82話 フレイヤの悩み

 イツキたちが定期船に乗り、アローン王国へ出発したころ――

 グリンブル亭のとある自室に、フレイヤはテーブルの上で温かい紅茶をゆっくりと味わいながら、窓から景色を眺めていた。

 目をつぶり、自らの過去を思い出す────



 若くして逞しく、誰も見惚れるほどの端麗な顔立ち。数多の女性をめとった皇帝フレイには双子の妹がいた。

 その名はフレイヤ。皇帝の唯一の同母妹でもあるフレイヤは城下町にあるグリンブル亭で、ひっそりと暮らしている。

 今の皇帝フレイは、帝国を治めている。


 フレイが皇帝になれた理由は、他ならぬフレイヤがよく知っている。


 フレイとフレイヤの父上である皇帝ゲイルは、奴隷を使い捨てするかのように多く雇っていた。行き過ぎた実力至上主義の政治ゆえに、完全なる人間を求めた。

 完全なるものこそが美しい、不完全な者には、不要という考えが多い時代だった。それが激しい競争を生み出し、差別や偏見の温床となる。不完全な者や弱者にとっては、辛い社会に成り果ててしまった。

 また、貴族や商人はやりたい放題で、労働者にあたる国民は苦しんでいた。


 このような長い年月が続くなかで、幼年期で心優しかったフレイは、父上である皇帝ゲイルに反発した。


「父上! ぼくのともだちを何で奴隷にするんだっ! 悪いことしていないのにっ!」


「フレイよ。お前の考えを改めよ。世界を支配するのだ! そのためには不完全な者は不要。初代皇帝エルド様のご意思をお忘れか?」


「父上っ! 聞こえないけどぼくにとって、大切なともだちなんだっ!」


 フレイの叫びに、皇帝ゲイルは聞く耳を持たずに去っていった。

 フレイは去っていく父親の後ろ姿を見つめて、歯をギリッと噛みしめた。


「父上も祖父も覇道の道を歩んでいたとは……こんな帝国はいやだ! ぼくが帝国を争いのない国にしたい!」


 幼くして聡明なフレイは、父上である皇帝ゲイルに反感を持つようになる。


 本来の決まりであれば、次期皇帝は、皇位継承第一皇子であるフレイとなる。

 しかし、皇帝ゲイルはフレイを気に食わなく、次期皇帝にしたくなかった。そのために、政治や帝王学など皇族としての学問を勉強させないようにしていた。


 他に、第二皇子フレン、第三皇子フレディ、第四皇女フレイヤがいる。

 皇帝ゲイルはフレイを除いて、他の3人に、皇族としての学問を勉強させた。ゆくゆくは、第二皇子フレンを次期皇帝にさせようとしていた。また、第四皇女フレイヤを、大層可愛がっていた。


 ある日、皇帝ゲイルは、第二皇子フレン、第三皇子フレディ、第四皇女フレイヤを呼び出し、それぞれに使命を与えた。


「最愛なるフレンよ、次期皇帝をお前に任せたい」


「はっ! 父上、僕にお任せ下さい!」


 目を輝かせる第二皇子フレンは、皇帝ゲイルの足元にひざまずいて敬礼を伝えた。


「なんとしてでも、フレイを陥れてくれ。フレイはどうやら、余を陥れようとしておる。帝国の元凶は大きくなる前に潰せ」


「はっ! フレイ兄さんについては、僕も父上と同じく考えが合わないようです」


 耳にした皇帝ゲイルは、父親とは思えない顔つきでニヤリと口元が緩んだ。


「頼んだぞ! ──それとフレディ、フレイヤよ。フレンを支えてやってくれ」


「はっ! ぼく、フレディも、フレイお兄様の考えが気に食わないのです。フレンお兄様を支えていきます!」


「父上、私、フレイヤはフレンお兄様を支えて参ります」


 第三皇子フレディと第四皇女フレイヤは、畏まるようにうなずいた。

 皇帝ゲイルは、安心したような笑みを浮かべた。


「ふふふ、これで帝国は安泰だ。愛する我が子たちよ。しっかりと頼むぞ」


 皇帝ゲイルと第二皇子フレン、第三皇子フレディは嗤いあった。第四皇女フレイヤは、そんな三人に合わせて微笑みを作ったのだった。


(このことをフレイお兄様に報告しなくては……)


