37話 奴隷商人

 奴隷が多くいた。

 老若男女問わず、ボロ布を着ていた人、元貴族を思わせるような豪華でかつ古錆びた衣装を着ている人、年端もいかない子どもも何人かいる。

 そんな彼らは、なぜか、自己紹介の練習をしていた。

 

 優しげな雰囲気を出している教官らしい男性が、ぼろ布を着ている女性に向けた。


「31番、自己紹介してください」

「部屋掃除が得意です。どんなに汚れた部屋でも綺麗にするスキルを持っています」

「よし、合格です」

「ありがとうございます!」


 教官がニッコリと微笑んで褒めていた。次に、元貴族らしき奴隷へ振り向いて言った。


「32番、自己紹介してください」

「作物や家畜を育てるスキルをもっています。作物と家畜は、お任せください」

「ふむ、農業に関わる商人が良いですね」

「はい! ありがとうございます」


 奴隷は嬉しそうに頭を下げた。

 そうして、複数の奴隷たちに自己紹介させたり、助言したりしているのであった。


 俺はそんな光景を見て、唖然としてしまった。

 なんで、奴隷同士で自己紹介の練習をしているんだ……。


 奴隷たちに教育していた教官が、俺たちに気付いたのか振り向いて尋ねた。


「おや、君達は?」

「こちらは、イツキ様とユア様です。希望奴隷を見てみたいということで、お連れいたしました」


 船員がイツキ一行を紹介すると、奴隷商人は目を輝かせた。


「おお! 君達はBランク冒険者様か! 私はなんて、幸運だろう」


 なぜか、崇高されてるんだけど……。


 ユアはペコリと頭を下げた。


「私はユアと言います。彼はイツキさんです。よろしくお願いします」

「どういたしまして。私は奴隷を生業としている商人です。名はオルデレークといいます」


 オルデレークという奴隷商人は、奴隷を育成し、資産のある商人や貴族、王族を相手に商売をしているのであった。


「奴隷は貴重な宝です。奴隷に夢を与えて、実現させることも我々の仕事なんですよ」


 前向きな言葉を語るオルデレークに、なんだか胡散臭いなと感じた。

 首を傾げながらも【クリアボイス】で尋ねた。


「どうして夢を与えるのが、仕事なんですか?」


 オルデレークは、キリっと真剣な眼差しで答えた。


「希望奴隷は、家族が魔物や山賊に殺されてしまい1人では生きることが出来なくなった人、様々な不遇に見舞われた人が沢山います。私はそのような人たちが、優秀奴隷になるよう育てているのです」


 希望奴隷たちを眺めると、確かに希望に満ちた目をしている。

 続いて、オルデレークがにこやかに微笑んで、手を差し伸べた。


「何か、ご縁がありますから。再び、会えるでしょう。是非とも、我が店へお越し下さいませ。とびっきり良い奴隷を紹介いたしますよ」

「あ、いえ……」


 俺は戸惑いながらも握手した。 

 そうして、店舗の場所を教わり、奴隷部屋を後にしたのだった。



 ◆ ◆ ◆ 



 船のデッキにて海を眺めながら、ユアと紅茶を嗜んでいた。

 渡り鳥が飛んでいくのが見えたとたん、船室から「カーンカーン」と鐘が鳴り始めた。

 ユアは鐘の音に気付いて、俺に【念話】で伝えた。


『イツキさん。鐘が鳴りました。もうすぐイシュタリア大陸に到着しますよ』


 船上から地平線に沿って眺めると、確かに大陸が見えた。広大な森が、大陸全体を覆っている。

 船室から音声拡張魔法でアナウンスが流れた。


「まもなく、イシュタリア大陸~~。アローン王国の港へ到着します~~。お忘れ物のないよう、ご準備をお願いします~~」

「うっ……」


 船室の近くにいたため、かなり大音量だったのか、ユアは顔を歪むほど耳を抑えていた。

 だが、俺は僅かにしか聞こえなかった。

 僅かに聞こえたからといっても、何言ってるか全然分からなかったが……。

 

『ユアさん、メガホンみたいな魔法ってあるのですか?』

『メ、メガホン?』

『あ、音を大きくする魔法です』

『なるほど。メガホンというのですね。先程の声が凄く大きかったですね。イツキさんは平気のようでしたが、あれくらいの音だと、聞こえるのですか?』


『そうですね。少し聞こえるぐらいかな』


 そう言うと、ユアは目を丸くした。


『えっ、その程度なんですか……』

『あ、はい。そうです』

『これは、場合によっては頼もしいかもしれません』

『頼もしい、ですか?』

『幻獣や竜などの咆哮や叫びに対して、無効化できるという事です』


 竜の咆哮は、音を使って対象を麻痺させたり、怯ませたりする。一方で、幻獣の叫び声は音を立てて、対象を幻や混乱状態にさせるそうだ。

 それは音を使うスキルのため、耳が遠いイツキにとっては無効になるのであった。つまり、音による攻撃は全て無効になれるということだろう。

 たが、もう一つの特殊スキルを持っていることをユアは知らない。

 それはイツキが既に【女神の加護】を賜っていることを。おそらく、そのスキルで護られるのも大きいに違いない。


 ユアは、ちょっと得意げに説明を続けた。


『それだけでありません。音を使って相手を状態異常にさせる魔導具もあるのですよ』


 ユアの話を聞くと、どうやら、暗殺や潜伏などに有効な音を使うスキルや魔導具も結構あるらしい。

 それらを無効化にできるイツキのことを心強いと、ユアはそう感じていたのであった。


 やがて、イシュタリア大陸に足を踏み入れたのだった。

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