69話 ヒュドラとの戦い①
禍々しい扉を開けるとたん、隙間からやや冷たい空気が吹いてきた。
地下15階層の【開かずの間】と同じく、かなり広い空間だったが、薄暗く肌寒い。
よくよく見ると、頑丈な石畳みが隅々まで敷かれていて、上層を支える大きな柱がいくつか建っていた。
薄暗いので【神聖魔法:ライト】を無詠唱で唱え、辺り一面、照らす。
照らした壁に血で描かれたような壮大な壁画が現れ、息を呑んだ。
数多の種族や人らしきものが、横渡りしているように見える。その上にヒュドラらしき絵が描かれていた。
ヒュドラと戦っているような絵だ。
ヴォルグ曰く、トーステ大迷宮は昔、ヒュドラを最深部に封印させた。挑戦者が勝って名誉を得るか、負けたら死ぬかという戦いの儀式だったという、言い伝えがあるそうだ。
念のために、【気配感知】を発動してみたが、向こう先に気配を感じた。
その時、ヴォルグが足を止める。
「シッ! いたぞ。あれがヒュドラだ」
ヴォルグが指差す方向を眺めると、ヒュドラが仁王立ちをしている。その後ろに、ゆらゆらと赤く輝く大きな宝箱が置かれていた。
まるで、ボスを倒さないと開けられないようになっていた。
そんな光景を眺めた俺は、思わずつぶやいた。
「まさか、ダンジョンクリアすると宝箱って、まるでゲームみたいだ……」
「イツキ、ゲームって何?」
「あ、いや、独り言だよ」
「ふーん」
耳にしたリフェルが、ゲームという言葉にどういう意味だろうと小首を傾げていたが、逸らされたことで膨れ顔になった。
ヒュドラは、15メートルほど大きな怪物だった。
竜のような9つの首に、赤と黒が混じったような硬い鱗に覆われていた。目が赤き輝いていて、威圧的だ。
「グガァァァアア!!」
ヒュドラが響き渡るほど吠える。
対象を麻痺状態にさせる【竜の咆哮】を放ったことで、冒険者たちが麻痺状態に陥ってしまった。
「うっ……」
「まずいっ! 動けないっ」
フェルミルやカイたちは麻痺状態になってしまった。
俺は【女神の加護】というスキルがあるので、【竜の咆哮】には効かない。
というか、あまり聞こえないんだけど結構、大きな咆哮みたいだね。身体にビリビリと響いてきたよ。
リフェルも【弱体化無効】のスキルを持ってるからか麻痺にならない。ユアも漆黒の首飾りのおかげか、防げたようだ。
クーまでも漆黒の首輪を装備しているので、同じく麻痺にならなかった。
鍛冶王シンゲンには感謝だわ。
だが、周りはそうでもなかったようだ。
レジストできた者は、ヴォルグ、ゼン、兵士長ザガンだけだった。
「これは、まずいですね! 治します!」
ユアがすかさず、【神聖魔法:リフレッシュオール】を唱えた。
「女神よ、あらゆる生命を、神の息吹となりて、浄化せよ、リフレッシュオール!」
【神聖魔法:リフレッシュオール】は、様々な状態異常、弱体化された対象を回復する最上位の回復魔法だ。
ユアを中心に、神々しい魔法陣が浮かび、キラキラと輝く粒子状のようなものが麻痺状態にされた冒険者たちの足元から光の息吹のように、優しく吹きあがった。
麻痺状態から回復したフェルミルやカイたちが、自由に動けることに目をパチクリした。
ヴォルグが一喝する。
「怯むな! ここは、静寂の青狼パーティを支えていくんだ!」
「は、はいっ!」と、うなずくフェルミル。
「「「了解!」」」と、うなずくカイたち。
ヒュドラは挑戦者を
ゴォ――っと辺り一面に、炎が広まっていく。
とっさに、無詠唱で【防御魔法:エレメンタルウォール】を展開した防壁に炎がぶつかり、誰もいない方向へ流れていった。
『行くよ!』
俺の一声でリフェルとユア、クーと共にヒュドラへ目掛けて走っていく。