 と、フレイヤは密かに、フレイに伝えようとした。


 フレイが青年期になったころ……。

 父上である皇帝ゲイルが予期もしなかった戦死により、次期皇帝はどうするか、皇族や元老、貴族の間で大議論が起きていた。


「どうするのだ! 次期皇帝を決めないと、帝国が終わってしまうぞ!」


「フレンを皇帝にしてはどうだ? 皇帝陛下が生前から強く意を示されていたのだぞ!」


「第一皇子フレイが良いではないか? 聡明なのは誰が見ても分かるだろう? 我々はフレイを推したい!」


「何を言っておる! フレイは何も役に立たぬではないか! 我々としては、第二皇子フレンが良いと考えておるのだぞ! 我々はフレンを支える役目ではないか?」


 皇帝ゲイルの考えに染まった皇族や貴族たちは、次期皇帝になるはずだった第一皇子フレイを陥れようと密謀を行っていた。

 そして、フレンが皇帝になり、フレン帝国となる。


 だが、フレイはチャンスが来たのだと考えていた。

 皇帝ゲイルがフレイを皇帝にさせないようにした策略、皇帝フレンの動向を、フレイは密かに把握する。


「ふむ、証拠は揃った。皇帝フレンの処刑は、今夜に決行する」


 他国からの支援を得て、皇帝フレンの居城へ一気攻めした。

 そして、父上に関与していた貴族を全て捕え、皇帝フレンと第三皇子フレディをも殺害した。

 そうして、わずか数か月でフレン帝国は崩壊することになった。

 皇帝ゲイルに最も可愛がられていた第四皇女フレイヤと、協力していたのだから。


「フレイお兄様、やっと挽回できましたわ」


「フレイヤ、助かったぞ! 今の政治のままでは、いつか崩壊する。ここで俺が皇帝になって、政治を変えなければならぬ!」


「はい。問題は民ですわね」


「それだな。我が民は、特に貴族たちは、父上の思想に染められている。かなり時間かかるだろうな」


「ええ、ですが、グロモア連合国は、父上が行われた覇道の道への逆恨みでしょうか。強く反発されております。これも、私たちがなんとかせねばならないのです」


 フレイとフレイヤは、今後の国政をどうするか、味方の貴族や側近と話し合っていた。


 年月をかけて準備し、やがて、フレイは晴れて皇帝となる。

 フレイヤは、フレイが皇帝になれば、グロモア連合国とは平和友好条約を結び、帝国は平穏になるだろうと信じていた。

 先帝の政事に心を痛めていたフレイヤは、全ての国民が安心できる豊かな国に生まれ変わってほしいという願いを、兄であるフレイに託していたのだ。


 しかし、フレイが皇帝になってから、今までとは違い、祖父も父上も同じように覇道の道を歩むことになってしまう。


「いけ! 世界を支配するのだ! まずはイシュタリア大陸を制覇せよ! 兵士を多く集め、育てよ!」


 兵の数が少ない状況であったが、皇帝フレイが兵を大量に増やし、育成させ、戦争をしようとした。

 フレイヤは、穏やかな顔から憎しみの顔に変わっていたフレイを見たときは、あまりにもショックで立てなかった。


「あれほど戦争に反対したフレイお兄様が、なぜ……」


 戸惑っていたフレイヤは、急変したフレイを止めようとした。


「フレイお兄様! 一体、どうしたのですか!? 平和的友好に向かうつもりだったのではっ!」


「フレイヤ……余は世界を支配し、君臨するのだ。お前には充分と世話になった。

 処刑されたくなければ、ここから出よ! 二度とここに来るな! 顔を見るではない!」


 皇帝フレイがフレイヤを力強く突き放し、兵士たちに縛られて連れていかれた。夜中に、王城から追い出されることになってしまった。


 広場でフレイヤが、縛られた縄を苦しみながら解こうとするところ。


「フレイヤ皇女様っ!」


 偶然なのか、顔見知りのグリンブル亭のオーナーが見つけてくれ、縛られているフレイヤの縄を解き、宿にかくまってくれた。

 住む場所を失ってしまったフレイヤは、イツキ一行が泊まらせてくれたグリンブル亭で働いていることに至るのだった。



 ────目を開けたフレイヤは、軽くため息を吐く。


「フレイお兄様……どうして……。私はいったいどうすればいいの」


 フレイヤの瞳から一滴の涙を流し、つぶやくのだった。

 そんな時、ドアからノックの音が聞こえた。


 ────コツンコツン


「っ!」


 フレイヤは慌てて涙を拭き、いつものの顔つきに整えた。


「はい。なんでしょうか?」


「フレイヤ、入ってもいいかい?」


「ええ、どうぞ」


 ドアが開くと、フレイヤを救ったグリンブル亭のオーナーこと女将さんだった。


「フレイヤ、焼きたてのお菓子だよ。食べるかい?」


 そういった女将さんはテーブルの上に、お菓子が乗ったトレーを置いて、椅子に座った。


「ありがとう。女将さんがいたおかげで私、無事に生きております」


「おや、また悩んでいたのね。フレイヤ……大丈夫よ。皇帝フレイ様は、何か理由があるはずよ。

 追い出された理由はもしかしたら、フレイヤを守ることだったかもしれませんね」


 女将さんがそう言ったことで、フレイヤはピクリと手に持っている紅茶カップを飲み止めた。


「どういうことでしょうか?」


「女将の勘よ。何だかわからないけどね」


 ふふっと微笑む女将さんに、フレイヤは小首を傾げたが、女将さんの声を聞いたことで心が楽になったようだ。

 フレイヤがふと思い出したかのように、つぶやいた。


「そうそう。今日、静寂の青狼のパーティは船出発するそうよ」


 女将さんがうなずいた。


「ええ、凄いメンツよね。無音の魔導士、大聖堂の神官、南星の剣聖、あとは可愛い仔犬ちゃんかしら」


「そうね。あの仔犬ちゃん。見たことないよね。珍しい仔犬だったわ。残念だけど彼らは私たちの国のこと、良くないイメージ持たれちゃったわ」


 フレイヤは、悲しげにうつむいた。女将さんは、フレイヤの肩に手を乗せて励ました。


「仕方ないわ。現状はそうだけれど、いつかは報われるわ」


「その日が来るといいんだけど……」


 フレイヤは窓から見える庭園に、顔を向けたのだった。


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