61話 旅の楽しみ

 トーステ王国に到着するまで、あと1週間――。


 イツキ一行は馬車でのんびりと向かっているところ、苦虫を噛み潰したような顔つきになっているリフェルに、俺は大丈夫だと元気付けた。


《そうそう、こうやるんだよ》


「む──、難しいっ!」


「リフェルさん、苦戦してますね」


《おはよ──!》と、手に形を作って身振り手振りをしながら、

「これなら分かるんだけどね……」と覚えるのに、苦戦するリフェル。


 1ヶ月の旅となれば、毎日同じような景色を眺めてばかりなので、流石に飽きてくる。

 ユアの提案でリフェルと一緒にシニフィ語や【念話】、または音声での会話でやり取りをしようということで会話しているところだ。

 今は、リフェルがシニフィ語を身につけたいということで教えている。


 なお、シニフィ語とは、シニフィール族が手や腕の動きを中心に、顔の表情、口、上体などの動きによって表現する言語だ。


 ああ、そうそう。リフェルが【威圧】を周辺に向けて常に発動しているので、魔物が寄ってこないようにしてある。

 まぁ、レベルアップできないのが難点だが、毎日は流石に、疲れるだろう。


『ねえ、ユアって鬼だよね。結構、スパルタだよ──っ』


『はは、そうかも知れないね。でも、ユアさんのお陰で結構、上達しているよ』


『そうか──って、あたしを助けてくれないのっ!? 助けてよ──!』


 リフェルと俺はヒソヒソと【念話】をしているのだが、ユアには通用しない。

 何故なら、ユアは【共有念話】で耳に入っている。ゆえに──


『ふふ、リフェルさん、私のことを鬼呼ばわりですね。鬼らしく、もっと教えてあげましょう』


『うげっ!』


 あちゃ――。どうやら、ユアは地獄耳になっているようだ。

 リフェルは俺に、


「何で共有念話に、盗聴みたいなものを仕上げてるの」って睨まれた。


 まぁ、ユアは楽しんでいるし、リフェルは、ああ言ってるけど、リフェル自身も楽しんでいるみたいだから大丈夫だろう。

 俺はそう思いながら、クーを撫でている。


『ご主人様、もう干し肉ないの?』


『ごめんね。あと1週間ぐらいは我慢して』


『ええ──、我慢……うう、我慢……』


 クーは干し肉を結構、気に入っていて毎日食べているほどだ。

 もう無くなってしまったことに、しょんぼりしているクーの頭を撫でながら、

『もうすぐだから辛抱だよ』と慰めた。


 リフェルはユアのシニフィ語の授業を未だに受けていて、ぐぬぬと歯を噛み締めたように、しっかりと練習していた。



 日がひっそりと潜め、薄暗くなってきたので【次元収納】からテントや野営用品を取り出して、いそいそと野営の準備をする。

 ユアとリフェルは、ウキウキとしていた。


 そう、今日の料理当番は俺なのだ。


 ドワーフ王国ガドレアにて調達したコカトリスの茹で卵、新鮮な野菜、燻製くんせいされたベーコンを盛り付けて、自作のドレッシングでかけたサラダのオードブル。


 ジャガイモや玉ねぎ、ボーンディアの肉を使った鹿肉カレー。


 イチジクもどきのシャーベットのデザート。


 この3品を料理したのだ。魔法は本当に便利だわ。

 野菜を洗うのに【水魔法:ウォーター】で洗ったり、カレーを煮込むのに【火属性魔法:ファイア】をコンロ代わりにしたり、シャーベットは【氷魔法:フリーズ】で冷やしながら混ぜたりした。


