71話 ダンジョンコアの間①

 ヒュドラを討伐し、宝も回収した。

 ヴォルグたちは斬り落としたヒュドラの首を解体し、素材を集めていた。

 巨大な首から漏れだす【猛毒】を浄化し、鱗と牙を回収しているので荷物がパンパンだ。

 ヒュドラの素材はSランク素材であり、貴重だからだ。もちろん俺たちにも、ヒュドラの素材を譲ってくれた。


 死毒蛇王エキドリスクより強いヒュドラを、あっさり討伐したことで、ヒュドラのいる部屋の向こうの扉がゆっくり開いた。


「その向こうが、ユウカ:カンザキや剣聖フリードの英雄パーティしか通っていない場所か。これはたぎるな……」


 ヴォルグが、未知の領域に踏み入れることに、胸を高鳴らせた。ゼンやザガンもうなずいた。

 俺たちにも向こうが何が起きるのか、ワクワクしている。



 ダンジョンコアの間は、不思議なところだった。

 床面に綺麗な白い石畳みが敷いていて、壁には真っ白な石のタイルが貼られていた。奥側の壁に、丸い物体が浮かんでいる。

 丸い物体はダンジョンコアであり、そこから電流が流れるように、バチバチとしていた。


 ダンジョンコアのそばに、どす黒い水たまりのようなものがこちらに寄せてきた。

 プクプクと浮かび上がり、人の形をした黒い影になっていく。


「何者だっ! そこにいるのは?」


 ヴォルグが、警戒を強めて言った。

 全員が即座に武器を手に取り、構えた。ヒュドラを倒さないとダンジョンコアの間へ進めないのに、人がいるのは何かの罠なのかもしれない。


 その時、黒い影から音程もずれているような声が流れてきた。


「まさかぃ……死毒蛇王エキドリスクとヒュドラがやられるとはなぁ。これは想定外だった」


 ゆらゆらとする黒い影が、禍々しい気を発した。


「うぐっ――」


 声を出した方向を振り返ると、Aランク冒険者カイがいつの間にか倒れていた。

 まるで、操り人形がプツンと糸が切れたかようだった。


「くくっ、お役目、ありがとうねぇ」


「カイっ! 貴様っ! 何をしたんだっ!」


 驚きを隠せないあまりに、ヴォルグは黒い影に向けて言った。


「ああ、それはなぁ。僕がカイだからだ。死毒蛇王エキドリスクを作り出したのは僕だからなぁ」


 そう言い放つ黒い影が、みるみると晴れてきた。晴れると、軽装の胸当て、短髪に、爽やかな顔立ちが現れる。

 歪んだ笑みを浮かべていた。

 カイ本人そのものだった。


 盗賊職の仲間たちまでも目を見張ってしまい、倒れていたカイの方に振り向くと、いつの間にか土くれになっていた。


「なんで……」


「何でだ。今までは、一体なんだったんだ……」


 カイが元凶だったことを信じたくないカイの仲間2人は、取り乱してしまった。

 疑いの眼差しを向けたヴォルグは、カイの姿をしたモノを確かめた。


「まさか……本当にカイなのか?」


「その通り、この身体は借り物じゃ上手くしゃべれないなぁ。ヴォルグぅ、グロモア連合国に事件があったのぉ、覚えてるか?」


「ま、まさか……」


 ヴォルグが信じられないような目つきになり、強張る顔つきになった。


 過去に、トーステ王国を含め他の国々が集ったグロモア連合国を恐怖に陥れた事件があったのだ。

 グロモア連合国の1つ、ドントリ王国がたった1体の化け物によって滅んでしまった。

 カイはドントリ王国の筆頭冒険者であり、化け物に挑んだが、むなしく殺されてしまったと、思われていた。

 だが、数日後、トーステ王国にカイが瀕死状態で帰ってきた。当時のヴォルグたちは、奇跡的な生還だと喜びあっていた。


 その化け物の危険度はSランク以上であり、剣聖フリードを含めた英雄パーティが討ち果たしたからだ。

 まさか、目の前に現れた化け物が生き残ったということだろうか。


「イツキ、おかしいと思ったんじゃないか? 地下15階層に死毒蛇王エキドリスクが突然、消えただろう? それは、僕がいるからな」


 そう言われてみれば……


「俺たちがで、AチームとCチームを全滅させ、最後に俺たちBチームを殺すつもりということだったの?」


「ご名答だ! 冴えてるねぇ。でも遅かったなぁ。イツキの力をこの目で見て、大丈夫だと思ったからなぁ」


 そう言い、カイの姿が禍々しい姿へ変わっていく。カイの皮膚が脱皮したかように溶けていった。

 黒い長髪に、背にはコウモリのような黒くて大きい翼、黒いスーツのような服を着こなしていて、邪悪さと美しさを備わった顔立ちをした男性が現れた。


