幕間 シーズニア大聖堂の神官三姉妹の日常

 シーズニア大聖堂の近くの庭園。

 可愛らしい花が多色豊かに広がっていて、そよ風に吹かれて気持ちよさそうに揺れている。庭園の真ん中には、白いテーブル、4脚の花柄模様の椅子が囲んで置かれていた。


 そこに神官三姉妹が庭園を眺めながら、温かい紅茶をたしなんでいた。


「はぁ、落ち着くわね。リン、この紅茶はなに?」


 胸まで流れる金髪に、眼鏡をかけているのか知的さを感じるマイが、紅茶をひと飲みした。

 あまりの美味しさにどんな紅茶なのか気になっていた。


「この紅茶はエンジェヌワラと呼ばれるお茶です。産地はですね。ガイア大陸にある標高が高い山脈から採れたものですね──! 

 そこに住む天翼族が育てています。蜜の花のような甘い香りを持ち、上品な味わいで人気なんです。仕入れるの大変でした」


 桜がぱっと咲いたような輝きを放っていて、妖精のように可愛らしいリンが胸をふんぞりと張っていた。

 マイは、そんなリンを見て微笑んだ。


「さすが、元喫茶店ね」

「はい。長年、働いていましたね──! まさか、神官になるとは思いもしませんでしたけど」

「ふふ、それはメシア様に言ってちょうだい」



 そこでメイがやんわりと割り込んで、2人に提案を持ちかけた。メイは、日本人に最も近い容姿をした、惚れ惚れする美少女だ。


「あ、そうそう。メシア様が、神聖法皇国に行って大教会に祈祷したら? 観光気分になるでしょうっておっしゃってたわ」


 メイからの話に、マイとリンは行きたい! と胸を高鳴らせた。


「分かったわ。護衛を手配しておきますね。メシア様のところへ行きましょうか」


「さんせーい!」と手を挙げるリン。


「楽しみね」と眼鏡をかけ直して、微笑むマイ。


 そんな、神官三姉妹の仲良しこよしな日常は変わらず──。


 ◆ ◆ ◆


 馬車に乗っている神官三姉妹は聖騎士2人を護衛として、オブリージュへ向かっているところだ。

 メイは緊張したかような顔つきで、マイに小さな声で言った。


「ねぇ、マイ。あの聖騎士2人は本当に大丈夫かしら?」

「信頼できる聖騎士じゃない? 多分ね……」


 神官三姉妹は男性と一緒にすることが少ない。ゆえに、緊張と警戒の混じった気持ちが顔に浮かべていた。


「ワシは……ガイゼルはリリーナ殿下の側近を務めております。以前に、リリーナ殿下の祈りの儀式で立ち向かいましたぞ」


 そんな神官三姉妹の気持ちを察した老年聖騎士ガイゼルは、安心させるように自己紹介した。

 リンが声を上げた。


「あっ、思い出した! イツキ様と一緒に護衛をした方ね!」


 そう、イツキはディーナ法皇の依頼により、リリーナ皇女の護衛として、シーズニア大聖堂へ赴くことがあったのだ。

 イツキはガイゼルとともに旅したことを、メイとマイが思い出したかのようにガイゼルを見つめた。


「1年振りですからな。忘れたのは仕方ないですぞ」


 苦笑いを浮かべるガイゼルに、メイが頭を下げた。


「ごめんなさい。私としたことが……」

「大丈夫ですぞ! リリーナ殿下とイツキ殿が目立っておりましたからでしょう」


 場が和やかになり、神官三姉妹と聖騎士2人との談話を楽しんでいった。


 やがて、神聖法皇国が見えてきたことで、ガイゼルが言った。


「そろそろ着きますよ」


 神官三姉妹は聖騎士2人のおかげで、やっと神聖法皇国にたどり着いた。


「やっと着いたわ」


 メイの一言で、マイとリンがほっと一息をつく。

 ここでさりげなく、老年聖騎士ガイゼルが神官三姉妹に、そっと思いやる。


「旅はお疲れでしょう。ワシも久々でしたわい」


 そんな時、神官三姉妹が来たことに、住民たちはざわめきだした。


「あっ、あの3人方は、神官三姉妹ではないか!」

「もしかしたら、大教会へ祈祷されるのでしょう! わたしたちも準備していきましょう!」

「おお、美しい。何でこんな時に、絵の道具を持ち合わせていないんだ……」


 そんな場面を見たガイゼルは、苦笑いした。


「神官様は相変わらず、お人気のようですな」

「いえいえ、ガイゼルさんのおかげです。護衛ありがとうございます。お手間ですが、お帰りもよろしくお願いします」


 メイが微笑みながらお礼をしたことで、ガイゼルは背筋を真っ直ぐに立って敬礼をした。


「はっ、このガイゼル、誠心誠意つとめてまいります。では、ご用事が済みましたらまたお呼びください」


 敬礼したガイゼルたちは、この場で離れていった。



 神官三姉妹はイツキとユアが良く泊まっていた【深紅のクォーツ亭】へ向かっている。


「疲れたぁ! マイ、久々の宿だよ──!」

「そうね。早くお風呂に入りたいわ」


 リンとマイは少女らしく笑っているが、メイだけしどろもどろになっていた。

 小首を傾けたリンが、マイに尋ねた。


「メイ? どうしたの?」

「あっ、リン。ごめんなさい。【深紅のクォーツ亭】はどこかしら?」


 リンとマイはお互いに見つめては、思い出した。メイは極度の方向音痴だったことを。

 

