78話 グロモア音楽祭

 剣聖フリードとの決闘が終わり、俺たちは2日間、グロモア王国を観光したり、買い物したりしては過ごした。


 演奏会当日。

 太陽が沈み始めた頃、演奏会の時間が迫ってくる。

 俺たちは、ラグナがいるギルド本部へ向かった。


 ラグナから仕事終わったよ――! と、仕事やりきった顔つきで手を挙げてきた。


 案内されたのは、グロモア王国で最も大きいコンサートホールだ。

 舞台の高いところには女神の像が立っていて、左右には音楽界に最も貢献した偉大な音楽家の石像が並んでいる。

 演奏家が立つ舞台の後ろ側には、壁一面ごと埋め尽くされた巨大なパイプオルガンが荘厳な雰囲気を作り出していた。


 周りを見渡すと、きらびやかなドレスをまとう貴族令嬢、騎士に護衛された王族、商人や貴族たち、正装をまとった紳士や婦人たち、修道女までもいた。


 ただ、俺たちは王族たちが座るような個室になっていた。つまり、VIP扱いだ。

 舞台が良く見えるところに、装飾に凝ったテーブルがある。そこに、グランドマスターのラグナと一緒に座った。

 ラグナは子どものように背が小さいので、背の高い椅子に座っていた。



 オープニングの曲が流れた。

 同時に、前菜料理がテーブルの上へ運ばれていく。


 俺は補聴器のボリュームを上げて、必死に聞いている。

 何の曲なのかな……良く分からないけど、これから始まりますよという感じだろうか。


 そんな時、ラグナが俺に問うた。


「イツキくんって、耳が聞こえないみたいだけど、スキルで補っているんだね?」


「は、はい。ユアさんの共有念話のスキルを使っています。ユアさんが聞こえる限り、俺に届きます」


 そういい、俺は【共有念話】の仕組みを軽く説明した。

 ラグナは感服したかような笑みを浮かべた。


「素晴らしい! これは賜物だね!」


 続いて、ラグナは何か思い出したかように、スーツのジャケットの胸ポケットから何やらカード取り出す。

 黒い色をしていて、中心にGという文字だけ金色に輝いている洒落たカードだった。


「これをイツキくんにあげるよ。これは連絡用のカードだよ。何かあったら連絡できるようになってるんだ」


 ラグナからのプレゼントに、俺は小首を傾げた。


「あ、ありがとうございます。これは……どうやって連絡するのですか?」


「このカードは魔法念話に近い一種のもので、念話を使えば僕に届くよ。これは世界中のギルドマスターたちとやりとりするカードだよ。大事にしてね! これは特別だから!」


 おお、これは便利なものだね。何かあったら、ラグナに連絡すればいいかも知れない。

 そして、ラグナが険しい顔になっていった。


「おととい、騎士団から連絡が来たんだけど、イツキくんは、剣聖フリードと決闘をしたのかい?」


「あ、はい。剣聖フリードさんに力試しされたんです」


 そう伝えると、ラグナは深く溜め息をついた。


「やれやれ、彼は戦闘狂だね。戦うことに喜びを感じる人だなぁ」


 ◆ ◆ ◆


 いよいよ、グロモア演奏祭の幕開けだ。


 ソロ演奏だったり、ペア演奏だったり、団体で演奏したり、順番ずつ演奏していた。

 舞台の手前には審査員が数人並んでいて判定しているようだ。時間は砂時計で、はかるみたいだ。

 砂がなくなるまでの限られた時間で、今まで磨いてきたことを必死に披露する音楽家たち。

 バイオリンのような楽器、オルガンやピアノのような形をした大きな楽器を弾いたりしている。


 ユアとリフェル、クー、ラグナは、耳を澄ませながら食事していた。

 俺は身につけている補聴器のボリュームを上げて聞くと、重低音が入った曲なら、おおっと思わせるほど聞こえた。身体に響くほどのメロディ、どれもレベルの高い競争だった。

 だが、俺以外はそうでもないようだ。


「ここのイントロにズレがありますね。いい曲なのに、失敗してしまったみたいです」


 惜しいっと、つぶやくユア。リフェルまでも、コクリとうなずいた。


「そうだね! もったいないなぁ。緊張したあまりに失敗したんだろうね」


 次の演奏者がバイオリンのような楽器を弾いて、一曲が流れた。耳を澄ませたリフェルが目を輝かせる。


「おおっ、これはすごい! まるで、海のせせらぎが聞こえるよ。ハーモニーが絶妙にマッチしていて、清々しい空間が広がっているよ!