 出来上がった料理を、野営の為に木で作り上げた食卓の上に置くと、ユアとリフェルは目がキラキラしている。


「美味そう……」とヨダレ出そうな顔で、出来立てのご飯を見つめるリフェル。


《イツキさん、これが鹿肉カレーですか?》とシニフィ語で、話しかけてくるユア。


《そう、これをアローン教会にある孤児院の子どもたちに食べさせようと思ってね》


 そう口にすると、ユアは感心したような表情を浮かべる。


《素晴らしいですね! カレーとは、どんな料理なのか、味わってみたいと思います》


 俺は【クリアボイス】というスキルを発動して、ユアとリフェル、クーに「どうぞ、召し上がれ!」と伝えた。


「これ! 美味いよ! こんな料理があるなんて!」


「これは……不思議なものです。ビリっとした刺激があって、食欲をそそります」


 リフェルとユアは味わったことがない料理を目の当たりにし、シニフィ語と【念話】を使い忘れるほど声を出していた。

 それでも、ユアにはしっかりと【共有念話】を常時発動してくれたので、耳に入った俺は嬉しくなる。


 クーは、尻尾フリフリしながら、ガツガツとカレーを食べている。


『クー、美味しいかい?』


『ご主人様の料理は、めちゃ美味いよ! お代わりはある?』


『あるよ。食べ過ぎないようにね』


『お代わり!!』


 え、もう? 早すぎない? 1分しか経ってないよ。


「あたしもお代わり! カレーって、すっごく美味しい!」


「では、私もお代わり下さい。美味しくて……」


《ありがとう! まだまだ、あるよ──》とシニフィ語でお礼を言った。


 喜んでくれて嬉しいね。日本にいた頃、料理してきた甲斐があったわ。


「それにしても、これはシャーベットというのですか? 冷たくて甘いです」


「あ、それ! あたしも初めて食べたけど、これって異世界の食事なの?」


《そうだよ。これは、アステルに来る前にいた世界の料理の1つなんだ》


 ユアはスプーンを置いて、シニフィ語で身振り手振りしながら話しかけた。


《イツキさんがいた世界は、こんなに食事が溢れる世界だったのですか?》


《そうだね。ハンバーグとかパスタ、トンカツとか、色々あるんだ》


「「…………」」


 知らない言葉を耳にしたユアとリフェルは目を丸くしていたが、ますます興味津々になったようだ。


《聞いたこともない料理です。イツキさんがいた世界……すごく興味があります》


《あたしも!》


 日本に戻れるか分からない今は、日本にいた時の料理を再現して、広めたらいいなと密かに思っている。

 そんなイツキ一行はワイワイと、食事を楽しんだ。


 ◆ ◆ ◆


 2つの月が仲良く照らしていて、夜なのに暖かい明るさだ。

 1人になった俺は、あるスキルを進化させるために日々、訓練をしている。

 そう、【空間操作】の繰り返し訓練だ。

 最初は手の平サイズの大きさの空間しか出来なかったが、今は辺り一面を覆う空間へ上達出来ている。

 ここまで出来るようになるのに、2年かかってしまった。


 時空魔法は失われた魔法であり、この世界では文献がないようだ。

 今、分かっているのは、時空魔法とは失われた古代魔法であり、仕組みは分かっていない──ということだけだった。

 しかし、俺は日本から来た異世界人であり、時空魔法の仕組みについては何となく分かる。分かるからこそ、どんなスキルがいいのか、叡智様を頼りに色々と工夫した。


 時空魔法を扱えるようになるには、【空間操作】を繰り返し訓練することが重要だ。より発展しないと【空間操作】から【量子操作】へ進化できない。

 それから【次元収納】と組み合わせると、初めて【時空魔法】を身につけることができる流れになる。


【空間操作から量子操作へ進化しました】


 おや、ステータスプレートからメッセージが出てきた。やっと進化できたようだ。


 まさか、【次元収納】が【時空魔法】へ結びつくキーになるとは思わなかった。確かに【次元収納】は、この世界とは違う亜空間のようなものだ。色んな物を仕舞ったり、時間という概念のない箱みたいなものだ。

 それが、繋がるとは重畳。

 早速、進化した【量子操作】を【次元収納】と複合させる。


 ピピッ──


【時空魔法を習得しました】


 やったぁ! 【時空魔法】を使えるようになったぞ!

 叡智様と日本にいた頃の知識を合わせても、2年かかるとは……流石、失われた古代魔法だと分かる。叡智様がいなかったら、分からないまま終わっていただろう。


 叡智様! 今、使える時空魔法は何?


〈現在使える時空魔法は、以下の通りとなります。

 次元収納

 時間停止ストップ


 え? これだけ? それはそうか。時間停止ストップって次元収納のみたいなものだろう。


 早速、時空魔法を使ってみることにした。

 足元にある石を投げて、時間を止めてみようと無詠唱で【時間停止ストップ】を唱えると、石がピタッと空中に浮かんだまま止まっていた。


 おおお──! これはっ!


 次に【火属性魔法:ファイア】も止めることが出来るのか、試してみたら停止した石と同じように止まっていた。

 これは……【時間停止ストップ】を食わされるとやばいかもしれない。

 だが、止まっていた火が10秒ほど経つと、元に戻るようだ。


 叡智様に【時間停止ストップ】について、調べてみたところ……


〈ある対象の時間を奪い、身動きを出来なくさせる魔法。しかも、停止された対象は、時間を奪られたことに気付くことが出来ない〉


 ……これは危険な匂いがする。


 時空魔法はユアの言う通り、目立つとまずいらしいのでバレないよう、ひっそりと時空魔法を磨いていく方針でいこう。

 うん。そうしよう。


 俺はそう言い、テントへ戻っていった。



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