35話 イシュタリア大陸へ船旅・出発前

 神聖法皇国オブリージュは、本当にいい国だった。

 優しい人、人情溢れて気前がよく、良い人に恵まれていたな。

 この国の住人からもたくさん、嬉しい言葉を頂いた。


「旅立つのか。寂しくなるな。また帰って来いよ!」

「イツキさん! お気をつけてください!」

「イツキさん! 美味しい店がありますので、一緒に食べませんか?」


 1年ほど滞在して、すっかりと住民と仲良くなったし、会釈するほどの知り合いが増えた。


「リリーナ殿下の未来の王子様だってさ」

「ああ、冒険者登録において、ギルドマスターに太鼓判を押され、一気にCランクへ昇格だって聞いたぞ」

「数多ある依頼をこなし、たった1か月でBランクに昇格する異例の速さじゃないか?」

「おい、聞いたか? リリーナ皇女様と何やら、手の形を作ったり、何らかを示しているんだが、分かるか?」


 と、いったような噂の持ちきりだ。当然、周りは興味津々だった。

 イツキとリリーナ皇女がシニフィ語で、語りあう現場を発見した民衆はこんな声を上げていた。


「何を話しているのか、全然分からねぇ」

「あれは暗号じゃないのか?」

「聞いたことがあるぞ。シニフィール族の言語らしいぞ」


【シニフィ語とは、シニフィール族が手や腕の動きを中心に、頭や表情、口、上体などの動きによって表現する言語となっている】


 ◆ ◆ ◆


 ガルドの出会いで、俺はドワーフ王国ガドレアへ旅立とうと考えている。

 旅立つ前に、お世話になった人へ挨拶しているところだ。

 冒険者ギルドマスターのシリウスは称賛してくれた。

【念話】でだけどね。


『お前の活躍ぶりは、良い刺激になった。俺の心を揺さぶるとは大したものだ』


 さらに、厳しい顔つきになり、忠告する。


『イシュタリア大陸はシーズニア大陸と違って、広大な大陸だ。荒くれ者や山賊もいても、おかしくない。イツキ殿なら大丈夫かも知れんが、油断せぬようにな』


 シリウスの多大な励ましに、俺は感謝を込めて頭を下げた。


『ありがとうございます! シリウスさん、大変お世話になりました!』

『何かあったら、各所にあるギルドへ向かうといい。何か、助けがあるかも知れん』

『はいっ!』

『ガドレアには、俺の友人がいる。ガルドってやつだ。そこに神級鍛冶がいるので、紹介してもらうといいぞ』

『神級鍛冶?』

『神級鍛冶のこと、知らないのか?』


 ……叡智様! 教えてください!


〈神級鍛冶とは、女神に認められた唯一の職人です。鍛冶を極め、神に最も近い力を備えた武器を作り上げることができる職人といいます〉


 なるほど。鍛冶の神みたいなものかな?

 そのことをシリウスに答えると、感心したかように笑った。


『おお! そういう事だ。イツキ殿は本当に物知りだな』


 シリウスは俺の背中を手のひらで、バンバンと叩いた。

 あの……痛いですよ!


