50話 皇子とリフェルの過去

「はぁ……」


 俺は随分と、溜息を吐いてしまった。


 昨夜は3人一緒の部屋で寝たが、緊張のあまりに眠れず一睡も出来なかった。


 旅する時は見張り1人いや1人1匹か、仮眠は2人という交代制だったので、気楽だったが3人同時に一緒に寝るというのは今回が初めてだ。


 ユアとリフェルを見ると、熟睡できたのか幸せそうな顔つきになっていた。

 俺の目元がクマになっており、いかにも疲れている顔になっていた。

 こんな顔だと、オブリージュ第三皇子リヒトには見せない方がいいと思い、【回復魔法:ヒーリング】と【生活魔法:クリーン】を自らかけた。


 うん。少しは疲れが取れたかな。


 ユアが【共有念話】を常時発動して、俺に話しかけた。


「イツキさん、昨夜はぐっすり眠れましたか?」


「あ、うん。ぐっすり眠れましたよ」


 本当は一睡もできなかったけど、とりあえず誤魔化しておいた。


 リフェルの案内により、第三皇子がいる校舎のところへ向かう。

 総合学科と専門学科が一緒になっている校舎だ。


 見た目は、完全に大きなお城なんだけどね。


「ここだよ──! さ、入ろっか」とリフェルが門を開くと──

 俺たち3人ともヒクッと、引いてしまった。


 誰もいない大きなホールの奥に1人の少年が女神の銅像の前で、やや激しい懺悔をしていた。


「おお──! 女神様! 麗しき女神様……僕は存在価値があるのでしょうか。教えてください! 僕は要らない人なのでしょうか。それともクズなのでしょうか」


 そんな光景を眺めた俺たちは、【共有念話】で話し合った。


『向こうにいる少年って、リヒト殿下だよね?』


『ええ、そうです……』


『まだ、やってるんだ……』


 やたらと平伏していたり、立ち上がったり、ひざまずいたり、力んだり、なんとも忙しい懺悔だった。

 顔立ちが凛々しく、リリーナ皇女の面影を感じる少年。12歳あたりだろうか。


 呆れかえっていたリフェルが、懺悔している空気を打ち消すように声をかけた。


「リヒト! 何してるの?」


「あっ、リフェル先輩!」


 大きく目を丸くしたリヒトは、背筋をピンと立っていた。


「お久しぶりです。リフェル先輩。まさか、ここにいらっしゃるとは思いもしませんでした」


「リヒト! ディーナ法皇様からのお手紙があるみたいだよ。だから、イツキが持ってきてくれたよ!」


 俺は鞄から手紙を出すような仕草をしながら、【次元収納】を発動する。そして、その手紙をリヒトへ差し出した。


「あ、ありがとうございます。

 遠いところから、お手紙を持ってきて下さって……」


 受け取った手紙をその場で読む。読み終わった後、リヒトはキリっと真剣な表情を顔に浮かべた。


「申し遅れました。僕はシーズニア神聖法皇国オブリージュ王位継承順位第三皇子、リヒト・グランツ・オブリージュです。リヒトとお呼びください。

 ディーナ姉様の婿となられるイツキ様、はるばる遠くから、貴重なお手紙を届けて下さいまして、ありがとうございます」


 ん? 婿?


「待ちなさい。婿とは、どういう意味ですか?」


 ユアはとっさに、婿という言葉を過敏に感じた。


「え? 私が愛するイツキ様と書かれていたので、てっきり、ディーナ姉様の婚約者か、と思いましたが……」


「違います! 婚約者では、ありません!」


 きっぱり、否定するユアに、リフェルはニヒヒと笑っていた。


「なんです? リフェルさん! 笑うどころじゃないでしょう!」


「いや──、ユアって意外な面があるんだな──って思った」


「意外って、何ですか!?」


 ユアとリフェルが、ぎゃあぎゃあと言い争いしてる中、リヒトが失言してしまったのかとたじろいでしまった。


「あの──、何か……こちらの勘違いで、すみません」


「「何です!?」」


「ひっ」


 ユアとリフェルの睨みで、リヒトは後ずさりしてしまった。

 

