45話 アローン国王の決断
イツキ一行が観光エリアの広場の路地にて、潜伏しているころ。
ロウは専有馬車に乗って、急いで走っていた。
走った矢先は──
いくつか並んでいる造形の凝った洋館の中心に、黄金に仕上げられていた玉ねぎのような形状の屋根。
カラフルな陶器に、金銀で縁取ったモザイク画の重厚な外壁の王城が威厳を放つ。
その王城は、もちろん国王を中心に王族が居住する城だ。
王城には、数え切れないほどの精鋭兵が緩みなく守りを固めている。
首都アローンの中心部である王城は防御系の結界が張られ、数多くの騎士たちも見張っていて、これまでにないほどビリビリとしている。
かなりの警戒態勢だ。
まるで、地雷の地を渡ろうとしているかのような緊張感であった。
そんなさなか、中核からやや離れている王族しか入室できないといわれる部屋に、国王と王妃、王女たちが集まっていた。
煌びやかな金色の装飾の大部屋であり、高い壁にはアローン王国の歴史を物語る巨大なタペストリーが飾られている。
それは卓越した技術をもって、多色の絹糸で絵画のように細かに織り込まれた布製の至宝。
これほどのものが私的部屋に飾られているとは、大国の王の財力や権力がいかに大きいかがわかる。
「レジスタンスめ! 余に隠しては勝手に決めつけおって……おまけに余を殺そうとするとはっ!」
ソファに座っている国王は、心許す家族の前で、本音をぶちまける。
最近といえば、国王を暗殺する黒装束らしき集団が現れた事だろうか。
一命を取り留めた国王陛下の不満が、さらに募るのだった。
アローン王国を治める国王の名は、コンスリェロ・シュバリエⅨ世。
威厳のある風貌にガッチリとした肉体だ。歳の割には若々しく衰えを感じさせぬほど、たくましい。
今日は女神の日であり、王族はきちんと休みとる慣わしだ。
それゆえに、勲章も身につけず軽装な恰好であった。
王妃がコンスリェロ国王に問うた。
「あなた、また同じ事を言ってますわよ。冒険者ギルドにまで、頼んでいたでしょう?」
「テレーゼ……。ああ、聖金貨5枚という大金を報酬にしてでも頼んだのだな」
テレーゼ王妃は、紅茶を嗜む姿が絵になるほど、うっとりするような美貌を備わっている。彼女も刺繍の入った淡い色の軽装なドレスを纏っていて、穏やかでかつ妙齢な女性だ。
テレーゼ王妃はやれやれと、コンスリェロ国王に冷静になるように諌めた。
「騎士団長方々のおかげで、私たちは助かっていますからね。それに、剣聖もいます。皆々のおかげさまで私達はこうして生きているのですから」
「そうだな。リフェルがいる。余はお前が側にいるから生きてこれたのだ」
「い、いえ! 私は……。父上が心配なのです」
照れ隠しをしているリフェルは、軽装なドレスを着ているが、腰際に剣を備わっている。
見るから、桔梗のように清楚で可憐。どこかで強さも感じさせる少女である。
そんな彼女はなんと、七星王の一人、南星の剣聖と呼ばれている。
コンスリェロ国王がぼやいた。
「しかし、困ったものだ。レジスタンスがまさか、戦争を辞さない意思を持っておようとは……。余が村を皆殺しにしていただと?