『神級鍛冶の方は七星王の1人である、東星の鍛冶王だからな。ガルドは、そいつと仲が良い。会うと良いぞ』


 んん? 七星王? 【叡智】を発動してみると、


〈七星王とは、世界に選ばれた七人のこと。鍛冶王とは鍛冶を極めた者の一人であり、東星の鍛冶王と呼ばれています〉


 そういうことなのか。そんな人と会う訳だから、すごく楽しみだ。


 ◆ ◆ ◆ 


 ディーナ法皇とリリーナ皇女までも俺たちを見送ってくれた。


「ごきげんよう。イツキ様、旅立つのですね。寂しくなります」


《イツキさん! ご無事を祈ってます》


 二人とも、悲しげな微笑みを浮かべていた。


 ディーナ法皇は、手元にある手紙を俺に渡して言った。


「アローン王国の学園都市には、第三皇子のリヒトがおります。もしも、リヒトとお会いできるとしたら、是非ともお渡し頂けますか?」


 1つ加えて。


「それと……イツキ様」と呟き、俺の顔の近くにより、頬に柔らかい唇を触れる。

 ディーナ法皇は満悦の表情を浮かべ、桃色のように輝いていた。


「ふふ、ご無事をお祈り申し上げます」


「「「!!!」」」


 俺は、びっくりしすぎたのか、体が固まってしまった。

 ジトッと、目を細めているリリーナ皇女が声を張り上げた。


「お姉様っ! どういうことですかっ! なんで接吻するのっっ!」


 ユアまでも、目を丸くしたとたん、無表情に変わった。


「ディーナ陛下、これは私も了承しかねます」


 そんな二人を眺めた、ディーナ法皇は悪戯っぽく微笑んだ。


「これはイツキ様に、女神様の祝福を与えたのですよ。そう、まじないです」

「ちがーう! うそだ──! 今まで見たことないよっ!」


 リリーナ皇女は、認めたくないとわめいた。


「アタシも接吻してやるっ!」と言いながら、シニフィ語で身振り手振りした。

《イツキさん、アタシに接吻して!》

 と俺に猛スピードで迫ってきた。

 リリーナ皇女はまるで猛獣のようだった。


 もちろん、ユアが猛獣使いになる。


「リリーナ皇女様、それはいけません」


 猛スピードを出したリリーナ皇女をさりげなく、後ろ襟をむんずと掴み、拘束したユア。


「うう──、アタシの王子様はどこに行ったの……」


 掴まれて、ぶら下がっているリリーナ皇女は、しょんぼりとうなだれてしまった。


 ディーナ法皇はからかうような笑みでなぐさめた。


「リリーナ、貴方はせっかちです。本当の王子様でしたら、唇を触れ合わせるでしょう?」


 そう慰めると、リリーナ皇女の耳がピクンとし、ディーナ法皇へ顔を向けた。本当? と言いたげな顔だった。

 ディーナ法皇が言った。


「イツキ様、リリーナはイツキ様の旅が終わったら、大教会で共に暮らして欲しいそうです。

 わたくしも貴方と、共に過ごしたいと心から思っています。もちろん、ユア様もです」


 俺とユアは、思わず目を丸くした。


 えっ……それは……。


「それは私には相応しくないかと思います。私はしがない冒険者ですし……リリーナは皇族のお方。立場が違うかなと私は思います」


 やんわりと避けようと上手く言葉を選んだが、俺の発言により、リリーナは先ほどより、がっくりとうなだれてしまった。

 それでも、ディーナ法皇とリリーナ皇女は諦めない。皇族の威信にかけて!


「ふふ、大丈夫ですよ。イツキ様は異世界からの来訪者様。それは揺るぎないものです」

《そうです! アタシは、イツキさんと一緒に住みたい!》


 そう言ってくれるなんて、本当に嬉しい。でも……


「旅が終わったら、大聖堂の近くでのんびり過ごしたいと思っています。流石に、大教会の中にいるのは申し訳ないと思ってますので……」


 ディーナ法皇は本音を読み取れたかように、悲しげな顔を浮かべた。


「っ…………そっ、それは確かに、そうですね。

 イツキ様のお気持ちを理解出来なくて、申し訳ありません」

「え……?」


 ディーナ法皇が潔く引いたことに、リリーナ皇女は首を傾げた。

 ディーナ法皇がリリーナ皇女に問うた。


「リリーナ、イツキ様は耳が遠い方。

 大教会はどんなところだと思いますか?」

「……? ここは吹奏楽団が毎日、演奏してるから結構、音楽流れてるし、色んな貴族と一緒に食事会とか、パーティもあるわね。参拝者に女神様のお言葉を伝えたりすることかな。あっ……」

「……気づきましたか?

 そう、イツキ様はその場に置かれると、寂しい思いをされるでしょう」


 ディーナ法皇がそう説明し、リリーナ皇女は青ざめた。


「あっ、大丈夫ですよ! 遊びに行きますから!」


 そこまで考えていないです。日本に帰りたい気持ちもありますし……一緒に過ごすと帰れなくなりそうだし。でも、たまにはいいだろう。


「暮らすのは大聖堂の近くになりますが、週に一回は遊びに行きます。その時は、お願いしたいかなと思ってます」


 そう告げると、ディーナ法皇は安堵して微笑んだ。


「良かったです。来て頂けると、わたくしは嬉しくなります」


 リリーナ皇女までも、ホッと胸を撫で下ろした。はにかみながら身振り手振りした。


《アタシも出来れば、たくさん来て欲しいですっ》


 そうして、イツキ一行はシーズニア大陸を後にしたのであった。

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