 この人、絶対、王宮音楽家に選ばれるよ!」


 リフェルは演奏の評価を告げたことで、ラグナがうなずいた。


「うん。僕もそう思う。この演奏会は王宮音楽家を目指す人たちばかりだからね!」


 そして、次の演奏者がピアノのような大きな楽器を弾いて、演奏し始めた。

 耳をすませた、ユアとリフェルとラグナが批評を出した。


「ああ……これは選曲の失敗かもしれませんね」


「うーん、曲はあまりいいものじゃないね。腕はあるみたいだけど、そこじゃないんだよね」


「そうだね。貴族や王族が求める曲とは違うね……」


『ボクはさっきの好きだな──』と、自分の好みで【念話】を飛ばすクー。


 演奏の講評を話し合っている俺以外は、すごくハキハキしていた。


 そうなのか……俺にとっては、どれも同じように聞こえるし、素晴らしいと思うけど、みんなは違うのか。


 俺はユアの【共有念話】で耳にしているが、殆ど文字で浮かぶ。トーンやメロディは、補聴器を頼りに聞いている。だが、細かい部分までは、補聴器の性能からなのか、あまり聞き取れない。


 みんなはうっとりするような表情をしたり、目を閉じては幸せそうな顔になってたりしていた。時たまに、首を傾げたり、それ違うよとつっこんだりしていた。


 その代わり、俺はテンション下降気味だ……。うん、食事の味わいだけを楽しんでおこう。


 ラグナがふと思い出したように、俺に問いかけた。


「あっ、イツキくん、ここからフレイ帝国に行くんだよね?」


「あ、はい。その予定です。フレイ帝国からアローン王国へ向かう定期船があると聞きました。ここからアローン王国へ向かうより、そっちの方が早いかなと思ってて」


「確かに、その通りだね。結構、遠いもんね! じゃあ、これを渡すよ!」


 ラグナがスーツの懐から、丸まった羊皮紙を俺に差し出した。


「これが、フレイ帝国へ入国するための許可証だよ。これがないと入国できないからね」


「ありがとうございます。そういえば、フリードさんからフレイ帝国はやめた方が良いって言われたんです。その理由を知りたくて……」


 そう口にすると、ラグナは困惑した顔つきになっていく。


「う……うん。そうだね。僕としては行かない方が良いかなと思うんだ」


 ラグナの答えに、俺は首を傾げた。


「それはね……グロモア連合国って知ってるよね? グロモア王国とトーステ王国、色んな国が集まって、フレイ帝国からの奇襲や侵攻を防衛しているんだ。

 つまり僕が言いたいことは、フレイ帝国とグロモア連合国は戦争真っ最中ってわけ。今は冷戦状態だから、お互い睨み合いだよ」


 続いて、ラグナは一息を軽く吐いた。


「でも、それは国同士の問題。僕たち、冒険者ギルドは保障してくれるよ。実は帝国からもハンコもらっているからね」


 フレイ帝国は支配領域を広めることが目的らしく、グロモア連合国は反発している。

 ただし、冒険者ギルドや商人ギルドなどは、フレイ帝国にとっても、グロモア連合国にとっても、重要な取引先として保障されているようだ。


「最初はフレイ帝国だけで進んでいたけど、戦争は150年も続いているんだよ。それで、経済的な理由で僕たちに約束してきたわけ」


「なるほど……おかしくないですか? 全て断ればいいのでは? そうすればフレイ帝国は自滅するはずです」


 そう意見を言うと、ラグナはうつむく。


「フレイ帝国は色んな国と取引しているんだよ。グロモア連合国の中にもいる。例えば、人質かな。

 国王の娘とか重要な人物は、皇帝フレイの側室になったり、色んな分野で働いているんだ。それだけでなく、資産もフレイ帝国が一番莫大なんだよ」


 ラグナの説明に、リフェルがうなずいて言った。


「あ──、あたしも聞いたことがある。各国のパーティで、そんな話があったよ。でも、それは自国が生き延びるためにそうしてると聞いたよ」


 フレイ帝国は、奴隷も多く、魔法や技術もかなり進んでいるようだ。他国にとってのフレイ帝国は、貴重な取引先となっている。

 反発している国々は、支配領域には入りたくない。だが、経済的な理由で自国に儲けが入るように取引をしているという感じだろうか。


「仕方ないよ。グロモア連合国は貧相な国が多いんだ。フレイ帝国がいないと経済的に成り立たないんだ。でも、支配されたくないというわけ。ある意味、わがままだよね」


 権力にしがみつく貴族、王族も多くいるため、王権を手放すとフレイ帝国のものになる。それが嫌なようで結局、武力で解決しようとお互いに合意したらしい。


「おかしい理由ですね。まるで、わがままの争いじゃないですか」


「そうなんだよ。僕は板挟み状態で、神経を使うんだ。巻き込まれている僕たちだけじゃなく、国民のことも考えてほしいんだよね」


 そう文句付けたラグナは、人差し指を立てて1つ警告する。


「ただし、国の問題には介入しないで欲しい。冒険者ギルドとしてでもあり、グランドマスターとしての命令だよ!」


「なるほど。つまり……もし、俺たちがフレイ帝国を崩壊させたら、他の国々が冒険者ギルドを潰そうとするわけですか」


「その通りだよ! 物分かりがいいね!」


 面倒くさいな。国同士の争いなんて、複雑すぎて根が深いよ。


 ラグナはそんな重い雰囲気を飛ばすかように喜色満面な笑みを浮かべて、みんなに声をかけた。


「まぁ、食事楽しんでいこうよっ!」


 そんなイツキ一行はラグナと、ディナーのひと時を楽しむのだった。

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