16話 法皇の謁見

 

 法皇の謁見のために、身嗜みを時間かけて整えてきた。


 俺は絹とレースをふんだんにあしらった贅沢なワイシャツに、フォーマルな上着。スラックスに似た、上品な服だ。

 ユアは神官らしく、複数の天使の輪を組み合わせたような幾化学模様の白いコートに、つなぎを着こなし、杖を持ち合わせている。


『イツキさん、これなら恥ずかしくないでしょう』

『そうかな? こういった衣装、派手じゃないですか?』

『いえ、これでも地味ですよ。さぁ、行きましょう』


 ええ──凄く恥ずかしいんだけど! と言いたげだったが、もう謁見の時間が迫ってきている。……もう、馴染むしかないと割り切るのだった。


 そんな2人は、大教会へ向かうことになった。


 神聖法皇国の中心にある大教会は、法皇や皇族が住むところだ。

 その大教会は中央広場に面して建つ、尖ったアーチ状の屋根から、かまぼこのような形をした飛び梁のゴシック様式であり、金の星がちりばめられた穹窿きゅうりゅうをはじめ、美しいステンドグラスが華やかに彩られている。

 かなり大きく、200メートルはあるんじゃないかと思うほどだ。


『すごい……。こんなに、神々しいの初めて見ました』

『ふふっ、この大教会は神職人と呼ばれた数人の建築技師により、建てられています』


 ユアは誇らしげに言った。


『これは、凄い造形です。こんなに美しい教会を生で見るのは、初めてです』


 大教会の神々しさに、うっとりと見とれてしまう。

 神職人クラスまで辿りついた建築技師は4人いる。3人は神聖法皇国に滞在していて、もう1人はガイア大陸にいるようだ。

 この国は、芸術の国と言われており、世界中の憧れの的になっている。旅は危険だが、それでもディーナ法皇を見たいという人もいるようだ。


 ユアが、大教会の大きな門の前に、立っている執事に訪ねた。


「法皇陛下の招待によりお伺いしましたイツキ一行です」


 執事が畏まるように頭を下げた。


「イツキ様、ユア様。お待ちしておりました。さぁ、どうぞ。ご案内いたしましょう」


 執事の案内により、謁見の間へ向かった。


 3メートルはある大きな門を開くと、見上げる程、高い柱が並んでいた。ここから真っ直ぐ向かうと、大きな玉座がある。


 そこに座っている法皇は、女性だった。

 天使の輪と翼の模様の組み合わせた幾何学模様をあしらっていて、豪華な白装束を、着こなしていた。

 腰まで流れる金髪に、透き通った海のように綺麗な瞳、女神に最も近い絶世の美少女だった。

 そんな少女を見つめた俺は、緊張のあまりに息を呑んでしまった。

 カチコチとしている俺を見た法皇は畏まらなくてもよいわ、と微笑んでいた。その微笑みに、周りは陶酔とうすいしていた。


「お待ちしておりました。イツキ様、ユア様。我が女神ディネヘレゥーネ様を信仰するシーズニア神聖法皇国オブリージュの法皇であり、ディーナ・グラス・オブリージュと申します。

 ディーナと申してくださいませ。どうぞよしなに」


 ディーナ法皇は微笑みながら、手を差し伸べた。握手したが、ほっそりとした手であたたかった。

 ユアが声を出しながら挨拶した。


「ディーナ陛下、ご無沙汰しております。私は、イツキさんのとなります」


 ディーナ法皇は、小首を傾げてユアに問うた。


とは、何でしょうか?」

「申し遅れました。彼、イツキさんは耳が遠い方です。そのため、念話で通訳しております」


 ディーナ法皇は、納得した顔を浮かべた。


「そうなのですね。これまで、お辛かったでしょう」

「はい。イツキさんは私たちと同じ会話できるよう、スキルや魔法を工夫しています。その日が来る時まで、私がイツキさんの耳代わりとなります」

「あら、これは頼もしいわね」


 続いて、微笑みながら言った。


「私に何か出来ることあれば、いつでも言ってくださいね。ご協力いたしますわ」

 

