた。


 今は、レヴィアタンとクラーケンの大群が争っているせいか、ガオレイ号が繰り返すように大きく揺れている。


 リフェルは腰際に備えた剣を押さえて、真剣な眼差しで言った。


「あたし、止めるわ!」

「だめだ! 刺激を与えるだけになるよ」

 

 刺激を与えると、レヴィアタンとクラーケンの大群が気付いて、こっちまで寄ってきて巻き込まれる恐れがある。

 もしも、俺が本気で魔法を唱えても、レヴィアタンは通用しないかもしれない。そうなってくると、絶体絶命だ。


「逃げることを考えた方がいい! 向こうはまだ気づいていないみたいだし、巻き込まれる前に早く逃げないと!」


 船長がいるところに向かおうとユア、リフェル、クーに言った。


「「わかった!」」


 みんながうなずいて、ともに船長室に向かった。


 ◆ ◆ ◆


 船長は吠えていた。


 船乗りの凛々しい服装に、胸下にはフレイ帝国の紋章が刻まれている。

 そんな船長は手に持っている望遠鏡で、海の向こう先を見つめながら叫んでいた。大きな声を上げただけで、つばが出てしまうほどだ。


「なんなんだ! あの化け物はっ! 方位をマークせよ! 回避通路を早く拾えっ!」


 船長室は戸惑いとパニックの混ざった様子だった。

 その操縦士の1人が、声をあげた。


「揺れが大きすぎます! このままではっ! 転覆しますっ!」

「くそっ、どうやって逃げるんだっ! あんなデカい龍とクラーケンが争っているんだぞ!」


 バタバタと駆けつけてきた船員が、船長室に入り、報告した。


「乗客から聞きました。あの龍は、SSランクの大精霊獣レヴィアタンだそうです!」

「ばかな……」


 唖然とした船長は、望遠鏡をボロッと落としてしまった。

 船長は、世の中の終わりを迎えたというのような、深刻な表情を浮かべた。


「終わりだ……もう逃げられない。どこに行っても、この船は沈むだろう。世界最高と言われる船でさえ、助かるすべは無い……」


 船員たちは戸惑った。


「船長……」

「くそっ! 仕方ない、奴隷を使え! エサになるだろう。海に放り投げろ! あの化け物の気を紛らせているうちに逃げるんだ!」

「しかし、それだと商人や貴族たちが反発するかと!」

「ならば、そいつも奴隷と一緒に、生贄として海に落とせ!」


 船長はフレイ帝国の1人であり、奴隷をただの道具としか見ていない。

 誇り高き船長の気迫と冷酷さを感じた周りの船員は、戸惑いを隠せない。だが、逆らうと自分まで生贄にされるだろうと感じていた。

 それゆえに――、


「「「はい! 分かりました!」」」


 船員たちは、それしか言えなかった。

 そんな時、イツキ一行が駆けてきた。


 ◆ ◆ ◆


 俺たちに振り向いた船長が、興奮気味に声を荒げた。


「誰だ? お前らは! 何しに来たんだ!?」


 ユアの【共有念話】と、俺の【クリアボイス】のスキルを発動させて、自己紹介した。


「俺たちは静寂の青狼パーティです。手伝うことはありますか?」


 船長は、なぜか眉をひそめ舌打ちした。


「ちっ、無音の魔導士か……」


 不快に感じたが、今はそれどころではない。その場で黙って、うなずいた。


「だが、なんだ? あのデカい龍を倒すというのか?」


 船長が威圧な態度で問うた。俺は頭を横に振った。


「違います。逃げることを考えるのです」


 船長は、視線を逸らし舌打ちした。


「ちっ、臆病め」


 この船長、かなりイラッとするな。

 だが、このガオレイ号の責任者は船長だ。命綱を握っている船長に、俺たちが反発しても意味がない。


「あの龍はSSランクの大精霊獣レヴィアタン……。逃げることしか、残された道はありません。俺たちが防御魔法で防壁を張ります。その内に、船長たちが舵をとって早く逃げることに専念すれば、無事に免れます」


 確実に、自信もって答えないと、誰にも信じてもらえない。

 実はこれも叡智様の助言だ。そうすることで、脱出成功の確率が高くなると教えてくれた。ただ、100パーセントではないのが不安だが……。

 俺は叡智様を信じて、【クリアボイス】のスキルを使って強く発言したのだから。


 俺の思いが通じたのか、船長はニヤリと笑みを見せた。


「ほう、静寂の青狼がそう言うなら、やってみろ! 我々は舵を切ることに専念するぞ!」


 続いて、船長は士気を高めながら、船員に命令した。


「お前ら! 全力で逃げ切るぞ! 乗客を鎮静させろ! 乗客に協力と援助を要請せよ!」


 これからは逃げに集中するので、クーは俺の影の中にいた方が安全かもしれない。


『クー、しばらくは俺の影の中にいて欲しい』

『うん! ご主人様!』

 

 クーはうなずいて、俺の影に潜り込んでいった。

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