40話 首都アローンの観光
冒険者ギルドの館から出たとたん、どっと疲れた。
酒場にいた冒険者たちは、最初から威圧的に教育をしようとした。
だが、俺たちがBランクだと知ると急変して、礼儀正しくなる。
俺たちが通りやすいように、冒険者たちがずらーっと、きれいに並んで道を作る光景に、俺はコントか! と思うような変貌ぶりさに、呆れるしかなかったのだから。
「あのさ、ここの冒険者ギルド達って、何か漫才とか、人を笑わせることに拘っているの?」
そう尋ねると、ユアは微笑んだ。
「ふふ、それはそうかも知れませんね」
「なんていうか、冒険者の定義が分からなくなってくる……。――まぁ、今日は観光しませんか? 地理に詳しくないし、知っておいた方がいいかなと」
「私も忘れていますし、そうしましょうか」
ユアはうなずいて、首都アローンの中心部へ向かった。
アローン首都の中で、最も大きい市場に着いた。
色とりどりの果物や野菜がたくさん売っている店、燻製した肉や魚屋、花屋などが並んでいて、結構賑わっていた。
人混みがあり、甘えん坊のクーを失うと危ないので、抱っこしながら歩く。
クーはすでによだれを垂らしながら、目をうるうると俺を見つめて、これも食べたい、これも買って、とおねだりした。
俺は苦笑いしながらも、ダーメと断りを入れる繰り返しだ。
そして、クーの大好物の前を素通りすると、尻尾をバタバタと激しく叩かれた。
ユアは、市場を眺めながらつぶやいた。
「やはり、ロウさんの言う通り、不穏な状況だと分かります。5年前と同じく賑やかですが、人が少ない気がします。子どももあまり見かけませんね」
「なるほど。5年前はもっと賑やかだったんだね」
納得しているうちに、市場の中で大きな店が見えた。
「美味しそうな野菜と果物がたくさんあるね! 無性に料理したくなります」
「あ、イツキさんは料理上手いんですよね。野営で過ごした時は、とても美味しくて……。イツキさんの料理をもう一度、味わいたいです」
『ボクもご主人様の料理、もっと食べたい!』
依頼の関係で野営していた時、俺はホーンディアという魔物の肉を料理していたのだ。鹿のような形をした魔物だが、その肉が美味しい。
味も鹿肉に似ているので、【叡智】スキルでレシピを教えてもらい、鹿を使ったジビエ料理として再現したのである。
ただし、調味料があまりなく、鹿肉のステーキしか再現出来なかったのが悔やまれる。
日本では鹿肉カレーが有名だ。それを再現したいと密かに思ってる。
ユアは幸せそうな顔をして、「ん~」と頬を手で当てながら喜んでくれたし、クーも美味そうにガツガツと食べていたからね。
これからは長い旅先になりそうだから、食材を買い占めようと思う。
【次元収納】があるから、賞味期限とかは気にしなくてもいいし。
俺はユアに、【共有念話】をお願いした。
次に、【超音波】と【韻律】スキルを組み合わせて進化させた【クリアボイス】スキルを発動し、果物と野菜が揃う大きな店へ買い出しに向かった。
店番が笑顔で挨拶する。
「いらっしゃい! ここは果物と野菜を扱う店だよ」
俺も一礼して、あちこちにある野菜や果物を指さして言った。
「これを10個、これも15個、あれも12個お願いします」
「おや、多いね。食べきれるのかい?」
店のオーナーは心配そうに聞いてくるが、問題ない。俺は【次元収納】があるから大丈夫だ。
これは秘密にしておきたいので、「大丈夫です」と、さらりと答えた。
瞬く間に、オーナーがちょっと! ちょっと! と慌てたように呼びかけた。
「あんたの足元に可愛い仔犬がいるみたいだけど、飼い主なのかい?」
「ええ、そうです」
オーナーは青ざめた。
「これはまずいよ! 野良犬だと勘違いして、巡回の兵士とか荒くれ者とか連れていかれちゃうよ!」
「えっ、そうなのですか?」
「はぁ、あんたは平和なところから来たのかい?
この仔犬はツヤもいいし、愛嬌があるから、奴隷販売されちまうよ。飼い主だと証明するために、首輪をつけるといいよ!」
呆れながら助言するオーナーに、俺はうなずいた。
「すみません。ありがとうございます」
「いいって。首輪が売っているところは、向こうにあるよ」
オーナーが指さした方向を見ると、犬や獣などを扱う店のようだった。
2階建ての木組みの黄色い建物だ。ペットショップと言っていいだろうか。
そこの店へ入店すると、メイドの服装を着こなしている猫耳の獣人族の店員が、「いらっしゃいませ~ニャ」と猫のように可愛らしい仕草で招いた。
おお! 猫耳の獣人族なんて、初めて見た!
うっ、後ろに不穏な気配が……。後ろへ振り向くと、ユアがジト目で見つめていた。
なんか、まずいことしたかな。
猫耳の獣人族のこと猫人族の店員が、可愛らしく上目遣いで問うた。
「本日は、何か御用でしょうかニャ?」
「はい。うちのクーを身につける首輪とか、探しています」
猫耳の店員がニッコリと微笑んだ。
その微笑みが、可愛らしく微笑ましくなった。
「首輪なら色々あり……………………」
突然、言葉が切れるような感じになったことで、戸惑ってしまう。
猫人族の店員が首を傾げた。
「ど………ま………たか?」
「すみません。もう一度、言ってくれませんか?」
「あ、…………か? …………よ」
あれ、いつもより言ってることが分からない。
もしかして……【共有念話】切れた?