「これまではユアが案内してくれたもんね。私もどこだか忘れちゃった」


 リンがそう言ったことで、マイもうなずいた。


「私も……」


 どうやら、神官三姉妹は道迷ってしまったらしい。


「と、とりあえず……歩き回れば、見つかるじゃない?」


 そんなことを言い始めたメイは、やけに開き直っていた。


 マイとリンは困惑した。

 今は日没する前だ。空がオレンジ色になっていく今、真っ暗になると色々と危険だろう。

 マイは開き直っているメイに、釘を刺した。


「メイ、案内してくれる人を探した方がいいじゃない?」

「そ、そうね……」


 神官三姉妹とも、おろおろしている最中、1人の影が現れる。


「まずいわ。知らない人が寄ってくるんだけど?」


 メイが警戒しながら言った。マイとリンが気を引き締めてうなずく。


「すみません、あなた方々は神官三姉妹ですか?」


 1人の影がそう問いかけたことで、神官三姉妹はコクリとうなずいた。


「あ、ご安心ください。申し遅れました。私はシリウスです。冒険者ギルドマスターです」


 気楽に声をかけたその男は、威厳のある風貌に、ハリウッドでもよく見かけるYシャツにボタン3つ外して胸を見せたような恰好をしていた。

 よく見ると、シリウスだった。


 神官三姉妹は、ホッと胸をなで下ろす。

 道に迷ったことを伝え、シリウスが【深紅のクォーツ亭】へ案内してくれた。


「ここですよ。ここから真っ直ぐ行けばたどり着きます」

「「「ありがとうございます!」」」

 

 思わぬ助けに、神官三姉妹は安堵した表情を顔に浮かべていた。


「イツキ様は今や、どうなっているのでしょうね」


 メイがそうつぶやくと、シリウスが教えた。


「今のイツキ殿は、Aランク冒険者になったぞ。静寂の青狼と呼ばれるパーティで活躍中だそうですな」


「ふふっ、イツキ様らしいですね。恐らく、クーが癒しの存在でしょう」


「ああ、あの仔犬か。確かにそうだな。今は結構、大きくなったみたいだぞ」


 ここでリンが問うた。


「シリウスさん、静寂の青狼なんですが、いったい誰と組んでいるの?」


「ああ、これまではイツキ殿とユア様、仔犬で2人1匹だったが、新しい仲間が加わったそうだ。アローン王国第二王女のリフェル王女らしい。しかも、彼女は南星の剣聖だな。グランドマスターからの伝達魔法で、聞いたときは驚いたがな……」


「「「ええっ!」」」


 神官三姉妹は目を丸くしてしまった。そんな時、メイだけは、なぜか、うつむいている。

 私も最初からユアと一緒に行けばよかったかしら……と深く、ため息をもらすメイだった。

 メイはイツキのことを気にしていた。イツキの誠実さに、惹かれていたのだから。



 早速、宿屋に入ると、オーナーのキャサリンが驚きの顔を見せた。


「いらっしゃい……あら、珍しいわね。まさか、神官三姉妹の方々がここにいらっしゃるなんて」


 メイは頭を下げて言った。


「キャサリンさん、お久しぶりです。ここにイツキ様とユアが泊まっていたと聞いたので、私たちも泊まりたいなと思ってまして……」


「あら、嬉しいわ。イツキさんって人気者ですわね。ユアさんと二人きりで泊まってましたし」


 キャサリンが爆弾発言を投げたことで、神官三姉妹はまたもや、目を丸くした。

 どうやら、守秘義務はないようだ。


「え、ええ! イツキ様が……」


 と、メイは小さくうつむいた。


「ユアって見かけによらず、大胆なのね」


 と、感心したような微笑みを浮かべたマイ。


「えええ~~! イツキ様とユアと二人部屋だって!」


 リンは思わず、声を大きくあげた。

 

 驚くことばかりで、心のケージが消費されまくりの神官三姉妹。

 三人部屋で、なんとか心のケージを回復するのだった。


 ◆ ◆ ◆ 


 大教会の法皇の間。

 ディーナ法皇とリリーナ皇女がそれぞれのソファに座っていて、対面に神官三姉妹も座っていた。

 

 流れる金髪に、透き通った海のように綺麗な瞳、女神に最も近い美しさをそなわっているディーナ法皇が、歓迎の意を込めた。


「メイさん、マイさん、リンさん、ごきげんよう。遠くからはるばるとご苦労だったでしょう。わたくしはうれしく思います」

 

「ディーナ法皇陛下、祈祷の間で祈りを捧げさせて頂きますので、よろしくお願いいたします」


 メイは微笑みながら、頭を下げた。


 神官三姉妹の日常は変わらず──。

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