63話 食材の仕入れ

 宿屋へ向かっている俺たちは【共有念話】で話し合った。


『トーステ王国に着いたばかりなのに討伐隊って……えらいことになったね』


 俺は困ったなと頭を掻いたら、ユアがうなずいた。


『ええ、ゆっくりできると思ったとたんに、これですもんね』


『そうだねっ! バジリスクって、どんな魔物か興味あるよ!』


 リフェルは、この初依頼にワクワクしていた。周りは恐怖と困惑が混ざった雰囲気なのに、リフェルだけ浮いていた。

 強者所以の……いや、冒険者として初めてのバジリスク討伐の仕事になるからだろう。


『ふう、やっと宿に着いたよ』


 見た感じは、1階が石積みの壁造りに、2階以上は木組みの壁の4階建ての建物だった。宿の名は【トーステ・古びた宿】と書かれていた。


 古びた宿って……。


《久々の宿ですね! 今日も3人部屋ですよ!》


 とユアがシニフィ語で身振りし、俺に伝え、今回も3人部屋で泊まることになった。

 少女2人と一緒に寝るのか……。緊張してしまうけれど、割り切ることにした。


 そこにはベッド3台に、四角い食卓に椅子3脚が置いていた。俺たちは早速、その椅子に座り、クーはベッドの上に寝そべった。


 俺は天井を向けて【クリアボイス】を使って言った。


「今日は光の日だから、週明けとなると……火の日か。うん、3日後だね。それまでに準備しておこうか」


 ユアが1つ意見を言った。


『そうですね。私たちは食料を確保することで十分かと』


『Aランクのバジリスクだもんね。今の俺たちは多分、大丈夫だと思う。冒険者カードではAだけど、実質S以上なんだよね』


『はい。ですが、油断はしない方がいいですよ。大迷宮はとても広く罠も多いので、危険が伴います。1階をまわるだけで何時間もかかりますから。食料の確保はした方がいいかと。イツキさんは次元収納がありますし、バレないように気を付ければ、大丈夫かと思いますよ』