 そんなリヒトを見た俺は、あれこれ考えた。何やら事情がありそうなので、リフェルに【念話】を飛ばした。


『リヒト殿下のことなんだけど、いつも、ああいう感じなの?』


『便利だね──! 念話って。こんな状況でも、誰にも気付かないまま念話って卑怯だわ──』


『あの──、聞いてます!?』


『あはは、ごめんごめん。リヒトは臆病だけど、可愛い後輩だからね。

 でも、他の人から見れば、恐れ多い存在なんだよ。ま、あたしは気にしないんだけどね』


 なるほど……。

 リヒトに詳しく聞いたところ、皇族は王族より高い地位であり、近寄りがたい存在らしい。

 ゆえに、周りとは気軽に付き合うことが難しいとリヒトは悩んでいた。


「そりゃあね、僕は王子ではなく皇子だからね。普通の王子とは違うんだ。立場が違うし……友達になりにくいんだよね」


 神聖法皇国の皇子と各国の王子とは立場が違うため、畏まってしまう王族が多いようだ。

 何故かリフェルだけは、気にしていないみたいだ。



 リヒトとイツキ一行は、学園都市や学生たちについて語り合っている。


 総合学科は王族や貴族が多く通っていて、平民出の学生は専門学科が通っているパターンが多い。

 リヒトは英才のようで、総合学科成績で総合1位だそうだ。そのせいで他の王族や貴族から尊敬の目で見つめられたり、妬んだり、悔しがられたり、色々あるようだ。

 

