72話 ダンジョンコアの間②

 俺とリフェルは、2人がかりで構えている。俺たちを軽蔑したように見つめるカイムは、邪悪な笑みで口にした。


「お前には、少し遊んでもらおう」


 カイムが自らの手を俺に差し向けながら、指でパチンと弾く。カイムの前に縦状の黒い魔法陣が浮き上がり、黒い炎を生み出した。


【暗黒魔法:地獄の闇焔ヘルダークフレイム】は全て焼き尽くし、魂をも消滅させる上位の魔法である。

 辺り一面に大きく燃え広がり、俺とリフェルを目掛けて攻めてくる。


暗黒結界ダークネステリトリー】の中にいるからなのか、黒い炎がよく見えない。

 とっさに【防御魔法:エレメンタルウォール】を展開したが効果がなく、そのまますり抜けられてしまった。


 しまっ――。


『イツキっ!』


 その時、リフェルが俺を抱くようにその場から飛び逃げたことで、上手く回避できた。

 広まった黒い炎が一つに集まり、ドクロのように、うめき声を上げながら燃え尽きていった。


「ククク……。厄介だろう? 暗黒結界ダークネステリトリーの中での防御魔法は効かぬよ」


 カイムは、口元に冷笑を浮かべていた。


 まずいな。攻撃も無効、防御も無効、リフェルの剣技でも無効か……。


 俺とリフェルは、カイムを警戒しつつ【念話】でやり取りをする。


『リフェル、剣神解放で暗黒結界ダークネステリトリーそのものを、突き破ることは出来る?』


『確かに、それしかないかも……やってみないと分からないけど』


『俺も、時間停止ストップで見えるもの、全て止めさせて、最上位の氷魔法でぶつけてみる』


『うんっ!』


 俺とリフェルはお互いうなずき、身を構えたとたん、ユアに制止された。


『ま、待って! ダンジョンコアを破壊してはっ、まずいですっ!』


【共有念話】で耳にしたユアの引き止めに、俺とリフェルは一瞬、立ち止まる。続いて、ユアが【念話】で飛ばした。


『ダンジョンコアは破壊しない方が……。破壊すると、大迷宮そのものが崩壊してしまいます』


 ユアの警告に、冷や汗をかいた。


 マジかよっ!


 身動きが出来なくても【共有念話】できるのが幸いだった。密かに【共有念話】で打ち合わせる。


『危なかったな……。鑑定したけど、あの大悪魔アークデーモンの脅威度はSランク以上だった。ヒュドラより、かなり強い魔力を感じるんだ』


『恐らく、ダンジョンコアのせいかと』


『ダンジョンコア?』


『ダンジョンコアは本来、大迷宮を維持する役割があります。きっとカイムという大悪魔アークデーモンは、ダンジョンコアから魔力を補っているかと』


 なるほど……。 

 暗黒魔法がどれも上位だった。これらは全て、ダンジョンコアの力を使っているからなのか。

 ダンジョンコアの間しか戦えないという意味もあって、わざと俺たちを招いたのだろう。


 耳にしたリフェルは、ギリっと歯を噛み締めた。


『くっ! ダンジョンコアを身代わりにしたってことね!』


『ボクの鼻で感知してたけど、結界そのものになってるよっ』


 クーの【嗅覚感知】によると、【暗黒結界ダークネステリトリー】はカイムとダンジョンコアと同じ匂いになっているのだそうだ。

 つまり、本体のカイムはダンジョンコアと一体化している。

 もしも、リフェルの剣神解放と俺の最上位氷魔法を、カイムと【暗黒結界ダークネステリトリー】ごと上手く突き破れば、ダンジョンコアまで破壊してしまう。


 破壊してしまったら大迷宮が崩壊し、地下25階層にいる俺たちまで圧し潰される。

 大迷宮はトーステ王国や冒険者ギルドにとって、大きく占める貴重な収入源だ。これを失うと、国内での暴動や奪い合いなどの大混乱を招く。やがて、トーステ王国が破綻してしまう流れとなるだろう。


