41話 アローン王国調査

 表向きは観光と見せかけながら、色んな店の人や酒場の冒険者などに、聞き込み調査することにした。

 アローン王国は、海辺沿いの巨大な国家だった。


 王城周辺は、華美な洋館や広大な庭が連なっており、貴族や豪商などが住まうエリア。

 西側は、賭博場、酒場、娼などが集う娯楽エリア。

 北側は、職人や労働者が働くエリア。大きな工房や工場が、いくつか並んでいる。

 東側は、国民の人口が多く、奴隷などが住む住居エリア。孤児院を兼ねた教会もある。

 南側は、市場や各ギルド、宿屋、飲食店などが集う観光エリアとなっている。


 現在いる観光エリアから、北側の労働エリアまでは歩いて2時間かかるほどの距離であった。そのため、共同馬車を利用することが多い。日本といえば、循環バスみたいなものである。


 貴族は専有馬車をよく使う。いわゆる、タクシーみたいなものだね。

 何故か、俺たちにも専有馬車を自由に使えるようになっている。これも、Sランクの待遇らしい。

 ……ロウさん、経済的に大丈夫なのかと不安になるが、ありがたく使用させていただきます。


 まずは、娯楽エリアへ向かった。

 木組みの建物が沢山、並んでいるが、観光エリアと違って殆どが真っ白な建物であった。

 娯楽エリアは治安が悪い。だからなのか、周りから良く見えるようにわざと真っ白な景観だった。

 荒くれ者や娼婦、ガラの悪そうな冒険者、商人など色んな人が歩き回っていた。

 お金持ちそうな人に、声かける娼婦たち。

 ガラの悪そうな冒険者が、一緒に呑まないか? と女性グループに声かけたりしていた。


 なぜ、娯楽エリアなのかというと、暗殺集団の本拠地はここにあるんじゃないか、と俺はそう考え、調査することに至ったのである。

 俺の【魔力感知】とクーの【嗅覚感知】を使いながら、散歩した。

 ユアに【念話】で伝えた。


『へぇ、賭博場とか酒場とか色々あるんですね』

『私はあまり好まないです。治安が悪いですし……。見知らぬ男から、しつこく誘われたことがあります』

『ボク、ここ苦手。臭いがキツいよ』


 ユアとクーは、あまり好まないのか顔をしかめていた。

 確かに、観光エリアの方がずっとマシかもしれないね。


 瞬く間に、後ろに気配がした。振り返ると、ガラの悪そうな冒険者が立っていた。同じく、ガラの悪そうな女性の肩に腕で回して、エールを手に持って飲んでいた。


「おいおい、恋人同士で仔犬の散歩かよ。ここに来るの、間違ってないか?」


 ユアとクーを、さりげなく俺の後ろに引っ張った。


「いえ、間違ってないですよ。ここは、どんなところかなと観光しています」


 ガラの悪そうな冒険者は、ハハッとするように鼻で笑った。


「はっ、初めてか。ここは、やめた方がいいぜ! 俺らみたいなゴロツキが多くいるところだ。ひ弱そうな魔導士と聖職者と仔犬じゃあな」


 娯楽エリアとは一体……。


「娯楽エリアって、誰もが楽しめる地区じゃなかったんですか?」


 とりあえず、疑問をぶつけてみた。


「前はな。今は、不穏な状況になってることは知ってるよな? あれから娯楽エリアは、ナワバリになってる。時期が悪かったな」


 口悪い人だけど、やけに親切だな。

 なるほどね。今は警備も薄いし、王城あたりに固まっているかもしれないね。

 ただ、一つ、気になる事がある。


「すみませんが、ここのナワバリのリーダーは誰ですか?」

「おいおい、お前、まさかリーダーと戦うわけじゃないよな?」

「いえ、お話をしたいんです」


 ガラの悪そうな冒険者は一瞬、眉をひそめたが、そんな敵意はないと告げると安堵に変わった。

 

