幕間 ディーナ法皇とリリーナ皇女

 柔らかで、清々しい日差しがさぁっと降り注ぐ。

 大教会の中庭には、彩りのある花が辺り一面、キラキラと光っていた。


 リリーナ皇女は、大教会にある皇女の間にて、のんびりと過ごしていた。

 煌びやかな天蓋ベッド、散りばめられた花びらのようなソファ、金細工が施された背の低い卓がいくつか並んでいる。

 ソファに座っているリリーナ皇女は、窓越しの中庭を眺めていた。


「つまんないなぁ……。何かいい刺激あるかなぁ? うーん、外歩きするわ」


 リリーナ皇女は、刺激が欲しくなり、暇つぶしのために無断外出しようと考えた。

 扉の前に立つ護衛の聖騎士に、お留守番してね! 私、出かけるからと伝えたとたん、聖騎士は困惑し、「いけません! それは困ります」と止めようとした。

 だが、リリーナ皇女は、ニッコリと仕事なくなるよ? と脅迫するかような邪悪な微笑みを見せた。

 そんなリリーナ皇女を見つめた聖騎士はサァ──っと、青ざめてしまい、コクコクとうなずいた。


 リリーナ皇女は「では、いってきます~~」と微笑んで外出したのち、青ざめた聖騎士は慌てて、ガイゼルのところへ向かった。


「ガイゼル様! リリーナ殿下が勝手に、外出されましたっ!」。

「ま、またか――!  あのお転婆皇女様はっ!」


 聖騎士からの報告を聞いたガイゼルは、部屋が轟くかように叫び、すぐさまリリーナ皇女を探しに向かうのだった。


 ◆ ◆ ◆


 リリーナ皇女は、街歩きをしながら、焼いた鶏肉のようなものを手に、頬張りながら歩いていた。いわゆる、焼き鳥であった。

 食べ物から洋服など、色々な店へ巡りまわるのが、唯一の楽しみの1つとなっている。


「ん──、やっぱり、外歩きは楽しいね!」


 リリーナ皇女は街並みの光景を眺めながら、美味しそうに頬張っている。


 ある路地裏の入り口の方を眺めると、子どもたちが焼き鳥をジッと見つめていることに気付く。

 リリーナ皇女は食べたいのかなと思い、焼き鳥を与えようとした。その時、荒くれ者2人組が現れた。


「おい! 食べ物を与えんじゃねぇ! お前を奴隷市場へ売ってやる」

「ひっ……」


 荒くれ者2人組は、リリーナ皇女をつかまえようとし、リリーナ皇女は恐怖を感じ、その場から逃げようとした。

 ささっと逃げる後ろ姿を見た荒くれ者2人組は、顔を見られたことに怒り狂い追おうとした。


 そこで、イツキと出会うことになったのである。

 救われたリリーナ皇女は、イツキのことを運命の人だと感じていた。

 まさに、一目惚れである。


 見た目もかっこいいし、ああ、王子様だと……まさかシニフィ語が使えるなんて、これは運命的な出会いだわ! と心を奪われた。


 そんな時、ガイゼルがやってきて、大教会へ連れ帰され、吠えた。


「何やっとんですか──!」


 ガイゼルが怒鳴っているのに関わらず、リリーナ皇女は陶然としていて、全く耳に入っていない。

 そんな光景を見つめた、ディーナ法皇も軽くため息をついた。


「リリーナ、街歩きは楽しめましたか?」


 ディーナ法皇が優しげに問いかけると、リリーナ皇女はうっとりとしたような顔つきのまま、これまでの経緯を説明した。


(リリーナがここまで惚れる御方とは、どんな人なのでしょうか……これは一目、見なければなりませんね)


