70話 ヒュドラとの戦い②

 リフェルは1つ閃いたかように、笑みを浮かべた。


「これならいけるか!」


 リフェルの手に持っている聖剣クラウソラスが光り輝く。

 剣を腰際に構えながら、ふぅぅと息を吐く瞬間、リフェルの頭上から、天井高くへ光り輝いていく。


 天井の方を眺めると、真空のような刃が数多に散らばっていた。


【剣聖術:ヴェロ・ルス】は、天翔ける閃光と呼ばれ、数多の真空のやいばを天から降り落とす広範囲の剣技だ。


 無数の刃が、雷雨の如く激しく落ちていった。

 ヒュドラに狙いを定めて、凄まじい轟音ごうおんの斬撃音が延々と続く。

 俺が張った防壁の膜にも、ヒュドラの血飛沫が降りかかった。


 うわ、危ないな……念のために、防御魔法を張っておいてよかった。じゃなかったら、みんな即死だっただろう。


 止むことなく降りそそぐ光景に、ヴォルグたちは呆然と冷や汗をかいていた。


「お……恐ろしい技だ。剣聖様しかできない芸当だぞ」


 と、ヴォルグが震えた声でつぶやいた。


「あ、ああ……我が兵士団が壊滅するほどだ」


 ザガンまでも、強張った顔つきになっていた。


 確かにすごい技だ。まるで沢山のガトリング銃が、天から永遠に撃ちまくっている感じだ。


 斬撃音が止み始めたころ、石畳が粉々に砕けたのか、煙のように吹き荒れていた。


 ────砂埃がおさまり、床が見えてきた。

 ヒュドラの血飛沫がひどく、肉塊がバラバラに散らばっていた。


「おおっ! ヒュドラを倒せたのか!」


 と喜ぶヴォルグたちだったが、リフェルは険しい表情を浮かんだまま横に振った。


「いや、ダメだったな。再生が凄まじい」


 そう口にすると、ヒュドラの肉塊から瞬時に集まり、胴体になっていった。胴体から9つの首が生まれてきた。


「バカな……。ヒュドラは本当に不死なのか。情報が違うぞ!」


 うろたえるヴォルグに、フェルミルが声を上げた。


「封じ込めるしかないかも知れません!」


 フェルミルは精霊魔法を唱え、風の精霊ハリケーンを召喚し、ヒュドラを封じ込め、動けない状態にしようとした。

 竜巻のようなものを衣のようにまとう風の精霊ハリケーンが、風の竜巻を引き起こそうする。


「ガァァァァッ!」


「ギャアァァァッ──!」


 だが、ヒュドラが吐き出した火球に浴びた風の精霊ハリケーンは、むなしく一撃で消滅してしまった。


「私なんて足手まといに……」


 フェルミルは腰を落とし、うな垂れてしまった。


 ヴォルグとゼン、カイ、ザガンたちは、近接型攻撃タイプだ。

 さすがに返り血による【猛毒】を浴びてしまう恐れがあるので、防衛に徹底するしかなかった。

 切迫詰まっている最中、ヴォルグの脳裏に撤退という言葉によぎった。


「剣聖様でも難しいか。やはり、撤退か……」


「まだです!」


【クリアボイス】で言った俺はひとまず、【永続補助魔法:エターナルブレイブ】を無詠唱で唱え、自らにかけた。

 ステータスを大幅にかつ、永続的に上昇した。


【鑑定】と叡智様を使ってヒュドラを調べた。

 Sランクに相応しく、ステータスが数万を超えていた。確かに、死毒蛇王エキドリスクより強いというのが分かる。

 ヒュドラは火属性の魔物ということなので、頑張ってやっと覚えた最上位の水属性魔法である【元素魔法:アブソリュート・ゼロ】でぶつけてみるか。


 っと、その前に……。


 まずは弱点属性に効果があるのか、中位の水魔法である【元素魔法:アクア・ヴォル】を本気でぶつけてみることにした。

 中位の魔法なので、どのぐらいのダメージになるのだろうか。

 サン・オブ・ロッドの杖を手に持ち、ヒュドラに向けて無詠唱で魔法を撃ち放つ。


 ヒュドラの足元に、水の渦が発生し包まれていった。

 みるみる、ヒュドラの全てを包まれたとたん……


「グギャァァァア──!!」


 ヒュドラが断末魔の悲鳴を上げ、跡形もなく消えた。


 えっ……。


「「「……………………っ!」」」