ユアの【共有念話】で打ち合わせしながら、俺はリフェルに、
『斬撃を飛ばしてほしい!』と【念話】でお願いした。
リフェルは頷き、【アイレ・エスパーダ】を撃ち放った。
「ガァッ!」
ヒュドラの9つの首のうち、2つの首を斬り落としたが、斬られた跡から2つの首が瞬時に再生してしまった。
まるで、泡がポコポコと生えてくるかようだった。
そんな光景に、リフェルとユアが目を丸くした。
『ええっ! 再生が異常すぎる程、早くない?』
『ここまで再生するなんて! この目で見るのは初めてですっ!』
『さすが、神話とか語られるヒュドラだね。
ユアさん、女神の鎖で縛り付けて! クーもヒュドラの胴体を凍らせて! リフェルの剣技で9つの首を同時撃ちできる?』
『『『やってみる!』』』と頷くユア、クー、リフェル。
ユアは【神聖魔法:女神の鎖】を唱えた。
「女神よ、裁きを与え給え、逃さず拘束せよ、女神の鎖!」
ヒュドラの足元を中心に、光の柱が立ち、神々しい鎖が出現し、かんじがらめに縛り付けていく。
「ギィィアアア!」
だが、ヒュドラは、鎖を解こうと暴れ始めてしまう。
「ぐっ……強い抵抗です! クー! 凍らせて! リフェルさんも、早く!」
と、ユアが歯を食いしばるような顔つきになった。
『いくよ!
クーの口から氷のように冷たい息を吐きだし、ヒュドラの胴体が瞬時に氷漬けになっていく。
ヒュドラがうめき声を鳴らした。
「ガアァァァアア!」
ユアとクーが作ったチャンスを取り逃がさないリフェルは再び【アイレ・エスパーダ】で、先ほどより大きな斬撃を放った。
「グァッ!」
ヒュドラの9つの首が胴体と切り離したことで、血飛沫と共に飛んでいった。
ユウカ:カンザキや剣聖フリードたちの英雄パーティが、ヒュドラを討ち果たした方法と同じように斬りつけたのだ。
神々しい鎖で縛りつけたヒュドラの胴体が、氷漬けた胴体が、固まったようにふらつき倒れていき、ズウゥンと大きく響いた。
飛んでいった頭も、フッと命が尽きたように赤い目が黒くなっていく。
ヴォルグやゼン、ザガンが「「「うおぉっ」」」と声を上げた。
ヒュドラを倒したことに、驚きと喜びの混じった表情を浮かべていた。
「やったぞ! さすがだ! 静寂のっ──……!」
ヴォルグたちが喜び出す時、ヒュドラの胴体がむくりと起き上がる。氷漬けたのに、いつの間にか解けていた。
俺たちは時が止まったかように、固まってしまった。
ま、まさか、それでも復活するのか?
嫌な予感が、的中してしまった。
ヒュドラの胴体が不気味なほどに、ポコポコと赤と紫の混じった泡のようなものが吹き出てきた。
瞬時に、首までも再生し、何事もなかったように、復活してしまった。
「グガァァァアア!」
そんな光景に、俺たちまでも唖然とした。ヴォルグまでも落ち着きを失うほどわめいた。
「バカなっ……9つ同時に斬れば、討伐できるはずだっ」
その時、ヒュドラの抵抗によって、【女神の鎖】が砕け散ってしまう。
「ああっ! そんな……」
最上位の神聖魔法である【女神の鎖】が破壊される光景に、ユアが驚愕を染めた顔つきになった。
ヒュドラは接近しながら剣で斬ると血飛沫による猛毒で死に至ることがあるらしく、遠距離攻撃でヒュドラを討伐しようとしたが、失敗に終わってしまった。
リフェルは【弱体化無効】のスキルを持っているが、ヒュドラの【猛毒】は無効できるのか分からない。
ヒュドラの首や胴体ごとを、何度も斬っても再生してしまう。
それゆえに、俺たちはどうやって倒すのか、ヒュドラの攻撃を避けながら思考するのだった。
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