「今は難しいな。ここにはいないんだ」

「なるほど……もし、いたら案内してもらえると助かります」

「っ……そこまで、会いたいのか?」


 ガラの悪そうな冒険者は鋭い目つきで見つめるが、俺は真っ直ぐな目でうなずいた。


「仕方ねぇな……案内してやるよ。ついてこい!」


 ◆ ◆ ◆ 


 案内されたところは、賭博場であった。

 キャーキャーと奇声を上げる人間族の女性に、クソッと悔しげに賭博する犬耳の獣人族、喜色満面に飛び跳ねる小人族、色んな種族が賭博をしている。

 ガラの悪そうな冒険者が言った。


「ここは賭博場だ。フェーゴカジノと呼ばれているところだ。そこのオーナーが、リーダーってわけよ」


 フェーゴカジノは、賭博場のオーナーが仕切っている。

 そのオーナーが娯楽エリアのリーダーらしく、数多の冒険者を雇い、治安を維持しているそうだ。


 オーナーがいる執務室の前に立ち止まり、ガラの悪そうな冒険者がコツンコツンとノックをする。


「フェーゴ様、冒険者レッグズです。紹介したい者がいます。お時間いただけますか?」

「――レッグズか。通せ」


 レッグズがドアを開け、イツキとユア、クーを通らせた。


「ようこそ。フェーゴカジノへ。ワシの名はフェーゴだ。そちの名は?」


 趣味が悪そうな服を着ていて、横幅が広く、腹が出ている。

 成金のような印象を受けるほど、ゴツい指輪を何本かはめていた。


 俺たちは頭を軽く下げて挨拶した。


「イツキといいます」

「ユアと申します」


 フェーゴは、ニッコリと口元を上げて言った。


「ほう! お前らは、シーズニア神聖法皇国の筆頭冒険者2人組か!」

「「!!!」」


 何故、知ってる! と俺とユアは目を丸くした。

 クーも耳をピクンと立てた。


「くくく、ワシの情報網を甘く見るなよ。

 冒険者ギルドでトラブルがあっただろう? ロビーでギルドマスターがBランクの筆頭冒険者だとな。その仔犬も愛嬌があって、ツヤもいい」


 フェーゴはクーを見て、ニヤリと笑みを浮かべた。


「よく、ご存じで……。はい、私たちはBランクの冒険者です」


 ユアがそう口にすると、フェーゴは眉をひそめた。


「……Bランク冒険者様が、ワシに何か用かね?」

「このところ、不穏な状況だと聞きました。どんな状況なのか、私たちは何が不穏なのか分からないのです。先ほど、アローン王国へ入国したばかりですので……」


 俺は【超音波】と【韻律いんりつ】を組み合わせて進化したスキル【クリアボイス】を発動し、フェーゴに誤魔化した。

 耳にしたフェーゴは、レッグズに振り向いて問うた。


「それは真か?」

「はっ! 確かに、本当に分かっていないようでした。のんきに、あの仔犬の散歩をしていましたので」


 フェーゴはしばらく思案顔になり、俺たちを眺めた。


「不穏な状況と言われているが、実はな、アローン国王が他の国へ戦争を仕掛けているという噂がある。巡回の兵士と護衛騎士らが王城へ集められているようだ。

 恐らく、戦争の準備だろう。ワシはそう睨んでいる」


 え? 何か情報が違うぞ。……とりあえず、無言でうなずいた。


「事が起こらないよう、ワシは娯楽エリアには冒険者を雇い、治安を維持しておる」


 フェーゴは俺を見つめ、勧誘した。


「どうだ? ワシの下に働き、治安の維持に努めてくれないか? 報酬弾むぞ」


 俺はしばらく考え、密かにユアと【念話】をした。


『ユアさん、フェーゴの言ってる事、どう思います?