全くのでたらめだ! 諜報部隊にも分からないほど、巧妙に隠しておるのだろう
な」
テレーゼ王妃はうなずいた。
「ええ、レジスタンスは相当、誤解しているわ。
確たる証拠があるみたいです。国王であるあなたが、筆記されたと言われている【アッシュ村殲滅指令書】があるだなんて。これも何かの間違いでしょう」
「ああ、余はそんなもの書いた覚えがない。恐らく、レジスタンスのやり方だろう。そいつの誰かが余に成りすまして書いたのだろう」
そんな両陛下が打ち合わせをしている中、侍女から伝達が届く。
「陛下。ロウ様がお見えになりました」
「うむ、通せ」
ロウは汗だくになっていた。
かなり走ってきたのか、息が荒く肩も大きく揺らしている。
「はぁはぁ……。陛下、ついに掴めました」
「おおっ、ロウ殿! 余にすぐさま報告せよ」
コンスリェロ国王は良い報告を期待していたかように、目を輝かせる。
しかし、ロウは慌てていたかのような、ひどく深刻な表情を浮かべていた。イツキ一行が報告した内容をコンスリェロ国王に説明した。
説明するにつれて、コンスリェロ国王はみるみる表情が険しくなっていく。
「なんだと! 全ては、魔族の策謀だったのか!」
「はっ、陛下のご指令通りに、私が信頼できる冒険者に依頼しましたぞ。確たる証拠も確保しております」
ロウはそう言って、イツキ一行がフェーゴカジノで見つけた羊皮紙を差し出す。
テレーゼ王妃やリフェル王女までも青ざめた。
「なんてこと……レジスタンスの方も、完全な被害者ですわね」
「これは、戦争を起こしてはいけない事案ではないか!」
コンスリェロ国王はしばらく黙り込んでは思案をねり、ロウを見つめた。
「ロウよ、そなたの信頼する冒険者とは、どんな奴なのだ?
我が諜報部隊でさえ掴めなかったことを、短い期間で証拠を確保したとは……」
「はっ、ワシの信頼する冒険者でBランクじゃ。調査に関しては、かなり優れていると確信しております」
「何っ! Bランクだと? おかしいだろう。この依頼はAランクだぞ!」
「いえ、依頼した冒険者の名は、イツキ殿とユア殿であります。あと、異風を放す連れのチビ犬もおりました。シーズニア神聖法皇国オブリージュの筆頭冒険者と呼ばれ、冒険者登録時にCランクとして登録されている。
それから1か月で、Bランクへ異例の昇格をされておる。しかも冒険者として動き始めてまだ1年しか経っておらんのです」
ロウがイツキとユアについて説明をしたことで、聞いた皆は、驚きを隠せないほど騒めいた。
「なんだと……まるで、勇者の再来ではないか!」
コンスリェロ国王は、まるで勇者がこの世界に現れたのでは、と希望の眼差しを浮かべた。
「お二人様は一体、何者でしょう」
「イツキ……イツキというお方ね」
テレーゼ王妃は、どういう人物なのかと探るような顔つきになっていた。
リフェルはイツキのことを気になっており、名を覚えようとしていた。
コンスリェロ国王は、気を取り直してロウに問うた。
「イツキとユアについては分かった……では、魔族2人組はこれからどうするのだ?」
「はっ。魔族2人組についても、イツキ殿たちが解決してくれるでしょう」
「ほう……頼もしいな。こっちは、戦争を何とかせねばならぬな」
コンスリェロ国王は窓の方面の景色を眺め、アローン諜報部隊を呼びつける。
いわゆる、忍びを極めた特殊な部隊だ。
「騎士総団長ブルーノに伝えよ。直ちに戦を取り消せ! 全軍撤退するようにと」
「はっ!」
黒装束をまとっている諜報部隊の1人が頷き、その場で影のごとく消えていった。
◆ ◆ ◆
太陽が完全に沈み、暗くなっているころ。
あちこちに無数の松明が照らし、ゆらゆらと動いている。
アローン王国の近く、西側には誇り高きアローン王国軍が立ち並んでいた。
一方、森林沿いの東側では、レジスタンス軍1万人が威嚇するかのような掛け声を出しながら待機していた。
