34話 旅職人ガルド

 立ち寄った酒場は、酒のにおいが漂っていて、にぎやかだった。冒険者たちや互いに飲みあっている。

 ウエイトレスさんがにこやかに微笑んだ。


「いらっしゃいませ! 何かご注文はいかがでしょうか?」


 頭の上に、ぴょこんと犬のような耳がついている。彼女は犬の獣人族のようだ。

 メイドの服を着ていて、お尻にはカールのかかったモフモフのしっぽ。

 何とも微笑ましい。


 はっ……いかんいかん。


 気を取り直して席を座り、ガルドとユアが注文を取る。


「エールを1つ、頼む」

「果実酒を1つとエールを1つ、お願いします」


 ウエイトレスさんはメモを取り、にっこりと笑った。


「かしこまりました! エール2つと果実酒1つですね!」


 初めて犬の獣人族を見たけど、何か愛くるしくなるね。


『ご主人様、ボクを見てください!』


 俺の足にペシペシと叩くクーは、尻尾をフリフリとしながら、抱っこ抱っこというような仕草で甘えてきた。

 ごめんごめん。嫉妬してたんだ。可愛いな〜。


『クー、おいで』と言って、クーは俺の太ももの上に乗せた。



「はい! お待たせしました。エール2つと果実酒1つです!」


 ウエイトレスさんが、エール2つのジョッキと果実酒1つのグラスを食卓上に置く。


「さぁ、イツキ殿とユア神官様に出会えたことに乾杯だ!」


 互いにグラスを合わさって言った。


「「「乾杯!」」」


 ガルドは一気飲みした。


「ゴクゴク……っぷはぁ!」


 ガルドは、豪快な飲み方をしていた。酒豪みたいだ。

 エールを飲み干したガルドは、俺に視線を向けて問うた。


「さて、イツキ殿は、剣を扱えるかい?」


 ガルドはニヤリと目が光った。何か猛獣を狙うような目つきだ。


「剣についてはかじったぐらいです。ギルマスの指導を受けたぐらいですよ」



 なぜ、イツキは流暢にガルドとの会話が出来るのか、不思議に思っただろうか。


 ここ一年、ユアの協力によって、発声スキルを磨いてきたのだ。

 発声には【超音波】と【韻律いんりつ】を組み合わせしたのである。

 音を出すだけなら【超音波】だけでよいだろう。

 しかし、聞き取りやすく、心地よい声を生み出すのは、リズムやトーンの調整が必要になってくる。

 そこで叡智様に調べてもらい、【韻律】のスキルを取るといいそうだ。

 元々、音楽家が良く使うスキルの1つらしい。

 これを【クリアボイス】と名付けておこう。


 そして、ユアが【共有念話】を発動してもらっている。

【共有念話】は、俺が新しく作ったスキルだ。

 それも叡智様のお陰である。


【共有念話】とは人の声がユアの耳に入ったとき、記憶に残る。

 その記憶が反映して、俺へ届くようになるのだ。

 例えば、ガルドが口に出した声がユアの耳に入る。

 ユアの脳内に文字が浮かぶと同時に、俺へ届くのだ。

 外国語を聞いて、頭の中で日本語へ翻訳する感じだろう。

 自然な感じではなく意識しないと出来ないため、対象者には負担がかかる。

 それも叡智様のお陰で、自動翻訳にしてある。

 そう、ユアが【共有念話】のスキルを発動するだけで、何も負荷はない。

 ただし自動に伝わるため、ユアの考えごとでも届くのが難点だったが、それも解決済みだ。

 唯一の欠点は、ユアがいないと【共有念話】できないことだが……。



【クリアボイス】で答えると、ガルドは瞬きした。


「ほう! あの堅物のシリウスか! あの堅物は、滅多に人を教えないからな」


 意外だ。

 面倒見のいいギルドマスターだと思っていたけど、周りはそうでもないのか。


 ガルドは何か、思い出したような表情を浮かべた。


「そうだ。剣のことだが、イツキ殿は魔導士だったな?」

「はい。魔導士です」

「魔剣士になるのはどうだ?」


 魔剣士というのは、魔法と剣を両方扱える職業だ。

 そんな職業を勧めるのは、何か意図があるのだろうか?

 ガルドは先程、武器屋で見せた魔剣を取り出す。


「この魔剣を触れてみないか?」


 え? 何で? と頭を傾げたが、とりあえず、触れてみる。

 触れたとたん、何やらバチっと弾く。

 続いて、魔剣がみるみると錆びていき、朽ちていった。


「バカな……」


 一驚の声を上げるガルドに、俺はどうしてぼろぼろと朽ちるんだ? と疑念に抱いた。


「この魔剣は、魔力を鑑定する作用がある。触れた者の魔力のレベルをはかることができる。

 イツキ殿は膨大な魔力を持っているな。耐えられず、朽ちてしまうとは……」


「それって、私たちを図ろうとしましたよね?」


「悪かった。この魔剣は触れると、鑑定できるシロモノだからな。魔法を扱える剣士を探しているんだ。まさかここで、使えなくなるとは想定外だ」


 驚愕に染めた顔つきになるガルドは、俺たちのことをかなり興味持ったのか、キラリと目が光った。


「そうだ。ドワーフ王国ガドレアに来い。俺はそこの生まれだから、遊びに来てくれ!」


 ガルドは懐から【ガルドの紹介状】を見せた。


「ガドレアはイシュタリア大陸にある。

 まずは、定期船でアローン王国へ向かう。そこから馬車などで、2ヵ月はかかるところだ。一番東の方だからな」


 と、遠いじゃないか!


「それでも近い方だぞ!」

「え……?」


 絶句するところ、ガルドが何か、地図っぽいのを出す。


「地図は商人の必需品だからな。これはあまり、他人には見せないものだがな」


 あの……ここは酒場ですけど。

 俺の心配をよそに、ガルドはそのまま話を続ける。


 地図を広げると、イシュタリア大陸、ガイア大陸、シーズニア大陸、無名になっている大陸の4つがあり、真ん中あたりにいくつかの小さな島が集まっているところがある。

 これは群島かな?


 形は違うけど、地球に在った世界地図と少し似ているな。

 この地図を眺めると、ガイア大陸とイシュタリア大陸が最も大きい大陸だと分かる。


 俺たちが今いる、シーズニア大陸は4つの大陸の中で最も小さいのか。


「ここからドワーフ王国までは、他のと比べて近いとわかるだろう?

 最も遠いのはガイア大陸だからな」

「確かに、言われてみればそうですね。イシュタリア大陸にあるアローン王国を経由して、ドワーフ王国へ向かうルートになるわけなんですね」

「そういうことだ。ぜひ、遊びに来てくれ! 良い武器を紹介するぞ」


 ガルドは嬉しそうに笑って、俺の肩に手を乗せた。

 俺たちの事を気に入ってくれたみたいだ。


 夜明けまで、ガルドと共に談笑しあったのだった。

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