 俺はどう見ても、何か隠していると感じます。ロウさんには戦争とか、そういう話出ませんでしたし」

『私も混乱してます。状況が状況ですので、保留した方がいいかもしれません』


 そうだな。保留しよう。何よりも、戦争の利用されちゃ困るし。


「フェーゴさん、お誘いありがとうございます。

 ですが、ここに来たばかりですので、もう少し観光したいと思っています。その後で決めてもいいですか?」

「む、早まったか。そうか……観光したいのか」


 残念そうな顔に変わるフェーゴは、次の言葉を続けて言った。


「イツキ殿は金より観光とか、刺激を求める方のようだ。今までの冒険者を見て来たが、イツキ殿は珍しい」


 なぜか、感嘆するフェーゴに、俺は首を傾げた。


「珍しい……ですか?」

「うむ、ワシのところに来る冒険者は、金目当てだったからな。金を提示すれば、乗ってくる。

 ──のう?」


 フェーゴはそう言い、レッグズに振り向いて確認した。


「そうですね。フェーゴ様は、見合った金を提示して下さる。お陰で、生活に困ることはないですよ」


 レッグズは分かった上で、仕事を引き受けているようだ。

 

「イツキ殿とユア殿と話して楽しめた。今日は、引き下がってもいいぞ」

「はい。ありがとうございました」


 フェーゴは笑顔で軽く礼をし、俺たちも軽く頭を下げ、この場から後にしたのだった。


 ◆ ◆ ◆ 


 フェーゴは去ったイツキ達を見送り、しばらく時間が経った時、レッグズに口を開いた。


「こいつら、只者じゃないな」

「ええ、観光と言ってますが、本当に観光かどうか分かりませんね」


 イツキ達の前の顔とは裏に、フェーゴの本性を露わにしていた。

 アローン王国の娯楽エリアのリーダーがフェーゴなのは、全て自らの悪事を隠すためだ。

 まず、娯楽エリアの賑わいを高めて、利益を国に納めること、雇った冒険者を巡回することで、治安を保つ活動をすること、孤児院にも寄付するなどを地道に積み重ねてきた。

 そうして、国王陛下から信頼を得たのである。


 だが、全てはアローン王国を崩壊し、権力と国宝を奪うためだ。

 手に持っているグラスに果実酒を注ぎ、匂いを嗅ぎながら口にする。


「Bランク冒険者らしいが、油断するなよ。あの女の方を見ただろう? あの女はシーズニア大聖堂の神官だぞ」


 レッグズが目を見張った。


「大聖堂の神官ですと?」

「そうだ。あの男のせいで神官を辞めたのか、駆け落ちしたのか、どうなんだろうな」


 醜悪な笑みを浮かぶフェーゴは、グラスを飲み干してつぶやいた。


「あの仔犬も、なかなか立派なもんだぞ。いつか手に入れてやろう」


 続いて、グラスを頭上に上げ、眺めた。


「警戒を怠るなよ。計画を狂わなあかん。必ず、成功しなくてはな」

「はっ」

「それと計画を立ててくれた、かの御方が来週、女神の日に来ることになっている」


 レッグズが、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「これは、タイミング悪いですね……」

「そうだ、計画は延期はできない。剣聖がいなければ、良かったのだがな」

「剣聖ですか……確かに、今は国王を守っていますね」

「ああ、かの御方は剣聖がいなくなれば、計画は上手くできたと言っていた。だが、今は厳しいだろう。もう時間がない。向こうが今、始まろうとしているからな」


 そう言い、グラスを書斎の上へ置くフェーゴ。

 レッグズは、不安そうになった。


「勝つ見込みは、あるのでしょうか?」

「ははは、勝つか、負けるかはどうでもいいのだよ」


 滑稽こっけいわらうフェーゴは、手に持ったグラスに果実酒をふたたび注ぎまわす。

 レッグズは、悪そうな顔つきになった。


「それはそうですね。金を頂ければ、ついていきますよ」

「そうだ。金さえあれば、何でもできるからな」


 そうして、2人は高らかに嗤ったのだった。

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