17話 法皇と皇女
膨れ顔のリリーナ皇女は、つーんとしている。
「リリーナ皇女様……」
ユアは、今までのリリーナ皇女とは違うと唖然していた。
確か、リリーナ皇女はしっかりしていて皇族という立場を弁えていたと言っていたな。
多分、これが素のリリーナ皇女だろう。
ディーナ法皇が、俺に問うた。
「イツキ様、わたくしのお話はお分かりでしょうか?」
俺は読唇術が出来るので、相手の口の動きから読み取れるのだ。
これは人によるが、ディーナ法皇は凄く読み取りやすい。滑らかで、ハッキリとしている。
これまで色んな人と話していたが、会話の部分しか読み取れないことが多かった。
だが、ディーナ法皇は口の動きから読み取れない部分が全くない、よどみなく全部読み取れるほどだった。
法皇として数多の種族、不特定多数の人間を相手に会話してきたという実績があるからだろうか。
勇気を絞って、口から声を発してみることにした。
「はい、凄く分かります! ディーナ法皇様のお言葉は、とても丁寧で分かりやすく、はっきりしています」
頑張って発声したけど、伝わったかな?
リリーナ皇女とユアは、少し怪訝な顔つきになっていた。
俺の言っていることが分かりにくかったんだろうな……と悲しい気持ちになった。
ディーナ法皇は伝わっただろうか……?
「あら、丁寧で分かりやすいなんて、嬉しい限りです。わたくしは、凄くもないですよ。
会話というのは、お互いに分かりあうためなのですから。イツキ様の言っていることは全て、分かりますわ」
うそ……すごい!
初めて会う方で、完全に通じるなんて、今までにあっただろうか……。
全て分かるって、そんな言葉は今までになかったよ。
日本にいた時も、そうだった。ほとんどは、「言ってること分かるよ」としか言わないんだよね。
それなのに、全て分かるとおっしゃった!
女神様だと思わせる程、震えてしまったわ。
「嬉しいです。すみません。思わず……」
感動のあまりに、ホロリと涙を流してしまう。俺って、チョロイかもしれない。
「あら、寂しい思いをお過ごしされていたのですね。何ならお時間ある時でも、構いませんので、遊びに来てくださいね」
ディーナ法皇の言葉を受け止めた俺は言葉にならない程、感動を覚えた。
リリーナ皇女とユアはこの光景に、目をぱちくりさせていた。ディーナ法皇はそんな二人に、言葉をかけた。
「リリーナ、イツキ様はお悩みをお持ちのようです。シニフィ語でも、イツキ様とお話してくださいね。
ユア様、イツキ様のお傍にいられるのは貴方しかいません。いつか、イツキ様は孤独に陥る時が来るでしょう。……イツキ様を救えるのは、貴方しかいないと思います」
耳にした2人は、決意を込めてうなずいた。
ディーナ法皇が意を決したような顔つきになって、俺に振り向いて言った。
「イツキ様、リリーナはもうすぐ15歳になります。皇族の掟として、必ず行われなければいけないことがあります」
皇族は成人になるためにはシーズニア大聖堂へ行き、祈りの儀式による女神の神託を受けなければならないそうだ。
神託を受けるのは、オブリージュの血を継ぐ者しか出来ない。
リリーナ皇女の名はリリーナ・ジュエル・オブリージュ、
ディーナ法皇はディーナ・グラス・オブリージュ。
第三皇子はアローン王国の学園都市に通っているため、ここにはいない。
そんな彼女が俺に、じっと見つめて頭を下げた。
「イツキ様、ユア様。折り入って、お願いがあります。
リリーナを護衛として、シーズニア大聖堂へ同行して頂けますでしょうか?」
「もちろんです。私達に、このような依頼を頂けるのは光栄です」
リリーナ皇女にはお世話になっているし、手助けしたいと思っていた。最もディーナ法皇の会話に感動してしまったのが、大きな理由だ。
「ありがとうございます……。リリーナはイツキ様のことを大変、好意持っています。
リリーナは大変、喜ぶでしょう」
ディーナ法皇は安堵したかのように、微笑んだ。
リリーナ皇女が赤くなった。
「ちょっと──! イツキ様になんてことを言うの? ずるいよ! 恥ずかしいんだけど!」
「ふふっ、リリーナ。イツキ様は、まさに王子様のようでしょう」
「やめて──!」
リリーナ皇女は、恥ずかしいあまりに手で顔を隠した。
俺は思った。
皇族相手に対応するのは誰でも緊張するのに、
それが、リリーナ皇女の魅力だろう。
《イツキ様、違いますよ。それは、イツキ様だからです》
おっと、リリーナ皇女から指摘が──。
うん? どうして、俺なんだろう?
詳しく聞いても、リリーナ皇女は知らんぷりだけど……。
◆ ◆ ◆
会食が終わり、ディーナ法皇は聖騎士たちを呼び出した。
「御呼びでしょうか。ディーナ陛下」
呼ばれたのは神聖法皇国の法皇直属聖騎士団、老年聖騎士ガイゼルだ。
「リリーナ皇女をシーズニア大聖堂へ赴くことになる。成人を迎えるために、準備しなさい。それと、イツキ様とユア様は護衛として同行することになっている。
──ガイゼルよ、聖騎士2人を選別し、守護せよ!」
上に立つものとして威厳を放つディーナ法皇に、リリーナ皇女も真剣なまなざしで、ガイゼルを見つめた。
ガイゼルは意を決してひざまずいた。
「はっ! 承知致しました。このガイゼル、リリーナ殿下を無事に、成人としてお迎えすることをお約束致します」
俺はこの合意のやり取りに、「流石だ……」とつぶやいた。
日本にいた時は、このようなやり取りは映画ぐらいだなと思っていたが、実際に見ると迫力が違う。
ディーナ法皇は、小さく頭を下げた。
「イツキ様、光の日に出発することになります。それまでに、ご準備を宜しくお願いします」
今日は風の日だから……明日に出発ということだね。
「承知致しました。準備しておきます」
「祈りの儀式は女神の日と定められていますので、光の日に出発し、大聖堂へ到着するのは闇の日になるでしょう。
そして翌日は女神の日になりますので、間に合うようお願いします。報酬は弾みますので。
……リリーナをよろしくお願いします」
「はい。ご安心ください! 無事に成人を迎えるよう、きちんと護衛してまいります!」
ディーナ法皇の意を受けて、そう宣言した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます