73話 帰還

 日が沈み薄暗くなり、星が瞬きはじめていた。

 俺たちは無事に、トーステ王国冒険者ギルドへ生還した。


 王国の中心と言われる広場にて、丸太や薪で積み立てらている薪組が、バチバチと燃え上がっている。

 その周りを囲んで立ち並んでいる冒険者や兵士たちは、大迷宮の予期せぬ事態により、亡くなってしまった仲間たちに黙祷していた。

 ヴォルグやゼンたちは、ひどく落ち込んでいた。カイとは仲が良く、信頼も深かったからだ。

 だが、それはカイが大悪魔アークデーモンだったことは最深部へ到達したチームのみの秘密とし、カイはヒュドラによって死んでしまったという形にしている。


 トーステ大迷宮に出現した死毒蛇王エキドリスクやヒュドラ、大悪魔アークデーモンを討伐したことによって、最深部まで到達した9人1匹のチームが一躍、知れ渡ることになる。


 トーステ王国兵士団の兵士長ザガン。

 冒険者ギルドマスターのヴォルグ。

 トーステ王国筆頭であるSランク冒険者ゼン。

 エルフ族の精霊使いのフェルミル。

 元Aランクパーティ【赤い太陽】の盗賊職の冒険者2名。

 そして、静寂の青狼パーティであるイツキ、ユア、リフェル、クー。


 彼ら彼女らのお陰で、トーステ王国中が喜びで湧き上がっていた。


「すごいな! ヒュドラを討伐なんて、流石だ!」


「ああ、ユウカ:カンザキや剣聖フリードの英雄パーティが達成して以来、ずっと出てこなかったからな!」


「おう! トーステ王国から9人の英雄がまた生まれたことは嬉しい限りだよな! しかも、可愛い犬までも英雄犬だぜ? トーステ王国はずっと安泰だ!」


「平和を取り戻してくれて、感謝ですわ!」


 民衆から、そういった声があがっていた。


 トーステ大迷宮は晴れて解放することになり、地下2階層へ進む条件ランクがAからCへ戻ることになる。

 観光名所となっている地下1階層は、賑やかな雰囲気を取り戻していた。

 そこに、酒場や売店がいくつか並んでいる。


「はーい! トーステ大迷宮の名物の焼き鳥だよ──!」


「これは美味しいよ! エールどうぞ!」


 売店や酒場のスタッフが元気のいい声で、観光客を呼びかけていた。


「ここは、美しいな。解放してよかったぜ」


「ああ、9人の英雄のお陰だな!」


「1匹忘れてるぞ! 英雄犬もいるぞ!」


 壁面に貼っているパネルがオレンジ色に輝いていて、ワクワクさせるような雰囲気を出している。そんな景色を眺めながら、エールを飲む冒険者や商人たちは愉快な笑い声に、嬉しそうな顔ばかりだった。


 ◆ ◆ ◆ 


 俺たちはギルドマスターの執務室にいる。目の前にいるのは、ヴォルグと秘書だ。

 なんでそこにいるのか、それはヒュドラの件で執務室に来いと言われたからである。


「ここを呼んだのは言うまでもない。静寂の青狼のお陰で、トーステ大迷宮の事件を解決してくれたことに、大いに感謝している。秘書、頼む!」


 ちょうどいいイケメンの秘書が、すぐさまトレーを持ってきた。


「イツキ様。こちらが、ギルドからの報酬となります」


 トレーに被せていた紫色の布をめくると、金貨100枚が積まれていた。

 お礼を伝え、手に取って袋へ丁寧にしまい込む。


 ヴォルグがふうっと軽くため息をし、真剣な眼差しで俺に向けた。


「イツキ殿の戦いを見ていたが……。

 ユウカ:カンザキや剣聖フリードが集う英雄パーティは、ヒュドラ戦には苦戦したと聞いている。

 それなのに、イツキ殿は瞬殺だった。イツキ殿の本当の力は何なのか、最初に冒険者登録した神聖法皇国オブリージュの冒険者ギルドマスターの方に問い合わせしたのだが……」


 言いかけて、ヴォルグは口を閉じ、はぁ……っと深くため息をした。


「シリウス殿も責任がある。だが、イツキ殿たちがいなかったら死毒蛇王エキドリスクやヒュドラを討伐することが出来なかっただろう。それだけでなく、元凶である大悪魔アークデーモンまでもだ」