 ユアがそう言うと、リフェルが目をギラつかせる。


『まずは食料確保だねっ! それとね、あたしは剣で、どこまで通用するか試してみたいんだ』


 トーステ大迷宮は地下25階層となり、地下1階層のみ観光地となっているらしい。

 ただ、地下2階層からはより広くなり、複雑な迷路になっている。攻略するのに、時間がかかるそうだ。

 何日もかかるので、食料の確保はきちんとした方がいいとギルドマスターのヴォルグから助言を受けた、とユアが説明してくれた。


 なるほどと、うなずいた俺は1つ報告したいことを思い出し、

【時空魔法】が扱えるようになったことをユアとリフェルに伝えた。


『えっ、イツキさん、失われた古代魔法って……使えるようになったのですか?』


『なんだって! 失われた魔法でしょ? 魔法に詳しくない、あたしでも驚きだよ!』


 驚きを隠せないユアとリフェルは、思わず立ち上がってしまう。


『あ、はい。今、使える時空魔法は、次元収納と時間停止ストップだけど……これからも増やしていくつもりだよ』


「「…………」」


 言葉をどう表した方がいいのか分からなくなってしまったユアとリフェルは、固まってしまうのだった。


 ユアが小首を傾げながら尋ねた。


『イツキさん、時空魔法って、どういう仕組みなのでしょうか? 知っているかような口振りでしたので』


【時空魔法】については、失われた古代魔法だということしか知らないユアとリフェルは、どんな魔法なのか知りたくなっていた。

 俺は【時空魔法】の原理を2人に、簡単に説明した。


『そう、時空魔法は、空間と時間を操ることなんだ。

 空間と言えば……特定物をこの場所から、ある場所へ飛ばしたりとかね。つまり、ここからアローン王国へ一瞬で、行けたり出来る。

 時間については、敵の動きを一定の期間だけ遅めたり、止めたりするとかも出来るんだ。今は出来ないけどね』


 そう説明すると、ユアとリフェルは更に、驚愕を染まった顔つきになっていく。


『……恐ろしい魔法ですね。止められたら、どうしようもないです』


『あたしも……失われた古代魔法だったという理由が分かってきたよ。

 イツキ! あまり、悪用しないでね』


『そこまで悪用しないから大丈夫だよ。時空魔法を扱いたい理由は、ある場所へ飛ばす魔法を出来るようになりたいから。そうすれば、旅も格段に楽になると思ってたんだ』


 そう言いやると、2人はホッと胸をなで下ろす。


『イツキさんは確かに、平和思想ですね。選ばれた理由が分かりました』


 意味深長な言葉を述べたユアに、俺はどういう意味だろうと問いかけると、なぜか逸らされてしまうのだった。


 ◆ ◆ ◆ 


 迷宮討伐前日――。


 トーステ大迷宮へ潜るまえに、食料の確保しに向かった。トーステ王国の中で最も大きな市場があり、俺たちはそこで食材の仕入れをしているところだ。

 アローン王国は彩りのある街並みに対して、トーステ王国は落ち着いた色合いのもの穏やかな雰囲気が現れていた。


「アローン王国と違って、トーステ王国は地味な印象だね」


 ユアがうなずいた。


「ええ、トーステ王国は派手でもなく、穏やかな雰囲気ですよ」


 店に出されている食材の種類は少なめだが、良質な食材が多いのか、俺たちの台車にはギッシリと食材が積んでいた。

 ジャガイモに、玉ねぎ、レタスなどの野菜、肉類、月のような形をしたイチジクもどきとか、珍しいものまでも山のように積んである。


「こんなもんかな?」


「ええ、これぐらいなら食べ物に困らないでしょう」


 大衆の前で【時空魔法:次元収納】はまずいから、誰もいないところへ行って仕舞いこむからね。

 まぁ、周りからの視線がすごく感じるけれどね。きっと、大量の食材を積んでる冒険者って珍しいからだろうな。


 グイッグイッと俺の服の裾を引っ張るクーが、【念話】でおねだりした。


『ご主人様、干し肉あったよ! 買ってくれる?』


 干し肉を売っている売店を見やると、一回り大きい肉が多く吊るしていた。

 タグを見ると、銀貨5枚ほどのお手頃な値段だった。


 ――うん。これなら、大丈夫だろう。


『うーん。食欲をそそる匂いがしない――』


 まったく……ワガママな神獣だなぁ。

 とりあえず、干し肉の一切れを味わってあげることにした。


『この前食べたのより、味が物足りないけど、これなら大丈夫だよ――。でもっ、5皿じゃなくて、10皿分ぐらいでお願いっ!』


『お手頃な値段だからね! 20皿分にしよう』


『ありがとっ! ご主人様!』


 俺の胸へ飛び、ひしっと抱きつくクー。

 可愛いなと、うっとりする俺。

 そんな1人1匹を、ユアとリフェルはじっーと見つめた。


「イツキさん、クーと抱き合ってばかりいないで。私たちも見てくれませんか?」


「うん。あたしたちも甘えてもらいたいかな」


「リ、リフェルさん! 違いますよ! クーのことですっ」


「あれ? 違うの?」


 俺は、恥ずかしそうにあわふたしているユアとリフェルを見つめては、思案する。

 旅立って、もう2年は経っているんだよね。

 会話もスムーズに出来るようになったし……これはユアとリフェル、クーのおかげだ。みんなには、お礼を言いたい。


「宿屋のオーナーから美味しいお店を紹介されたんですが、今夜は一緒に食べませんか?」


「いいですね! 楽しみです」


「あたしもさんせーい!」


 嬉しそうな笑みを浮かべるユアとリフェルは、これからの楽しみを噛みしめながら、トーステ王国で最も有名なレストランへ一緒に向かっていく。


 噴水のある広場に面して建っている、三階建ての石組みの古風なレストラン。看板には皿の上にフォークとナイフという形をしていて【トーステ・リストランテ】という文字が描かれていた。


 俺はユアとリフェル、クーに、【クリアボイス】を使って口にした。


「ここがトーステ王国の中で最も評判がよく、美味しいみたいだよ。予約はしてあるので行こう」


 そう告げると、ユアはうっとりしていた。


「イツキさん……」


「おお! 期待しちゃう!」


 リフェルまでも目を輝かせた。

 クーは尻尾フリフリとしては、ウキウキとしている。


 早速、店の扉を開けると、そこに男性の給仕人が立っていた。


「いらっしゃいませ。本日のご予約のお客様ですね。イツキ様とお嬢様方々、お部屋へご案内いたします」


 案内された部屋は3階にある個室で、立派な部屋だった。落ち着いた色合いの食卓と椅子があり、その側にペットや従獣魔専用の食卓が置かれていた。


「では、お掛けになってください」


 と男性の給仕人が椅子も背を手に取りつつ、引いてくれた。まずは、ユアとリフェルが座り、次に俺が座る。


「お飲み物はいかがなさいますか?」


 給仕人からご注文は? と尋ねたので、俺はユアとリフェルを目配りして、小さくうなずいた。


「スパークリングワインをお願いします」


「かしこまりました。本日はフルコースとなります。では、ごゆっくりと楽しみ下さい」


 と男性の給仕人が畏まるように頭を下げて、この部屋から後にした。

 リフェルとユアが嬉しそうな顔つきで言った。


「イツキ! 3人でここ食べるの、初めてだよね!」


「ええ、殆どは野営と大衆食堂ぐらいですからね」


「そうだね。色々お世話になってるし、ユアさんとリフェル、クーにはお礼したくなったんだ」


 そう言うと、ユアとリフェルは微笑んだ。



「お待ちしておりました。どうぞ、エレ・トーステ・トランテでございます」


 ソムリエさんから銘柄タグを見せられたが、良く分からないので、適当に、うむとうなずく。


 慣れたような手つきでコルクを抜いては優雅に、グラスに注ぐソムリエ。そして、ユア、リフェル、俺の順に、スパークリングワインの入ったグラスを並べていく。


 共に乾杯し、一緒にスパークリングワインを味わう。続いて、前菜から海の幸をふんだんに使ったオードブルやリゾッドなど次々と並べてゆく。

 

 クーには肉の丸焼きが出されて、尻尾を大きくフリフリと大喜び。


 リフェルは王女であるがゆえに、テーブルマナーが自然になっていて、すごく凛としていた。

 ユアも同じく凛としている。さすが、聖女様だ。

 俺はユアから食卓における礼儀作法を学んだので、苦もなく食事できたかなと安堵した。


「イツキさん、こんな幸せなひと時をありがとうございます」


「あたしも、嬉しかった。これからも一緒に旅して、もっともっと強くなりたい!」


「喜んで何よりだよ。これからもよろしく」


「ガゥッ!」


 イツキたちは、感謝と健闘を願ってディナーのひと時を楽しむのだった。

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