「こ、これは悪魔族。大悪魔アークデーモンか! いや……どこかで見たことがあるぞ」


 口にしたヴォルグが、信じられないような顔つきになった。


「くくく、我の名はカイムだ。我が兄は死んだ。剣聖フリードのやつがな」


「兄? まさか、兄弟がいたのか」


 カイムは目をつむり、天を見上げ手を広げた。


「ああ、我が兄……。復讐を果たすために、お前たちの力をいただこう」


 カイムの中心に、黒い魔法陣が浮かび、どす黒い波動を放ち、【暗黒結界ダークネステリトリー】を展開した。

 ダンジョンコアの間が、真っ暗な空間に染められていく。

 カイムの姿も、ダンジョンコアも、暗闇に包まれて見えなくなった。


暗黒結界ダークネステリトリー】は空間に飲み込まれた対象の魂を奪い、自分のものにする最上位の暗黒魔法の1つだ。逃げることも出来ず、身動きもできない。


 どこからか、カイムの声が聞こえた。


「お前たちの魂とスキルを頂こう」


「「ぎゃぁぁぁああ!」」


 ザガンのそばにいた兵士2人が魂を抜かれ、目が白くなり倒れていった。

 暗闇からカイムの姿が見えてきたが、一体だけではなかった。いつの間か数十体以上に増えて、俺たちの周りを回り込んでいた。


「クックックッ、美味い魂だな。まさか、我の罠にかかるとは思わなかったものよ」


「きさまぁ! 我が兵士をよくもっ! くそっ!」


 近くにいたザガンは怒声を発したが、身動きができず悔しげに言った。


「おや、次はザガンか。美味いだろうなぁ」


 カイムは邪悪な笑みを浮かべては、ザガンに向けて手を伸ばそうとした。


 これ以上、犠牲を増やすのはまずいと思った俺は、無詠唱で全員に【防御魔法:ガーディアンウォール】と【防御魔法:エレメンタルウォール】を展開した。


「なっ! イツキは動けるのか。だが、どうする? 我が結界の中では、この防御魔法では通じぬよ」


 カイムは、ニヤリと口元を上げた。

 俺が張った防壁をすり抜けて、再び、身動きが出来ないザガンの頭を掴もうとする。


「防御魔法でも効かないのか!」


 俺は悔しげにつぶやく。

 先程、ヒュドラを倒した【元素魔法:アクア・ヴォル】で、カイムに攻撃した。

 しかし、水の渦までも暗黒に包まれて消滅していった。


 なんで魔法が消えるっ! 今度は火属性の魔法なら効くか?


【元素魔法:フレイムバースト】を撃ち放つ。

 大きな炎の渦を生みだしたとたん、またもや、暗闇に喰われてしまった。


「わかってないな。暗黒結界ダークネステリトリーは、あらゆる魔法を吸収するのだ。お前の膨大な魔力は美味いな。コクがあって美味だったぞ!」


 俺の放った魔法を吸収したからなのか、先程よりカイムの魔力が膨れ上がっていた。


「あたし、行くわ!」


 リフェルは、疾風の如く聖剣でカイムに斬りつけた。

 数体のカイムまでも、斬撃を放った。


 複数のカイムは真っ二つに斬られたが、何事もなく深い笑みを浮かべながら、煙のように消えていった。

 幻でも見ているのか。


「ふははははっ!」


 どこからかわらい声が聞こえる。


「お前たちが死毒蛇王エキドリスクやヒュドラと戦った記憶を残してるのだ。指をくわえて待っているかと思ったか? 既に対策済みよ」


「くっ」


 リフェルは、悔しげに歯を噛み締めた。


 密かに周りにいるカイムたち、暗黒結界そのものを【鑑定】をした。

 その結果、大悪魔アークデーモンであり、脅威度はSランク以上だった。

 どうやら結界と一体化しているのか、本体は一体だけみたいだ。だが、どれが本体なのか分からない。

 

『イツキさんっ、動けないですっ!』


『ご主人様っ! 助けてっ!』


 ユアとクーから【念話】が届いてきた。

 視線を向くと、黒い影のようなものが全身に包まれていて、動けないようだ。

 俺は【女神の加護】のお陰で弾いてくれたみたいだ。リフェルも七星王の1人がゆえに、うまく回避できたようだ。


「くそっ! このまま奪われてたまるかっ!」


 ヴォルグも黒い影に縛られていた。ゼンやフェルミル、盗賊職の仲間2人までも身動きができず、必死に振り解こうとしていた。


 動けるのは、俺とリフェル2人だけだった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る