 どうして、そこで懺悔したのかと問いかけたら、自分の気持ちを整理しているからだそうで……。

 なるほど……こういうことを、日常的にしている人がいるんだな。


「イツキ様、今日はお会いできて大変嬉しく思いました。

 ディーナ姉様とリリーナ姉様のことをよろしくお願いします」


 晴れやかな顔つきになるリヒト殿下は、眩しかった。


「いえいえ、こちらこそ」


「リヒト! 誰にも負けずに勝つんだよ──!」


 リヒト殿下への挨拶を済ませたイツキ一行は学園を後にした。


 ◆ ◆ ◆ 


 学園都市からドワーフ王国ガドレアへの旅も、2ヵ月かかるため、イツキ一行は学園都市の市場にて、食材の仕入れや資金調達をしているところだ。


 美味しそうな果物や野菜が並べている店の前で、ユアとリフェルは目を輝かせた。


「ユア、これはいいよね?」


「いいでしょう。これも買っておきますか」


 そんな2人は、食材の買い出しをしていた。

 馬車には入りきれないほど結構な量となるが、イツキの【次元収納】というスキルがあるので気にせず、じゃんじゃんと台車に積んでいる。


「イツキがいると本当に助かる──。次元収納って滅多に見ないスキルだし、腐らないから、めちゃ便利!」


「ええ、便利ですね。馬車でも広々に座れますし、快適な旅ですね!」


 キャッキャッと喜んでいるユアとリフェルに、俺はやれやれとため息をついた。



『ご主人様っ、これも欲しいです!』


『ん? クー、何だい?』


 クーがぴょこんと可愛らしい手で指す方向を見やると、燻製された干し肉がメインの店だった。しかも、高級のやつだ。


『クー、これ欲しいの?』


『はいっ、ボクは肉食なので!』


 言うの、そこなんだ……オッケー。


 干し肉を1皿分、買おうと思った時、クーが俺の服の裾をカブッと噛んで引っ張った。


『ご主人様、それじゃ足りない……店ごと全部がいい!』


『ええ! ダメだよ! 多すぎ! 食べ過ぎると体に良くないよ』


 燻製された干し肉は栄養が高く、美味しい。

 ただ、食べ過ぎると肥満になりやすいし、身体に良くないからね。


『む──。じゃ、これぐらいでいい?』


 5皿分ぐらいの量か。それでイシュ金貨5枚か。結構、高いな……。まぁ、2ヶ月の旅になるわけだし、それなら仕方ないか。


『オッケー。買ってあげるよ!』


『ありがとう! ご主人様!』


 クーは俺の胸に飛び込み、ひしっと抱きしめる。ついでに尻尾フリフリしながら、俺の胸辺りにクンクンと嗅ぎつけていた。


「あら、クー。随分、甘えん坊ですね」


「イツキ! これも買ってきたから、入れてくれない?」


 ユアとリフェルは、既に買い出しが終わったようだ。

 台車の方を眺めると、野菜や肉がぎっしりと積んでいて、山のように盛り上げていた。


 うん、台車が山盛りになってるね……。

 

【次元収納】は量と大きさに制限があるらしい。どこまでなのか、まだ把握できていないが、これくらいなら大丈夫だろう。

 そう思った俺は頷き、台車ごと全て【次元収納】を使ってしまい込んだ。


「イツキっ! ありがとっ! 本当にすごいね。次元収納って」


「どういたしまして。あ、また御者をお願いしてもいいかな? ガドレアへ向かう途中の村まで結構だよ」


「もちろん! あたしにお任せを!」


 リフェルは嬉しそうに人差し指と中指を立ててVマークを作って、ビシッとした。



 ◆ ◆ ◆



「では、しゅっぱーつ!」


 リフェルは馬の手綱を握って、掛け声を出した。馬はヒヒーンと鳴き、走り始める。


 見晴らしが良く、どこへ見ても大草原だ。

 ガドレアへ向かう道路は馬車が走りやすいように、ちゃんと整備されていた。


「ヒヒーン! ヒヒンッ!」


 リフェルは、ご機嫌な馬兄弟の鼻息と長い尻尾がうるさく感じるようだ。


 大草原で走ってるから、気持ちいいんだろうね。

 

【共有念話】は本当に、便利なスキルだ。

 離れていても会話できるし、俺たちはそれで会話している。


『いい場所だね! 風が気持ちいい』


『ここあたりは見晴らしがとても良いので、魔物とか隠れるところが少ないのですよ』


『そうそう、学生の頃は、ここで剣術の訓練とかしていたよ。

 ほらほら! あそこの草はげているでしょ? あれ、あたしが剣さばきすぎて生えなくなってしまったんだ』


 リフェルが指差す方向を眺めると、広大な大草原に円が描いているようにはげていたり、線を描くようにはげていた。


 これってナ〇カの地上絵みたいになってません? 剣だけでこんなになるの? 