 続いて、目を細める。


「シリウス殿と話し合ったが、イツキ殿の実力については、もう公開してもいいだろう。すでに、Aランクになっているのだからな。

 確か、静寂の青狼のパーティランクはAランクだったな。もし、Sランクへ昇格したいなら、グロモア王国の冒険者ギルドに向かうといい」


「色々とすみません。Sランク昇格ということは、グロモア王国はグランドマスターがいるのですか?」


「うむ、そこにグランドマスターが住んでいる。紹介状を渡そう」


 トーステ王国からグロモア王国までは、馬車で2週間かかる距離になる。ただ、海沿いの国なので海岸を渡ればよいみたい。

 グロモア王国はグロモア連合国の中で、最も大きい国だそうだ。


 次の話は、大悪魔アークデーモンについてだった。

 カイムという大悪魔アークデーモンは名前があった。剣聖フリードたちの英雄パーティが討伐したカイムの兄である大悪魔アークデーモンもカイリと呼ばれていたそうだ。

 ヴォルグが頭を抱えた。


「まさか、名持ちの魔物ネームドモンスターが2体いたとはな」


「1つ気になることがありました。カイムがと言っていました」


「うむ、俺も耳にした。我が主ってやつは、カイムという大悪魔アークデーモンを配下にしているのだろう」


 ヴォルグが用心深く周りを見て、前かがみになるよう顔を近づいて寄ってくる。小さな声で、ひそひそするように言った。


「実はな……世界のあちこちに、村ごと全ての魂を奪われているらしい。イシュタリア大陸だけでなく、ガイア大陸までも同様のようだ。理由は俺も分からないんだ」


 続いて、ヴォルグが険しい顔になっていく。


「この情報は、誰にも漏らすなよ。これは極秘情報だ。カイムを倒したイツキ殿は、これから狙われるかもしれん。気を付けてくれ」


 マジか……。警戒したほうがいいな。

 ユアとリフェル、クーを見やると、こくりと頷いてくれた。俺は頼もしい仲間がいる。


「さて、ロビーへ行こうか。酒呑むぞ!」


 ヴォルグの強引な誘いで、宴会に参加することになってしまった。

 大人数で飲み会は、上手く通じるか不安だらけになってしまったが、ユアから【念話】で元気づけてくれる。


『大丈夫ですよ。イツキさん、【共有念話】を発動しておきますので、お側にいてくださいね』


『ありがとうございます。ユアさんがいないと、すごく困るので助かるよ』


『ふふっ、イツキさんったら』


『だーっ! あたしもいるよっ!』


『リフェルもだよ。ユアさん、リフェル、クーもみんな、ありがとう!』


 お礼を【念話】で伝えたことで、2人1匹は恥ずかしそうに笑う。そんなパーティがお互い励まし合い、ロビーへ向かっていった。



 ◆ ◆ ◆



「「「ギルマスっ! 静寂の青狼様っ! バジリスク討伐そしてヒュドラ討伐、おめでとうございます!」」」


 ロビーにいる冒険者たちが盛大に、お祝いの声を上げる。しかし、ギルマスが手を挙げ、場が静粛になる。


「今回のバジリスク討伐は、想定外の事態でかなり危険だった。参加した者の中に、亡くなった者がいる。

 だが、冒険者は生死に関わる職業だ。参加表明次第で覚悟はあっただろう。皆に感謝する」


 亡くなってしまった仲間たちを思い出し、黙祷するヴォルグ。


「調査の結果が分かった。当初は、自然発生だと思っていた。だが、違ったのだ。最深部に死毒蛇王エキドリスクを作り出した奴がいたのだ。

 地下25階層のヒュドラを討伐しないと、解決できないことだった。だが、解決済みだ」


 エールの入ったグラスを手に取り、胸より上へ持ち上げながら、言った。


「亡き者たちの分を含めて、トーステ王国を! 冒険者ギルドを、盛り上がっていこうじゃないか! 乾杯!!」


「「「うおぉおお! 乾杯!」」」


 ロビーにいる冒険者たちが、エールを一気飲みする。



 俺たちは周りの冒険者から色々話しかけられ、答えるのに精一杯だ。

 そんな中、大迷宮の最深部まで共にしたエルフ族の女性がこちらへやってくる。

 

「イツキさん、この度はありがとうございます。私はエルフ族の精霊使いのフェルミルと言います」


 討伐の時は中々話せずにいたけれど、改めて見ると、胸まで流れる金髪に、耳が尖っている。すらりとしていて清らかな女性だった。

 フェルミルからの挨拶に、【クリアボイス】のスキルを使って声を出す。


「俺はイツキと言います。静寂の青狼のリーダーをやっています」


「イツキさんから、火の精霊の加護を感じます。これは……火の大精霊獣様でしょうか?」


 一目でわかるのか、これはびっくりだわ。もう公開してもいいとシリウスとヴォルグから許可を得たので、もういいだろう。


「はい。フェニックスと契約を結んでいます」


 そう答えると、フェルミルが目を丸くしてしまう。


「ええっ、六大精霊王の一柱との契約ですか……これは驚きました」


 その後、ユアとリフェル、クーのことを紹介する。

 フェルミルはガイア大陸の深い森にあるエルフの里の生まれであり、イシュタリア大陸へ旅の途中で、今はトーステ王国に住んでいるそうだ。

 ゼンと一緒のパーティで、Aランクの冒険者だ。

 

「イシュタリア大陸に住んで50年になりますね。トーステ大迷宮の攻略を目指していたけれど、今回のことで、自分が弱いと痛感しました。より磨いていきたいと思い、今はゼンと一緒に、次の目標を探している所ですね」


 エルフ族は長命で、400年は生きるそうだ。この世界の人間族は、80年ぐらいなのに……。


「また、何かご縁がありましたらお会いしましょう」


 フェルミルやヴォルグたちと朝まで、飲み明かしたのだった。

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