83話 船の生活

 フレイ帝国の港からアローン王国へ着くのに、3週間程かかるそうだ。

 その3週間は、船の中で暮らすことになる。

 定期船は豪華客船仕様なのか、乗客を飽きさせないように、カジノやら酒場やらある。

 船上にあるデッキで、俺たち静寂の青狼は、海が見える席に座って話を交わっていた。

 穏やかな海で、風が気持ちいい。海の匂いが頬にさすった。

 海の向こうに、水獣が泳いでいるのが見えた。


「向こうに、トカゲみたいな水獣が泳いでるね。この船が走っていることを気付いているみたいだけど、寄ってこないね」


 ユアがうなずく。


「ええ、あ、逃げていきましたよ」


 この定期船は聖水を流しながら進んでいるので、水獣や魔物は寄ってこない。

 水獣が船に襲ってきたかと思ったら、聖水が流れていることに感付いたのか嫌がっているみたい。定期船が走ると、ささっと離れていくのが分かる。



「クゥーン」


 補聴器を身につけているからなのか、クーの鳴き声が聞こえる。クーは目をうるうると、俺をジッと見つめた。


『ご主人様! 干し肉、ちょうだい!』


 ここでも、おねだりが始まったか。

【次元収納】から干し肉を取り出し、差し上げると、クーは尻尾をふりふりとした。


『ありがとっ!』


 嬉しそうに、干し肉をかじっているね。

 成長しているのか、クーの食事量も増えつつあるんだよね。

 太らないだろうかと脳裏をよぎったが、その時はその時で、食事制限とか運動してもらおう。


 船上にいる乗客は、アローン王国に深い関係のある貴族や商人、冒険者までもいる。ほとんどが、フレイ帝国出身だ。

 それ以外は、俺たちと同じく乗船許可証を持つ人たちばかりだろう。


 定期船としては珍しく船上パーティーが開催され、船員と乗客と交流する企画がある。

 俺は、そのパーティーに参加するのをためらったが、3週間と長き航路となる。


 まあ、経験になるし、参加した方が有意義ということもあるからね。

 だって、ずっと部屋で過ごすと頭がおかしくなりそうだし、たまには息抜きをした方が良いだろう。


「そうか。どんなパーティーなのか気になるし、参加してみるよ。ユアさん、共有念話をお願いします」


「いいですよ。イツキさんの役にたてられるのでしたら、いつでもどこでもついていきますよ」


「うん。ありがとう」


 ユアの【共有念話】を頼りに、船上パーティーに参加することにした。


 ◆ ◆ ◆ 


 絹製の上品なワイシャツを着たフォーマルな服装に着替えた。シーズニア大陸の神聖法皇国でのディーナ法皇との謁見以来、しばらく着ていなかったな。


 ユアは、花柄の淡いピンク色のドレスを着ていて、可愛らしさが一層増している。


 リフェルは、無地の青いドレスを着ており、ティアラも被らずにネックレスと腕輪のみ着けただけで、王女とは分からないような恰好だった。

 リフェルいわく、

「だって、王女だとバレると面倒だもん」

 と、頬を膨らませた。よくよく聞くと、リフェルの母君のテレーゼ王妃が、リフェルの身を案じて、万が一の為に王家と分からないような衣服を用意してくれたものだそうだ。



 船上パーティー会場では、たくさんの参加者で賑わっていた。

 派手で悪趣味な衣服姿の商人に勲章を身に着けた貴族、華麗なドレスを着飾る貴婦人、きれいめな衣装をまとっている冒険者たちが、ワインなどを手に持ちながら語り合いをしていた。


「あいつは……無音の魔導士じゃないか?」


 俺たちが会場に入ると、じろじろと視線を浴びるが、いつもののことなので気にしないでおいた。


 船長が舞台の上に立って、声を上げる。


「ようこそ、皆さま。フレイ帝国が誇る船、ガオレイ号の乗り心地はいかがでしょう? 最先端の技術で造り上げられた、世界最高の防衛力を誇る船です。

 そう! 皇帝フレイ様の太鼓判を賜った船! 我々は帝国のために更なる繁栄を! 帝国のために!」


「「「帝国のために!」」」


 船長の掛け声で、船員やフレイ帝国の商人が声を上げた。


 この国は、掛け声までも言わなければならないのか。

 ブラック企業みたい……。いや、ブラック国家と言ってもいいだろう。


 このガオレイ号という定期船は、神聖法皇国オブリージュからアローン王国へ向かう船よりずっと大きい。


 定期船とはいえ、巨大で豪華な上、スピードもパワーもしっかりある。

 例え、通常の定期船だとフレイ帝国からアローン王国までは遠く1カ月以上はかかる。しかし、ガオレイ号ならば、3週間で行けるのだ。 

 何より驚いたことは、波による揺れがかなり抑えられていたこと。すごく安定していて、揺れを感じさせないほどだった。

 フレイ帝国が莫大な資産を持ち、卓越した技術をもっていることがわかるだろう。


 なるほど……グロモア連合国の国々は、フレイ帝国がいないと経済的に成り立たないと考えられるな。

 フレイ帝国と関係ない国は、経済的にも技術的にも、色んな意味で立ち遅れてしまう。そして、国民は文明の進んだ国へ流れるだろう。

 たかが定期船でさえ、様々な事情が読み取れるものだなと思った。


 おや、船長の長い、なが――い話が終わったようだ。


「――――でありますので、我々はフレイ帝国の誇りをもって邁進してまいります。皆様方、どうぞよろしくお願い申し上げます」


 すごく長い話だった。

 