 あっさりと、ヒュドラを討伐してしまった。

 その瞬間を見ていた、ヴォルグやゼン、ザガンたちまでも、あんぐりと口を開いた。


『ユアさん、リフェル……。倒したみたい』


『え、ええ……そ、そうですね』


『そ、そだね……』


『さすが、ご主人様っ!』


 2人とも、唖然としていた。クーはすごく喜んでいた。


【元素魔法:アクア・ヴォル】は、水属性の中位魔法の一つで、10メートル程の水の渦を引き起こし、対象を捻れさせたり、圧縮させる攻撃系の水魔法だ。

 ……だったのだが、俺の場合はなぜか、強化されていた。


 ヒュドラの足元から、大きくうねり出す水の渦がみるみる巨大化した。ヒュドラを丸ごと飲み込み、捻れながら圧縮することで瞬時再生に追いつかず、そのまま潰れて消滅してしまったみたいだ。


 恐らく【サン・オブ・ロッド】というAランクの武器のおかげかも。

 これが魔法を強化していたみたいだ。それだけでなく、【女神の加護】による上乗せもされていたのだろう。


 その組み合わせもあって、中位魔法が最上位魔法以上レベルの威力になってしまったのか。

 そういえば、シンゲンが言っていた。

 村ごとなくなるってことを。まさか、こういうことだったとは。


 今まで持っていた杖は、見習い用のFランクである魔導士の杖だが、今はシンゲンから貰ったAランクの武器を装備している。

 今更ながら、Aランクという凄みが分かった自分がいる。

 ――これが東星の鍛治王が生み出した武器なのかと。



 苦戦することなく、一瞬でサクッと倒しちゃったことで、ヴォルグとザガン、ゼンたちまでも唖然としていたまま、俺に近づいてきた。


「イツキ殿、前言撤回する。……悪かった。あとで、執務室にきてほしい」


 ヴォルグが、額に青筋を立てながらニッコリした。


「おい! どういうことだ! 死毒蛇王エキドリスクの時は力抜いたのか!?」


 と、興奮気味に声を荒げたザガン。ゼンまでも疑いの目で俺を見つめて言った。


「イツキさん、あなたは一体、何者なんですか?」


 カイたちやフェルミルも呆然としたまま、俺をずっと見つめていた。


 ううっ、周りからの視線が痛い……。


 ◆ ◆ ◆ 


 ヴォルグたちは、リフェルが斬り落としたヒュドラの首を解体している。

 斬り落とした首はヒュドラの意思が込まれていないからなのか、復活しないようだ。


 俺たち、静寂の青狼パーティはヒュドラが守護していた宝箱のところへ向かった。


 冒険者の間のルールの1つ。

 一番貢献度の高いパーティが宝箱を開ける権利があり、周りのパーティはその場から離れることなんだそうだ。

 冒険者同士のいざござを防ぐためにあるルールの1つと、いうことだろう。


 大きな宝箱はゆらゆらと赤く光っていたのに、ヒュドラを倒したからなのか、シンとしていた。

 罠かどうか確認するために、小石で投げて当ててみた。反応もないので、罠ではないだろう。


 早速、大きな宝箱を思いっきり開けると1つだけポツンと置かれていた。

 大きな宝箱なのに、空白のスペースがありすぎだよ! とツッコミしたくなった。


 手のひらより小さく、卵みたいな形をした青い石だった。かざすとキラキラとしていた。

 透き通っていて、美しい宝石だ。


【鑑定】してみると──


【マーキュリーサファイア】Sランク素材。

 叡智を与え、水の大精霊獣の恩恵をもたらす。


 魔力を高めたり、運を良くする宝石というわけか。

 どんな効果があるのか、これはシンゲンに聞いた方が良いね。

 よし、今のうちに【時空魔法:次元収納】へ保管しておこう。

 あとは伝説の鉱物であるオリハルコンやヒヒイロカネを探すのみだね。



 石の扉が開く音が聞こえ、床に響いた

 どうやら、向こうの扉が開いたようだ。


 その時のイツキたちは、歪んだ笑みを浮かべたが潜んでいることに気付いていなかった。


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