アローン王国は、無血で統一させた英雄アローン・シュバリエⅠ世が築いた国であった。
現在の王国軍は、3万の軍勢。
騎士総団長ブルーノの配下とし、3人の隊長が取りまとめている。
3人の隊長は遊撃、前衛、後衛の役割をそれぞれ担う。
総団長は全軍に、司令指揮をする形になっている。
総団長ブルーノが剣を天に上げた。
「陛下を暗殺しようとした敵は
「「「勝利を!!」」」
総団長ブルーノの号令に、軍勢はアローン王国から天へ届くかように声高く掛け合った。
一方、レジスタンス軍はアローン国王の国政に不満を持ち団結した、とても士気の高い集団だ。
幹部の1人として変装した魔族のレシェーナの煽りによって、成功しているゆえに狂気じみていた。
レジスタンスのリーダーは、アローン王国軍の軍勢に剣を向け、叫ぶ。
「村を焼き尽くし、子ども達を奴隷にしたアローン王国の醜態に耐えられない! そんな国は無くすべきだ! 狂王の独裁国家から解放を!!」
「「「解放を!!」」」
いよいよ、戦が始まろうとしていた。
その時、アローン王国の方面から光り輝く巨大な1つの柱が出現する。闇夜から1つの光によって、明るくなっていた。
そんな光景に気付いたアローン王国軍は、ざわめきを起こす。
総団長ブルーノが瞬きして、声を上げた。
「なんだ!? あれは?」
近くにいた騎士が目を凝らした。
「分かりません! あそこは……アローン王国の観光エリアあたりです!」
「なんだと! 爆発でも起きたのか?」
「いえっ、違います! あれは……神聖魔法です! 大聖堂の神官しか扱えないと言われている女神の鎖です!」
ブルーノが驚いて声を張り上げた。
「女神の鎖だとっ!」
混乱の真っ最中に、黒装束をまとった諜報部隊の1人が、総団長の前にスッと現れた。
「ブルーノ様、伝令です。陛下より命令がありました。戦をやめよ。直ちに全軍撤退せよ! とのことです」
「何っ! 何故だ! レジスタンス軍はどうするのだ!」
「問題ありません。我が部隊の配下がレジスタンス軍に忍び伝えますゆえ、詳細は陛下にお訪ねください」
「むう……仕方あるまい。総員! 撤退せよ!」
アローン王国軍3万人は、ざわつきながらもアローン王国へ撤退することになるのであった。
一方で、レジスタンス軍も混乱していた。
レジスタンス軍のリーダーは光景を眺め、怪訝な顔つきになっていた。
「どういうことだ? 何故、光の柱が出た後にアローン王国軍が引いたのだ?」
そばにいた剣士がつぶやいた。
「女神様が、神罰を下さったのか?」
「待て! 誰が来るぞ! 構えろ!」
レジスタンスのリーダーが身を構え、周りも警戒するとたん、影から人が現れた。
「ご安心下さい。我らはあなたの味方です。アローン王国軍は撤退しました。アローン国王陛下より伝言があります。今回の戦は、魔族の策謀によるものだという事が明らかになりました。お会いし、ぜひとも証拠を見せたいとのことです。
――では、王城にてお待ちしております」
黒装束をまとう諜報部隊の1人が告げ、煙のように消えていった。
「一体、なんなんだ……」
「あれはアローン王国の諜報部隊です。罠かもしれませんぞ」
「しかし、撤退した理由が魔族の策謀とは何なのか?」
周りが意見言い合いしている中、リーダーは冷静に考慮していた。
(この場は、向こうの案に乗るべきか。仮に罠としても、あの光は女神様の光だった。この神聖魔法は、シーズニア大聖堂の神官のみ扱えると言われる女神の鎖……なぜだ?)
リーダーは考えた末、意を決意し、周りに声を大きく告げた。
「よし、アローン王国の国王のところへ向かう! 我々は女神様の加護を授かった獅子の民! 証拠とやら、この目ではっきり見せてもらおうじゃないか!」
そう言い切り、レジスタンス軍はアローン王国へ向かうのだった。
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