第5章 グロモア王国

74話 グロモア王国

 太陽に反射してきらめくさざ波、穏やかな海。暑くもなく、寒くもない清々しい風。

 トーステ王国を後にし、グロモア王国へ出発した俺たちは、海沿いの道路を馬車で走っているところだ。


 道路といっても、踏み慣らされた硬い土の上だけどね。


 トーステ大迷宮で、採取したエレキスライムの素材、

 ドワーフ王国のイリス火山で、採掘したプロメダルギウス鉱石、

 旅の途中で、討伐した魔物からとった魔石、

 この3つの素材を、やっと揃えた今は、馬車の中で叡智様の助言を聞きながら電池作りの作業を進めている。


《ねぇ、イツキ。これは何なの?》


 リフェルがシニフィ語で身振り手振りしながら、俺に話しかけた。だが、今の俺は電池作りの作業で、手が一杯なので【クリアボイス】を使って答えた。


「これは耳につけている魔導具の魔導装置を作っているんだ」


「魔導装置?」


 はてなマークが頭の上に浮かぶリフェルに、俺は魔導装置こと電池を見せた。


「これが、電池と呼ばれる魔導装置だよ」


「ええっ、こんなに小さいのが魔導装置なの?」


 豆のように小さな電池を見つめるリフェルは、目を丸くした。それから、リフェルは興味津々で、ずっと俺の電池作り作業を見入っている。


「へぇ! 電池って、こんな風になってるんだ?」


「小さいから、余計に難しいけどね」


「イツキは本当に面白いの、作るよね。やっぱり、一緒に旅してよかった!」


 リフェルは、喜色満面な笑みを浮かべた。

 アローン王国に戻ったら、神聖法皇国にいる魔導研究家セレーヌに報告しようと俺はそう思いながら、いそいそと電池づくりに専念するのだった。



 この先、グロモア王国はどんな国なのか、ユアとリフェルに尋ねた。


「グロモア王国は音楽が盛んな国ですよ。音楽の国と呼ばれています。王様が戦時中でも国民の不安な気持ちを取り除くのは、音楽だ! と謳っているそうです」


「へぇ、音楽か。たしかに音楽は人の心を揺さぶったり、元気になると言われているよね。癒し効果もありますし」


 そう言うと、リフェルは可愛らしく、頭をうんうんと頷いた。


「そうそう、グロモア王国は音楽の国だけど、激戦なんだよ。王族とか貴族に気に入られた音楽家は祝福な生活を送ってるよ。でもね、見向きもされない音楽家はとても辛いみたい……」


 イシュタリア大陸三大国家の1つ、グロモア王国は音楽が盛んな国がゆえに、野心のある音楽家や芸術家が種族を超えて集っている。彼ら彼女らは、華の王宮音楽家になることを目指しているそうだ。

 ちょうど、最大の祭典であるグロモア音楽祭が近づいているらしく、いつもより人数が多いかもしれない。


「クァァ──……」


 クーはあくびしていた。馬車から風景を眺めながら、うつらうつらとしている。

 トーステ大迷宮で攻略を果たしたクーはレベルが上がっていたのか、また大きくなっていた。青と白と合わせ混ざった体毛で、より神秘的な美しい体毛になり、可愛い仔犬からカッコいい狼に成長しつつある。

 コクリコクリと、今にも目が閉じてしまいそうなクーに【念話】を飛ばした。


『クー、眠いのかい?』


『うんっ、日向ぽっこしてると眠たくなるよ──』


『おいで、クー。俺のところで寝るかい?』


『やったっ!』


 クーは嬉しそうに尻尾をフリフリとしながら、俺のそばに寄っては寝そべった。

 今のクーは成犬と同じような体型。ざっと高さ50センチぐらいだろうか。

 うん、重くなったなぁ。


 可愛いクーを撫でながら、グロモア王国へのんびり向かうのだった。


 ◆ ◆ ◆


 2週間でやっと、グロモア王国へたどり着く。


「ようこそ~! ここは音楽の国、グロモア王国~~! 良い音楽の出会いを期待しているよ~」


 門番の兵士までも胸に手を当てて、コーラスのように歌いながら挨拶してきた。


 挨拶までも歌うのか……。


「ふふっ、相変わらず賑やかです」


「面白いよね! 音楽がまさに生活の一部っ! 今は、グロモア音楽祭真っ最中みたいだよ!」


 ユアとリフェルは街から流れてくる音楽を耳に澄ましているのか、テンションが高ぶっていた。

 だが、俺は音楽を耳に入ったとしても、聞こえるのはあくまで“”であり、何の楽器なのかも、何を歌っているのか分からない。まるで、色んな音楽が交じり合っているような雑音にしか聞こえない。

 補聴器は身につければ聞こえるようになるが、細かい音までは聞き取れないのだ。

 例えば、【良い音楽の出会いを期待しているよ~】としよう。俺の耳に入るときは【□い〇楽の■会いを□●□てい〇◆~】になる。

 うん、テンション低いままだ。いや、下降気味と言ってはいいだろう。

 ユアの【共有念話】があるといっても、音楽のトーン、リズム、メロディまでは伝わらない。


 やばい、テンション下降気味だ……。まぁ、耳が聞こえないというのは、俺の場合はこういうもんだ。



 グロモア王国は、大都会だと思える街並みだった。

 高層の建物がいくつもの多く建ち並ぶ。平らな石積で敷いた大通り、数々の宝石やお洒落な衣服、武器屋や防具屋、美味しそうなレストランまでも並んでいた。王族が居住する城は丘になっているのか、より高くなっている。坂が多く、移動するのが大変だと思わせるほどだった。

 店の外壁には、ショーウインドーのような大きなガラスが覆われていた。ガラスの向こうには、衣服や剣や槍などの武器を展示されている。

 通行している人々の視線がちらほらと、ショーウインドーを眺めていた。


 街中歩くと、バイオリンを弾く演奏家、歌い手が、集まっている民衆に向かって、うっとりするような曲の披露をしていた。

 大道芸人や曲芸師が、手に持っている剣先が鋭そうな剣を何本かクルクルと投げたり、キャッチしたりしては操り人形のような動きを見せたような芸当で観客を笑わせたり、驚かせたりしていた。


 そんな光景を眺めた俺は【クリアボイス】スキルを使って、ユアに声をかけた。


「すごい賑わいだね。戦争真っ最中なのに、それも感じられないほどだよ」


「ええ、音楽のお陰でしょうね」


 グロモア王国の国策が成功したということだろう。戦争が長く続くと、確かに経済的に厳しくなる。国民までも不安と恐怖を混ざった感情で平穏とは言い難い。

 音楽の力って、すごいな。


「ヴォルグさんが事前に連絡してくれたようで、今から、グランドマスターと会えるそうです」


「ありがとう! じゃあ、ギルドへ行こうか」


 俺たちは、ギルド本部へ向かった。



 冒険者ギルド本部は、1階の四方に大きな窓が貼りつけられていて、中が良く見える。四角い形をした塔のような建物で、見上げるほど大きい。


「本部だからなのか、今までのギルドより大きいね」


「ええ、そこにグランドマスターがいるところですね」


「グラマスって、ギルマスよりイカついた人かもねっ!」


『おいしいものくれるかな?』


 クー、最近食べ物ばかりになってない?


 そんなイツキ一行は、冒険者ギルド本部に立ち寄ったのだった。

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