 周りを見渡すと、参加者はずっと赤ワインの入ったグラスを手に持ったままだったのか、腕が疲れているのか震えていた。

 そんな参加者たちは、長い! 早く終わりにしてよ! というような、視線を送っていた。

 だが、船長は自分の演説に酔っているあまりに、周りが見えていないのか、気付いていなかったみたいだ。


『あの船長、話、長くない?』


『ええ、かなり長かったですね。聞く私たちも疲れます』


 リフェルとユアまでも、呆れ果てて文句を言っていた。


 船長がワインを手に持って、乾杯する。


「では、今宵もごゆっくりとお楽しみください」


 締めくくると、

「やっと、始まったか!」

 と、待ちくたびれていた参加者たちが一斉に談話し始め、会場が騒がしくなる。


 魚介類をメインにした料理が次々と運ばれる。

 フィッシュのソテー、スープなどがあり、ビュッフェ形式のようだ。


 ここのパーティー会場に入る前に、従獣魔やペットの連れ込みは禁止ということでクーは影に隠れている。クーは、料理の匂いを嗅ぎつけたが、影から出られそうもなく、しょんぼりしている。


『ご主人様っ!』


『大丈夫だよ。影の中で食べるといいよ。皿盛りつけておくから』


 そう言うと、クーは嬉しそうな色を浮かべた。

 そんな成り行きで、盛り付けた料理を俺の影へこっそりと送っている。

 クーは俺の影の中で、幸せそうにガツガツと食べていた。


 俺たちは、赤ワインを味わいながら食事を楽しんでいくうちに、小太りな商人が歩み寄ってきて、ニコニコと微笑んで軽く一礼した。


「初めまして。あなたは無音の魔導士ですかな? わしはフレイ帝国の商人フロントと申します」


「初めまして。私は、無音の魔導士イツキと言います」


 商人フロントがさらに近くに寄り、俺の耳元に小さな声でささやいた。


「………で……くだ……?」


 だが、ユアの耳に届いていないので、【共有念話】できず、言ってることが分からなかった。


「すみませんが、私は耳が聞こえません。ちょっとお待ちください」


 そう伝え、ユアにも商人の話が聞こえるように近くに寄せる。

 商人フロントは眉をひそめ、再び、話を持ち出す。


「そ、そうですか。改めて、単刀直入に申し上げましょう。イツキ様に付き添っている少女2人を私に譲って頂けますか?」


 ああ、そういうことか。奴隷と見なして買おうとしているんだな。

 随分と、舐められているなと感じた。

 カチンとしたが、冷静に微笑みながら、やんわりと拒否する。


「フロントさん、2人は私の大切な仲間です。申し訳ないですが、断りいたします」


「何故ですかな? イツキ殿は、トーステ大迷宮の攻略を果たした英雄でしょう? その少女2人を私に譲って頂けるなら、戦力になる奴隷を紹介できますぞ?」


 ……何言ってるんだ? ユアとリフェルも英雄になってることを知らないのか?


「いや、結構です。私は2人を大切にしたいですから」


「……なかなかの頑固のようだ。いやはや、参りましたな。では、失礼いたしました」


 フロントという商人が、不満そうにこの場から離れていった。ユアの【共有念話】で、舌打ちする声が聞こえたが……。


 ほかにも俺の名義を借りたいとか、土地を買ってくれないかとか、会員制クラブやイベントに参加しないかとか、色々な勧誘を受けた。

 だが、俺たちにとって得することはなかった。商人の懐に入ることばかりの案でしかめた。信用できないし興味もない。

 そんなことは、全てきっぱりと断る。


 ――シャーン♪


 断っているうちに、数十人の音楽家が、バイオリンような楽器弦を弾き始める。

 美しい音色なのか貴族や商人たちは目をつむり、耳を澄ませていた。


 あぁ、やっとしつこい勧誘タイムが終わったわ。ありがとう、音楽家!


『ねぇ! あの商人たち、金の亡者っ! うんざりだよっ』


 リフェルが、プンプンとしていた。


『そうですね。それより……イツキさん、大切にしたいって、嬉しかったです』


 ユアが頬を赤くして微笑んだ。俺も照れながら、頭をぽりぽり掻く。


 こんな船上パーティーは、どれもこれも欲望まみれ。参加しないほうがよかったかなと後悔した。

 そんなイツキ一行は、不愉快なパーティー会場からささっと早く抜ける。


 豪華な定期船、ガオレイ号は大海原を駆けてアローン王国へ向かうのだが、思わぬ事態が発生するのだった。

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