『すごいなぁ。リフェルって確か剣聖だよね。剣聖になる条件とかそういったものあるの?』


 リフェルは剣聖だ。どうして七星王になったのか、俺はその経緯を知りたくなった。


『んー、そうだね。話長くなるけどいいのかな?』


『長い旅になるので大丈夫でしょう。リフェルさん、私もイツキさんと同じく気になっています』


『分かった! んーっとね……』


 リフェルは学生の頃は剣聖ではなく、ただの剣士だった。

 学園都市にはいくつかのサークルがあり、彼女は剣術サークルで色々と活動していたようだ。


 剣術サークルというのは、剣の掟、礼儀作法、偉人とか色々と語り合ったり、剣を使って練習したりするサークル。


 リフェルはたった、2年で身につけてしまった。


『剣術は奥深い技だからね。普通、10年ぐらいは長い年月をかけて、習得するものだよ』


 剣術を身につけたリフェルは、英雄アローンの血筋もあって、剣術の天才と呼ばれていた。

 だが、リフェルは王の心得も習得しているため、礼儀をもって下の者にも、しっかりと指導したりしていた。

 そのせいなのか、リフェルを応援しようとファンクラブまで出来ていたとか。

 リヒト殿下も、その1人だと耳にしたときは目を丸くした。


 学園卒業するとアローン王国第二王女として戻られ、王女の執務の傍ら、剣術の指導にも励んだ。


 富国強兵に! とアローン王国騎士団に剣術の指導や模擬戦に明け暮れていた中、ある剣士がやってきて、果たし状を申し込まれた。


『その人、剣鬼だったらしくて、決闘を申し込む! と言われてびっくりしたんだよね』


 剣鬼は世界でも知られた大剣豪らしく、冒険者ランクといえばSSランクなんだそうだ。

 しかも、Sランクの天災級の魔物を討ち果たしたとか。


 ん? なんか聞いたことあるような……。


『もしかして、その剣鬼って、剣聖フリードですか?』


 ユアがそう言いやり、リフェルは『正解!』と人差し指を立てて、ビシッと指した。


『そうなんだよ。剣聖フリードに決闘申し込まれちゃって……思わず、受け取ったんだよね』


 頬をぼりぼりと掻きながら、答えるリフェル。


 ……え? 思わず受け取った?


 結果的にリフェルが勝ってしまい、【剣聖】という称号を得てしまったようだ。

 その日以来、リフェルは剣聖リフェルと呼ばれるようになった。


 七星王になるのはまだ先のようだが、あれから剣聖を目指す剣士たちから決闘の申し込みが増えてしまい、日々決闘に明け暮れてしまった。


『全勝だったせいで、光の大精霊獣様が来て、【七星王の南星】という称号を得ちゃったんだ』


 七星王になるとステータスやスキルも大幅にアップするらしく、最強の剣士となったリフェルは、誰にも敵わない存在になる。


 まるで、英雄アローンの再来と噂されるほどに。


『嬉しかったことは南星になってから、決闘の申し込みがパタッと来なくなったことだね! あれ、めんどくさかった』


 少女らしく笑うリフェルに、1つ疑問が生まれる。


『リフェルはどうして、俺たちと一緒に旅したかったの?』


 あんなに強いなら1人でも旅できるのに、どうして俺たちと一緒にいたかったのか疑問だった。


『あ──、あはは……。本音は、アローン王国から離れたかった。それと、イツキと一緒にいた方が楽しいかなと思ったからかな』


『でも、イツキさんは念話ばかりですよ? 声での会話は少ないのですが……』


『うーん、今更なんだよね。魔族2人を捕まえた上に、あたしたちを救ってくれた恩人なんだし、何か手伝いたいと思ったんだ』


 リフェルは南星の剣聖がゆえに、警戒される。

 敵側はリフェルをうまく抑えながらと用心深く、策謀をはかっていた。

 レジスタンスを煽ったり、戦争をふっかけたりしていたことは、リフェルでも防ぎようがない。

 それなのに、イツキ一行はすんなりと解決した。


 それがリフェルにとって、衝撃的だったようだ。


 神狼クーの嗅覚はSSランクに匹敵するスキルでもあり、イツキは【叡智】というスキルを持っている。

 そして、ユアはシーズニア大聖堂の神官にしか扱えない最上位である【神聖魔法:女神の鎖】を持っている。


 そんなパーティーは普通の冒険者ではないと、リフェルはそう考えていた。


『だから、まだまだ知らないことがあるんだなぁと痛感したんだ。あたしはイツキたちと一緒にいたいと思ってたんだ。改めて、これからもよろしくお願いします』


 手綱を置いて、俺たちの方に振り向き頭を下げたリフェルに、俺たちは歓迎の意を表した。


『俺も一緒にいて、楽しいと思ってるよ。こちらこそ、よろしくね』


『ええ、リフェルさんがいると心強いです』


『ボクもリフェルが好きだもん! だから、どこにも行かないでね!』


『ううっ──、ありがとう!』


 リフェルは喜悦の情で、胸が熱くなり涙ぐんだ。

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