75話 グランドマスター

 グロモア王国にある冒険者ギルド本部の建物へ入るイツキ一行。

 大きな窓から太陽の光が射し込んでいて、ロビーが明るい。今までのギルドと違って雰囲気が明るく、清潔感が漂っていた。

 その奥に、受付の女性2人と男性2人が座っていた。


 俺たちは受付に向かい、【クリアボイス】のスキルで伝える。


「すみません、グランドマスターと会いたいのですが。

 ――これが、トーステ王国のギルドマスターの紹介状です」


 ヴォルグから頂いた紹介状を受付さんに見せる。


「かしこまりました。トーステ王国のギルドマスターのヴォルグ様からご連絡お伺いしております。秘書をお呼びいたしますので、あちらのロビーでお掛けになってお待ちくださいませ」


 さすが、仕事が早い。


 俺たちはロビーのソファで待って数分経つころ、秘書が来た。

 赤紫色の眼鏡をかけていて、キリっとしている。まさにデキる秘書だと感じさせる女性だ。


「お待たせいたしました。初めまして。私はグランドマスター様の秘書リリと申します。静寂の青狼様、執務室へご案内いたします」


 案内されたところは、四方に壁が張っていて何もない。ただ、床には魔法陣らしきものが描かれているだけだった。


「こちらが最上階行きの魔法陣でございます。皆さま、ご一緒にお入り下さいませ」


 どうやら、この魔法陣は転移魔法陣のようだ。まるでエレベーターの役割をしているみたいだ。

 秘書リリについていくと、魔法陣が輝き始め、一瞬で最上階へ転移した。

 目の前にはグランドマスターの執務室のドア前だ。


「静寂の青狼様、この先にグランドマスター様がお待ちです。どうぞ、お入りくださいませ」


 秘書リリがそう言い、ドアを開けた。

 俺はドキドキとしながら、執務室へ入ろうとしたとたん、書斎の上に座っている背の小さな男の子が手を挙げる。


「やぁ! 初めまして!」


 あ、緊張の糸が切れた。思わず目を擦ってしまう。


「ん? 僕がグランドマスターだよ」


 気軽に挨拶してきたグランドマスターを見ると、子ども……? だと思わせる外見だった。


「みんなっ! やめてよ! 僕を子ども扱いするような目で見ないで!」


 いや、どう見ても子どもだけど……。

 12歳ぐらいに見えて、神聖法皇国オブリージュにいるリリーナ皇女より身長が小さく、金髪のショートボブに目が可愛らしい少年だった。

 それなのに、トップに相応しい豪華なスーツに勲章らしきバッジが多くついていた。


 本当にグランドマスター? と首を傾げた。

 あ、そういうことか。


「すみませんが、グランドマスター様のお子さんでしょうか?」


 そう口にしたら、グランドマスター? の少年はなぜか膨れ顔になった。


「ちがーう! 僕だよ! 僕がちゃんとしたグランドマスターなんだよ!」


 本当にそうなのか? 俺だけでなく、ユアとリフェルまでも疑いの目で見つめた。


「なんでだよ──! みんなっ、信じてくれよ──!」


 とぼやき、足をぶらぶらと振って、いじけてしまった。本当に子どもみたいだ。


「グランドマスター様、いじけないでください。仕事中ですよ。いい加減にわきまえてください」


 秘書リリがピシャリと冷たい一言で、グランドマスターが書斎の上から飛び降りては、しゃんとした。


「は、はいっ! グランドマスターですっ! 見た目は子どもですが、これでも僕は85歳なんです」


 種族としては人間族だけど、子どものころに光の精霊の契約によって身に宿し、寿命が延びたそうだ。そのせいで成長も当時のまま、止まってしまったらしい。


「ええっ! 85歳って……すみません。失礼しました」


「だよね――? 子ども姿だから僕も悪いかもしれないけど、信じてほしかったな――。

 僕、グランドマスターだよ?」


 憎まれたそうな笑みを浮かべるグランドマスターに、秘書リリが眼鏡をクイっとしながら、さらにピシャリする。


「グランドマスター様、自己紹介が出来てませんよ? お名前を言ってはどうですか?」


「おお、怖い怖い。だから、彼氏できないんじゃない?」


「グランドマスター様、ご立派な失言ですよ。私の心に傷が出来てしまいましたので、後で賠償を請求させていただきます」


「あはははっ」


 ギロリと睨む秘書リリに、グランドマスターはあっけらかんと笑うのだった。



 ユア、リフェル、俺はただ、唖然としながら眺めるしかなかった。


