29話 ラシェルト商店①

 シーズニア神聖法皇国オブリージュに滞在して、1か月が経った。


 宿屋は、【深紅のクォーツ亭】ではなく、宿泊料が銀貨2枚の【たそがれ亭】のところに滞在している。

【深紅のクォーツ亭】のところに、毎日宿泊は流石に厳しい。

 だって、風呂があるんだよ? のんびり入浴することが、至福の時間なのだから。それと、料理も野菜スープ、グリルチキン、リゾッド等がいくつかあり美味しい。

 ただ、1泊で銀貨10枚というのがネックだ。


 そのため、滞在している宿は銀貨2枚のところにした。

 そこは風呂が無い、料理は固いパンに塩味スープ、新鮮な野菜ぐらいである。


 え? 体洗うのはどうするのかってこと?

 それは【生活魔法:クリーン】で、体を綺麗しているのさ。

 足から頭まで隅々、綺麗にする魔法で、すごくスッキリするからね。


 この世界で暮らすとやっぱり、日本はかなり恵まれた国だとすごくわかる。ユアに聞いてみたら、身体を洗うためには、川のほとりや池などで入るそうだ。

 そんなの冷たいところ、入るの!? と文句言いたかったが、この世界では普通のようだ。


 料理もそうだ。砂糖は高級らしく、一般の宿屋ではあまり使われない。

 神聖法皇国オブリージュの近くに、【オブリージュの泉】と呼ばれている湧き水がある。

 湧き水が豊富な大陸なので、鍋料理、スープ、エール、果実酒など多岐にわたり、水をふんだんに使った料理が多い。

 日本と比べれば物足りないかもしれないけど、それでもグルメの国と呼ばれているのだ。


 ◆ ◆ ◆


 ここ一か月で、CランクからBランクへ昇格した。

 やっと昇格出来たので、Bランクの依頼も受託できるようになった。そして、報酬もかなり上がっている。

 Cランクの依頼報酬が金貨2枚以下というのが多かったが、Bランクとなると金貨5枚に増えたのだ。

 生活が楽になったのは言うまでもない。

 だが、BランクからAランクへは難しくなるようだ。

 神聖法皇国オブリージュでは、依頼ランクはC以下が多く、B以上は滅多にない。

 Bランク以上の魔物は殆ど、神聖騎士団が討伐をしているからだ。

 暗黙の了解で、Cランク以下は冒険者、B以上は聖騎士が討伐という基準になっている。


 冒険者ギルドでは、Bランク冒険者は少なく、Aランク以上になると国外へ出るようだ。

 または、神聖騎士団からの勧誘で入団することもあるらしい。

 神聖法皇国の神聖騎士団はAランク以上という厳しい入団試験を突破した者ばかりだ。

 団長はSランク以上だと聞いているし。どんな人か見てみたいですね。


 俺は、この国のことをかなり気に入った。

 ディーナ法皇とリリーナ皇女とはプライベートで、会うことが増えた。

 リリーナ皇女は国民にばれないよう変装し、一緒に買い物したり、食事したりしていたのだから。


 スキルもそうだ。

 やっと、【叡智】を使いこなすことが出来た。使いこなすのに1ヶ月かかるとは……。

 このスキルは、とんでもないスキルだった。

 例えば、討伐したばかりのシーズニアウルフの素材を鑑定しただけなら、ランク分け、ステータスぐらいだけ分かる。

 それに加えて、【叡智】を使えば、使い道、報酬基準、魔法習得レベルなど、多岐に渡るほど頭に入ってくるのだ。膨大な量で、頭が痛くなるほどだった。

 頭痛が起きるなんて、あまり使わない方がいいなと思った。



 そんな日常が、終わりを告げる。

 今の俺は、うーむと唸った。


 食卓の上にある物体を見つめながら、頭を抱えていた。コレがないと音も入らず、音のない世界を歩き回ることになる。


 どういうことか、お分かりだろうか?


 魔物の唸り声、人の声が入ってこない状態になるわけだから。

 そう、食卓の上にある物体というのは、俺にとっての必需品なのだ。


 それは、補聴器という。


【次元収納】へ保管することをうっかり忘れてしまい、食卓の上に置いたままだった。

 電池というのは、自然放電するもの。1年どころが、1ヶ月で切れてしまったのだ。


 ああ──、俺のバカバカ!


 この補聴器の電池の代わりとなるものを探し出したが、見つからず仕舞いだった。

 だが、【叡智】を使いこなせる今なら可能だろう。


【叡智】スキルを使うと、必要な素材は三つになるそうだ。


 Aランク素材:プロメダルギウスの鉱石……イリス火山の火口にある。電気の働きを助ける役割になる黒い輝きをした鉱石だ。


 Cランクの魔物:エレキスライム……イシュタリア大陸にあるトーステ大迷宮に生息している。電気を生み出す役割になる。


 魔石:小さいものでも可。魔法陣をかけることで電気の制御の役割になる。


 この三つで、補聴器の電池が完成できる。問題はどうやって、集めるかだろう。

 ユアにその素材について聞いてみたら、イシュタリア大陸のドワーフ王国に行かないといけないらしい。


『今すぐに、必要でしたら商人に聞いてみましょうか?』


 そうだね……。

 俺たちは鉱物や宝石を扱う商人が運営する商店へ、訪問することにした。


「いらっしゃい。ラシェルト商店へ」


 目の前にいる商人は、ラシェルトという商人だ。

 鉱石や宝石などを扱う名店らしく、貴族や皇族も好まれている。


「お久しぶりです。ラシェルトさん。プロメダルギウスという鉱石が欲しく、お伺いに参りました」


 ユアがイツキの声代わりとして、訪問理由を口にした。


「ユア神官様! ご無沙汰してます。

 プロメダルギウスですか。あれはドワーフ王国の領地にあるイリス火山のところだね」


 魔法の伝導率が高い鉱石だから、素材として魔力に帯びた魔剣とか、そういった武器、魔道具になるそうだ。


「希少種だけど、ここの店は一個しか扱っていないよ。金貨15枚になるけど大丈夫かい?」


 その1個は、とても小さな鉱石だった。

 小指より、とても小さかった。それで、金貨15枚は高くないか?


「仕方ないよ。この鉱石はね。Aランクの素材だよ。

 ドワーフ王国のイリス火山の火口には何かいるか、分かってるかい?」


 うーん……。ユアに振り向くと、頭を斜めにして頬を手で当てていた。どうやら、ユアも知らないようだ。


 ラシェルトは、申し訳無さそうに答える。


「それはSSランクの大精霊獣フェニックスが住んでるからだよ。

 沢山採取すると、怒りを買うからね。だから、フェニックスとの契約で、限られた数のみ採掘してるよ」


 フェニックスは、乱伐防止のために採掘量を制限している。フェニックスと契約をしなかった者は、死に至らせるのだとラシェルトはそう答えた。

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