 カイムは、そこまで練っていたのか。カイになりすました理由はトーステ国内を調査していたのだろうな。


『リフェル、俺の魔法も封じられてしまった。なんて、厄介だ』


『そだね……。本体がダンジョンコアと一体化してるんじゃ、うかつに斬れない』


 どうする。どうすればいい……。


 ダンジョンコアを破壊せず、カイムのみ倒す方法はあるのか、俺たちは考えていた。

 やはり、叡智様に聞くしかないか。


 カイムは俺たちを眺めては、大悪魔らしく三日月のような笑みを浮かべている。


「どうした? まさか、怖じ気たんじゃないだろう?」


 分かった風に冷笑するカイムに、俺は睨みつけた。


「うるさい! どうやって倒すか、しか考えてない!」


【クリアボイス】のスキルを使って、カイムに挑発した。


「ククク、何もわかってないな。我が結界の中にいるぞ? 我より強いお前を殺すためにな」


 カイムが手を強く握るかように、【暗黒結界ダークネステリトリー】がより濃くなっていく。


「ううっ……」


「ぐぁっ!」


 ユアやヴォルグたちの悲鳴が上がる。黒い影のようなものがきつく縛るように。


「くっ……。結界か。何故、魂を奪っているんだ?」


 どうやって倒すか、脳内で叡智様に相談しているところだ。時間稼ぎのために、カイムという大悪魔アークデーモンと話さなければ……。みんな、我慢してくれ。


「魂を奪うか……ククク、これから死ぬお前に絶望を味わってやろう。知らなかった方が幸せだ、と思わせるためにな。

 我が主に捧げる魂を集めてやっているのだ」


 知らない方が幸せとは、どういう意味だ? もしかしてカイムの他にいるのか。もっと、情報を聞き出すか。


「主? 悪魔の王ってことか?」


「どうだろうな。これ以上は、言えぬ」


 続いて、カイムは言った。


「バジリスクを死毒蛇王エキドリスクに進化させた、ヒュドラも首斬られても死なないように改良してやった。だが、お前たちが現れたせいで計画が潰れたのは痛感の極み!」


 なるほど、最深部までに降りるとき、バジリスクを見かけなかった理由はそれだったのか。


 大迷宮に生息するバジリスクを複数集めて、殺し合いさせて、生き残った1匹を改良させたりして進化させたと自慢げに語るカイムに、恐ろしいと感じた。まるで、蠱毒こどくのようなやり方だ。


 だが、俺の手によって、カイムのもくろみが崩れた。

 俺の存在に危険を感じ、自らの手で殺そうと罠をかけたということだろう。



 カイムとやり取り中に、叡智様から脳内に響く。


〈解析しました。暗黒結界ダークネステリトリーは、最上位の神聖魔法:シャイニング・ノヴァを展開すれば、消滅できます。最上位の暗黒魔法に対抗し得るのは、最上位の神聖魔法しかできません〉


【神聖魔法:シャイニング・ノヴァ】は光り輝く星を生み出し、聖なる光を放つ魔法である。邪悪な者を消滅させる広範囲の攻撃系魔法ということか。


 ユアがそういった神聖魔法を使えるか、【念話】で尋ねた。


『ユアさん、シャイニング・ノヴァって使える?』


『シ、シャイニング・ノヴァですか……ごめんなさい。これは理論上、難しくて誰にも扱えない魔法なのです』


 そうか、難しいか。

 そんな魔法を扱える者は、存在しないそうだ。

 俺も身につけてない魔法だし、どうするか……叡智様に聞いてみよう。


 習得方法はどうやればいいの?


〈主は、最上位の氷属性魔法を習得完了。そして、一定のレベルを満たしています。今の主は、習得可能です〉


【神聖魔法:シャイニング・ノヴァを習得しました】


 ステータスプレートがいきなり出て来たことで、一瞬、目を丸くしてしまう。


 おいおい! 今までの苦労はなんだったんだ!

 これまで頑張ってきたのは、一体何だったんだ。意味ないんじゃないか……!