全く耳が聞こえない状態になってしまったことを気付き、ユアに振り向くとプイと知らんぷりしていた。
補聴器の電池もないので、身に着けていない。
そのため、ユアの【共有念話】が頼りになっている状況の中で中断させたのだ。
ユアさん、ひどい……。
ユアはそんな俺を無視し、猫耳の店員に問うた。
「クーに合った首輪とか、そういうのを売っていますか?」
全く状況が掴めていない猫人族の店員が、ハッとするように尻尾がピンと立てた。
「あ、はい。首輪ですニャね! 色々な効果のある首輪なんですが、その仔犬は何か役割とかありますかニャ?」
「そうですね……ちょっと、確認しますね」
ユアは【念話】で、クーに尋ねる。
『クー、特技とか何か役割とかあります?』
『ボク? ……ボクは暗黒魔法、氷魔法が得意かな?』
頭を斜めにしながら曖昧な答えを出すクーに、ユアはうん! 決まりね! と笑った。
ユアが猫人族の店員にお願いする。
「魔法属性を高める首輪があるといいですね。あと、弱体耐性とか性能があると助かります」
「はい! ありますニャ! ちょっと待ってくださいニャ」
猫人族の店員が、ぴょんと店の奥へ向かった。
ユアが振り返って【念話】で伝えた。
『イツキさん、首輪あるようです。クーが喜ぶといいですね!』
『あ、はい。あってよかったです……』
何事もなかったように、ニッコリと微笑みながら状況を告げるユアに一瞬、恐怖を感じた。
しばらくして、猫人族の店員が戻ってきた。
「お待たせいたしましたニャ! お似合いの首輪はこれですニャ」
カウンターの上に、首輪が2つ置かれていたので、それらを【鑑定】してみた。
【魔導の首輪】 Dランク 金貨3枚
魔力と精神をやや高める。
【星屑の首輪】Bランク 金貨15枚
聖なる星から降ってきた鉱石から作られている。癒しの効果があり、魔力と精神を高める作用がある。
鑑定を終えた俺は、2つの首輪を見つめながら思考する。
うーん。性能としては、星屑の首輪がいいかもしれない。でも、金貨15枚は高いな。お金を選ぶか、性能を選ぶかになるよね。
『私としては、星屑の首輪がいいかなと思います』
だよね。俺もそう思う。
暗殺集団を嗅ぎ分けるために、クーを少しでも助けてあげたいもんな。
「じゃあ、星屑の首輪をお願いします」
俺はそう言って、金貨15枚をカウンター上に置いた。
「まいどありーニャ!」
クーが嬉しそうには尻尾をブンブン振りながら、俺とユアの方へ懐いた。
『ご主人様! ユア様! ボクに首輪を買ってくれてありがとう!』
嬉しそうに飛び跳ねるクーに俺とユアは和やかになるのであった。
◆ ◆ ◆
日が沈み、松明のような灯りがあちこち灯り始めてきた頃、ロウが紹介してくれた宿屋【アトリエイト】へ向かう。
赤い木組みの5階の建物に、窓の枠とドアが青い。カラフルで結構大きい建物であった。
早速、入店すると受付嬢がにこやかに、
「いらっしゃいませ!」と歓迎してくれた。
ユアが言った。
「ロウさんのご紹介で来ました。二人部屋をお願いします」
「かしこまりました。冒険者ギルドマスター、ロウ様より伺っています。
宿泊料は依頼完了まで無料となります。早速、お部屋へご案内しましょう」
えっ、こんなに待遇あるの!?
『これは……、私たちはSランクの待遇扱いにされていますね』
『へぇ、これがSランクの待遇なんだ』
そこの宿屋は結構、値が張るところらしい。
部屋に入ると、豪華な部屋であった。
『おお! 結構、立派な部屋だね』
『ええ、私もです。こんな立派なところ、泊まってもいいのでしょうか……』
部屋は真っ白な壁、造形の凝った2つのベットに、食卓と椅子2脚が並んでいた。
バルコニーにも小さな食卓や椅子が置かれている。
5階の部屋なので、見下ろすと結構高い。
窓の向こうには、松明のような灯りが散りばめられた街並みに、カラフルな建物が並ぶ景色とマッチしていて、幻想的な雰囲気だった。
バルコニーで、ワイン飲むのにピッタリだ。
部屋中を色々眺めると、風呂もあるようで思わずホッとしたとたん、
こ、これは──。
風呂はバスタブのみで、床は真っ白なタイル貼り。なんと、壁が付いておらず、ベッドからは丸見えだ。
ユアの方を振り向くと、恥ずかしそうに赤く染まっていた。
──これは恥ずかしいよね。
『ユアさん、風呂へ入りたいときは教えて下さい。俺はクーと一緒に一階の食堂に行きますので』
俺はユアにさりげなく安心させようと伝えた。
『あ……、あ、ありがとう……』
返答がぎごちなく、何で、もじもじするんだろうと首を傾げた。
その時、俺の足にクーが丸まった手で、チョンチョンとついてくる。
『ねぇねぇ。ボクは、ご主人様と一緒?』
クーは、俺の目をうるうると見つめて、尻尾もフリフリと振った。可愛らしく天使のようで思わず見惚れた。
『そうだよ、クー! 一緒に風呂入ろう! 綺麗に流してあげるよ』
『私も綺麗に流してあげます!』
えっ?
『えっ?』
俺とクーは思わず、ユアを見つめた。
『はぅ……あ、大丈夫ですよ! 服を着ていれば大丈夫ですから』
あ、そういうことね。ユアもクーのこと可愛がっているし、一緒に流したかったんだろう。
納得したのか、うんうんと頷いていたイツキだったが、ユアは相変わらず悶々としていた。
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