『これは……なんて言いましょうか』


『今までのギルドマスターは渋くて、威厳があったよね。ギルドの頂点の人が何で、可愛げのある少年なの?』


『そうだね。というより、85歳の子どもっていう方が俺にとっては驚きだよ』


 3人にて、【共有念話】でひそひそとしていた。クーは、あごをぼりぼりと足で掻いていた。

 だが、グランドマスターは感づいているのか、俺たちを見て文句言った。


「あのさ――申し訳ないけど、念話でひそひそやめてくんない? ひどいよ――。3人としては」


 耳にした俺たちは、何でばれたのって、目を丸くしてしまう。


「それは当然でしょう。グランドマスター様、あなたが悪いのです。おふざけすぎです」


 秘書リリさんが、俺たちを守ってくれたみたい。


「ええっ! この展開は僕が悪いのっ?」


「当たり前です。改めて自己紹介してください!」


 諦めたのか、姿勢を再び、正しくするグランドマスター。


「僕はグロモア王国の冒険者ギルドを主に、世界中のギルドをまとめているグランドマスターです。ラグナというよ」


 話を伺ったところ、ラグナという少年は、正真正銘のグランドマスターであり、世界あちこちに散らばる冒険者ギルドを統括している。

 こう見えて偉い少年がAランク冒険者パーティである【静寂の青狼】について、称賛してくれた。


「静寂の青狼の活躍はぜーんぶ耳にしてるよ――。すごい活躍じゃないか!」


 そう褒めたたえ、続いて、やる気を落とすようなことを口にした。


「でも、Sランクに昇格は難しいな――。異例の早さだもん。これじゃ、他の冒険者から反感くうよ? もう少し、実績を積んで頑張ってね」


 静寂の青狼は、神聖法皇国の依頼にアローン王国暗殺計画、トーステ大迷宮の攻略ぐらいだから、これからも大きな依頼を沢山こなしてほしいそうだ。


 それはそうか。Aランク冒険者でいいか。慌てることないし、ゆっくり行けばいいだろう。


「そうですね。確かに早いですね」


 そういい、乾いた笑いをした。


「大丈夫ですよ。イツキさん、Aランクでも十分凄い事ですから」


「そだねー! あたしもAランクへ目指すよー」


 ユアとリフェルがそう言ったことで、ラグナは驚いた顔を見せる。


「ええっ! 落ち込んでいないっ! なんでだよ――。落ち込む姿、見たかったのに!」


 と意地悪な笑みを浮かべた。


「グランドマスター様! おふざけすぎますよ!」


「ちぇっ、あ、リフェルさんは、今はCランクだったね? 七星王の南星だから、特別にイツキくんと同じAランクへ昇格してあげるよ。Sランクは三人と一緒に昇格してくれれば面白いねっ!」


「おっ、気の利くグラマスじゃないか。Aランクへ頼むぞ!」


「いえいえ~、リリさん、書類を持ってくんない?」


「……畏まりました」


 この場から離れていく秘書リリさん。

 ちょっと、呆れ顔していたようだけど……。


「さて、静寂の青狼パーティはこれからどうするの?」


 ラグナからの問いに、俺は世界中に旅をすることを告げる。


「はい。ガイア大陸にいるシニフィール族のところに行ってみたいと思っています」


「シニフィール族! ガイア大陸の南部あたりにいる種族だね!」


「ガイア大陸の南部ですか?」


「そう、ガイア大陸はイシュタリア大陸より、すごく大きいよ。結構、長旅になるけど大丈夫なの?」


「旅は大変ですけど、すごく刺激的で楽しいです。ユアさんとリフェル、クーがいるので心強いですよ」


 そう答えると、後ろから照れ笑いしているような気がするけど、気のせいだろう。


「イツキくんって、モテモテだねぇ。うらやましいよ。僕も一緒に旅したかったな――。でも、僕はグランドマスターの仕事があるから無理なんだよね――」


 そう言ったラグナは、残念そうな顔つきになった。続いて、この出会いを大事にしたいのか、目を輝かせる。


「2日後に演奏会があるんだ。今夜、一緒にディナーしない?」


 グロモア音楽祭の中で、最も激戦と言われるグロモア演奏会がある。

 王族や貴族が、気に入った演奏者を招へいするそうだ。招へいされた音楽家は、晴れて王宮音楽家入りとなる。

 音楽家にとっては、音楽人生をかけたメインイベントだろう。


 これは気持ちが引き締まるな。


 グランドマスターからの誘いに、俺たちはイエスと答えた。

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