 ディーナ法皇はリリーナのことを心配するゆえに、その御方と会ってみますかと提案する。どんな人物か、見極めるためだ。


 だが、リリーナ皇女にとっては、歓喜に浸っている。ゆえに、ボーッと陶然していた。

 そんなリリーナを見て、ディーナ法皇は、こんなに乙女になるなんて……やれやれと頭を振っていた。


 ディーナ法皇も、イツキとはどんな人物なのか、気になりつつあった。


 ◆ ◆ ◆


 引見の刻が迫る頃、ディーナ法皇とリリーナ皇女は法皇の間にて、紅茶を嗜んでいた。


「リリーナ、もうすぐイツキ様とユア様が来ます。心の準備はどうですか?」


 ディーナ法皇は優しげに微笑みながら、気にかける。リリーナ皇女はポッと頬を染めながら、こくりとうなずいた。


「ディーナ陛下、リリーナ殿下。イツキ様とユア様がお見えになりました」


 侍女がやってきて、イツキ一行が来た事を告げる。

 ディーナ法皇は侍女にありがとうと、にこやかに微笑む。侍女はディーナ法皇の美しき微笑みに、酔いしれていた。


「さぁ、行きましょう。リリーナ、食卓の間でご準備くださいね」


 そう言い、リリーナ皇女は「うんっ!」と何か決意をしたかようにうなずいた。


 謁見の間にて、玉座に腰掛けたディーナ法皇はイツキとユアを眺めた。


(イツキ様は本当に、誠実な御方ですね。この日の為に、練習して来たことが分かります)


 ディーナ法皇はイツキのことを、高評価のようだ。

 引見が終わり、リリーナ皇女を呼び込もうとした時、「王子様……」と乙女らしく、目がきらきらとしていた。


(ふふっ、リリーナは恋に芽生えたようです)


「リリーナ、祈りの儀式にも、イツキ様に護衛をさせますか?」


 ディーナ法皇が提案すると、リリーナ皇女は勢いよく、うんうん! と喜んだ。


(ああ、困りましたね。もう周りが見えていません。さて、イツキ様の話を完璧に、聞き取りましょう)


 ディーナ法皇は【言語理解】と【完全会話成立】のスキルを発動させる。

 彼女はドワーフ族、エルフ族、海神族、小人族などの様々な種族と関わりが多い。全ての種族には、言語が異なるらしい。

 例え、どんな言語でも言葉が通じなくても、【完全会話成立】スキルを発動すれば、何でも通じることができるのだ。


 ディーナ法皇とイツキとの会話のやりとりを見つめたリリーナ皇女は、目を丸くした。


(イツキ様が感動してらっしゃる……ディーナお姉様って凄いのね)


 そう、リリーナ皇女にとって、ディーナ法皇は一生敵わないお姉様だ。

 故に憧れているのだから。


 ◆ ◆ ◆ 

 

 御年15を迎え、祈りの儀式に入る頃、リリーナ皇女が跪きながら祈ると、一瞬、周りの空間が真っ白になった。


(えっ! ここはどこ? さっきまで祈りの間にいたのに)


 真っ白な空間から、やがて、金色の花が一面に広がっていく。ダイヤモンドの粉のように、散りばめられている空間に変わった。


「ようこそ。我が天上界へ。私は女神ディネヘレゥーネよ」


 リリーナ皇女が透き通るような声を聞こえ、思わず緊張してしまった。


「めっ、女神様っ! はっ、初めまして! 私はリリーナ・ジュエル・オブリージュと申しますっ!」

「リリーナ。私は、其方が生まれた時から知ってます。ずっと見ていましたよ。よくぞ、ここまで成長しましたね」

「あっ、ありがとうございます……」


 ディネヘレゥーネは悲しげな笑みを浮かべて、つぶやいた。


「リリーナ、其方はイツキと共に過ごしたいと考えているでしょう。または、共に旅立ちたいとでも」

「……はい」

「其方のために断言します。イツキは、これから危険な旅になる。リリーナもお供にしたら、危険度は更に増すでしょう。其方がイツキを心から思っているのであれば、まずは、無事に帰ってくることを祈りなさい。これが、其方の出来ることです」


(一緒に旅したかったけど、イツキさんのためにならないのね……)


 ディネヘレゥーネはニコっと微笑んで、手を小さく振った。


「良き人生を。ディネヘレゥーネは、其方を見守ってます──」


 空間がぼんやりとし、真っ暗になっていく。

 リリーナ皇女がゆっくりと目を開けると、見慣れた光景――祈りの間だった。


 イツキとはしばらく、会えないことを寂しくなってしまったリリーナ皇女は、イツキについ甘えてしまう。

 だが、彼から忘れないって告げられたことで、天にも昇る心地になり、ぎゅっと抱きしめるのだった。


 イツキ一行が旅立った後、リリーナ皇女は大教会の祈祷の間で毎日、イツキの無事を祈り続けていたのだった。

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