 ディーナ法皇の言葉を最後に、謁見はお開きになった。



 あ、リリーナ皇女が、ここに来るみたいだ。

【気配感知】スキルを常時発動しているからなのか、リリーナ皇女が走ってくることに察知した。


《イツキ様、この度はありがとうございました!》


 リリーナ皇女がバタバタとやってきて、シニフィ語でお礼してくれた。


《いえいえ、どういたしまして。そちらも、お怪我はありませんでしたか?》

《はいっ! 大丈夫です!》


 リリーナ皇女はフンス! と誇らしげに身振りした。そして、もじもじとしながら、シニフィ語で身振りした。


《これから、お供しませんか? 食事は準備してあります!》


 そんな折を眺めていたディーナ法皇は、目を丸くした。

 リリーナ皇女はディーナ法皇を見やり、エヘンと胸はないが、踏ん反りしている。


「リリーナ、シニフィ語を扱える方がいたのですね」

「うん! アタシを助けてくれたイツキ様がシニフィ語、扱えるの!」

「あらあら、ふふ。楽しそうね」


 ディーナ法皇は嬉しそうに、口に手を添えて微笑した。


 リリーナ皇女によると、シニフィ語を日常に使うシニフィール族はガイア大陸にいる。【念話】やシニフィ語で会話する種族なのだそうだ。

 そんな種族に会ってみたいと言ったら、アローン王国へ向かい、船の乗り継ぎで小人王国シャルロットへ渡らないといけない。


 リリーナ皇女が俺をじっと見て、おねだりした。


《アタシも一緒に、行ってもいいですか?》


 ディーナ法皇はリリーナ皇女が言いたいことに感づいたのか、直ちに却下した。

 

「リリーナ、だめですよ。旅は危険なものです」

「ええ――! ディーナお姉様っ!」


 リリーナ皇女は、むぅ──と頬を膨らませた。


 ◆ ◆ ◆ 


 ディーナ法皇は、向こう側の門へ手を差し向けた。


「では、これから会食しましょう」


 食卓の間へ案内され、そこは長い食卓だった。上座に2脚の椅子と、隣に2脚の椅子が置かれている。

 長い食卓の上座に座っているのは、ディーナ法皇とリリーナ皇女だ。上席の近い席には俺とユアが座ることになっている。


 この日のために、ユア先生の食卓における礼儀作法の練習をしていたことを思い出す。

 顔合わせするために姿勢を正しくすること、食事するときは顔を上げたままで視線だけ下に落とすように、と指導を受けたのだから。


 ここでも、教鞭の鬼が発揮する。


『イツキさん、犬食いになってます。印象が良くないですよ』と厳しく言われまくり、心に傷がついたことを伏せておこう。


 そんなことを思い出しているうちに、執事が赤い液体のようなものが入っているボトルを手に持って優雅に歩いた。


 これって、赤ワインだね。


 執事はソムリエのように、ボトルを手に取りグラスに少しずつ注いだ。

 4つのグラスに注ぎ終えた後、ディーナ法皇はグラスを胸の高さまで、ゆっくりと持ち上げた。


「イツキ様とユア様に、女神様の祝福を」


 ゆっくりと匂いを嗅ぎ、口を含めたとたん、あまりの美味しさに驚いた。

 これは! 森の中にいるような清々しさを感じるフルーティーな味わいで、心が満たされるなぁ。


「このワインはここ近くの醸造所から作られたものです。わたくしのお気に入りのワインですよ」


 ディーナ法皇は誇らしげに、格別ですよと微笑んだ。


「ふーんだっ。酒飲むのは15歳になってからですもの──!」


 おとなりのリリーナ皇女はなぜか膨れ顔になっていた。手に持っているのは、ブドウジュースだった。


 この世界は、15歳以上が飲酒だということに早くないかと思った。


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