〈否。主は楽に習得することが好きではないと判断しましたので、そのままにしました〉


 おい……まぁ、確かにそれはそうだけど。


〈ピンチでしょう? 早速、発動してください〉


 まさか、叡智様から命令されるとは……。


 確かに、今は【暗黒結界】の中にいて、脱出不可能だ。

 時間が経てば、俺たちは全滅してしまう。


 ……よし、やるか。


 意を決した俺はサン・オブ・ロッドを手に持って、カイムに向けて構えた。


「なんだ? やる気か?」


「ああ、お前を倒すためにな」


「ククク、我の暗黒結界ダークネステリトリーは破れまい。どんな魔法でもだ! 最上位の暗黒魔法をなめるな」


 そう口にする、カイムが手を上にかざす。その時、ダンジョンコアが大きく輝いた。

 ダンジョンコアの力が、カイムへ注力するように。


「全てまとめて、魂を奪ってやろう。ありがたく死ね!」


 カイムの身体中が黒く輝き、数十体に増えていく。

 ──その瞬間、俺は最上位の【神聖魔法:シャイニング・ノヴァ】を無詠唱でカイムに向けた。


 何もない闇の空間から光り輝く魔法陣が浮かび上がり、魔法陣から小さい太陽のように輝く丸い物体が出現する。


「なっ、なんだ!」


 カイムは驚愕に染まった表情を顔に浮かび、一歩、後ずさりした。


 光り輝く丸い物体が聖なる光を放ち、ピカッと爆発した。衝撃音も振動もない。ただ、光のみだ。

 目が開けられないほどの眩しさだ。俺までも、思わず目をつぶってしまった。

 ユア、リフェル、ヴォルグたちにも、暗闇から一気に眩しい空間になっていく瞬きに、目をつぶってしまう。


「ギィアァァァァァ―――――!」


 カイムの悲鳴が、大きく上げた。



 ……──爆発が収まると、ダンジョンコアの間が綺麗な石畳のまま、シンと静かだ。

 まるで、何事も無かったように。


 周りを眺めると、カイムはもういない。暗黒結界までも、跡形もなく消えたようだ。


 残ったのは、静寂の青狼、ヴォルグやゼン、ザガン、フェルミル、盗賊職の仲間2人。そして、ダンジョンコアと呼ばれる球体が空中に浮かんだままだった。


 やばいな……。最上位の神聖魔法って、一瞬で大悪魔アークデーモンを消滅させるとは。


「倒した、のか……?」


 呆然としたヴォルグが、俺に問いかけた。


「はい、倒しました。俺の魔法が効いたようです」


 そう答えると、ヴォルグ、ザガン、ゼンたちが喜び、俺を抱きしめた。


「助かった! 本当に絶体絶命だった!」


「ありがとう。イツキ殿……」と礼したザガンは、魂を抜かれ横たわっている兵士2人に、

「すまない……」と悔やんでいた。


「イツキさん、助かりました。本当にダメか、と思いましたよ。まさか、カイの正体が大悪魔アークデーモンだったなんて……」


 ゼンが悔し気に、口にした。


「イツキさん、本当にありがとうございます……」


 フェルミルは、安堵したかように頭を下げた。



「俺たちはどうすれば……」


 カイの正体が大悪魔アークデーモンだったことに、今までは何だったのかと落胆している盗賊職の仲間2人は俺に尋ねた。

 俺は【クリアボイス】を使って、励ましの言葉を送る。


「【赤い太陽】パーティはまだ続きます。

今までの思いを大事にして、新しい【赤い太陽】として進むといいか、と俺はそう思います。時間かかるかもしれませんが、まずは心と体を休ませたほうがいいと思います」


「……そうだよな。俺たち、気持ちを整理して先に帰った仲間たちと相談するよ。イツキさん、ありがとうございます!」


 2人の冒険者は意を決したのか、顔を引き締めて、頭を深く下げた。



 ユアが俺のそばに寄り、密かに【念話】で話しかける。


『イツキさん、先程の魔法は最上位神聖魔法ですよね……?』


『まぁ、そうだね。突然、閃いたので唱えてみたんだ。まさか、出来るとは思わなくて――』


 そう答えたとたん、クーとリフェルが走って俺をハグっとするように寄せてきた。


『ご主人様! すごかったよ――』


『イツキ! お疲れっ! さすがだねっ!』


 勝敗の決め手となったのは、カイムが【叡智】の存在を知らなかったことだろう。

 それが大きな決定打だったのだ。


 そうして、トーステ大迷宮の攻略を果たしたのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る