幕間 ユアの思い①

 私は第四神官、ユアです。

 元々は、世界を旅する聖女として、シーズニア大陸とイシュタリア大陸を中心に世界中のあちこちにある教会へ訪れたり、小さな村へいき、患者に神聖魔法で癒したり、治したりしていました。

 メシア様から勧誘を受けましたが、最初は断っていました。

 生涯、大聖堂に籠る生活が嫌だったからです。でも、メシア様はそのことに気付いていたようです。


「大丈夫ですよ。3年間でも、数年間でも経験してみませんか? 生涯でなくても数年で、より成長できるでしょう」


 そんなメシアの一言で決心しました。

 私は世界で最も崇高なシーズニア大聖堂で数年間働くことは、とても大きな経験になると感じていたので、神官入りとなったのです。

 そして、今に至り、イツキ様との出会いで旅立つことになりました。


 イツキと旅立つ準備をしながらも、それまでの経緯を思い出す――


 ◆ ◆ ◆


「異世界からの来訪者が来ます」


 神官長であるメシア様から神託を受けた時、ユアは緊張していた。

 シーズニア大聖堂の奥部にある召喚の間に、魔法陣が描いている直径10メートルほどの台座にて、ユアの他に、神官三姉妹であるメイ、マイ、リン、合わせて4人の神官たちは異世界からの来訪者をお迎えするために、魔法陣を行使し展開する。


 あちこちに照らしている松明が消え、室内が薄暗くなる。

 その後に、魔法陣がゆっくりと紫色に照らし始める瞬間、眩しい輝きを放った。

 魔法陣の上に、1人の人影が現れた。

 

 その光景を眺めた4人の神官たちは、転移は成功したとホッと胸をなで下ろした。


 魔法陣の上に立っているイツキは、見たこともない衣装、貴族の衣装と似ているが派手でもなく地味な色で統一されていた。短髪で端正な顔立ち、爽やかな感じだった。

 イツキの第一印象を受けたユアは、思わずつぶやいた。


「あら、好みだわ」


 ユアはイツキことを気になり、観察しようと決心することになる。

 瞬く間に、メシア様が、イツキを呼びかけた。


「ごきげんよう、アステルの世界へようこそ。お迎えに参りました」


 だが、イツキは無視しているのか、気付いているのか、床にじっと見つめながら考え込んでいた。


(あら、何やら考え込んでいるようね。メシア様が呼びかけてるけど、まるで気づいていないみたい)


 メシア様が再び、呼びかける。


「あの……来訪者様?」


 それでも、気付いていない。メシア様は戸惑いながらも小首を傾げていた。


「あの……」


(メシア様の呼びかけに、どうして気付かないの? もしかして……) 


 ユアがメシア様に言った。


「メシア様、肩を叩いてはどうでしょうか?」

「え、ええ。そうしますね」

 

 メシア様はうなずいて、呼びかけようとイツキのそばへ近づき、「あの……」と、肩に軽く触れたとたん、驚いた声を上げた。


「うおっ!」


(気付いたら、すごくびっくりしてる。彼は考え込む癖が強いのかしら?)


 気を取り直したイツキが、一礼した。


「はぢめまて、たちま、いつきで、よろくおねがいちまつ」


(えっ……?)


 メシア様へ挨拶するイツキの第一声に、ユアは戸惑ってしまった。


(……何を言ってるのかしら? 異世界の言語なのかしら? あら、残念な顔をしてたけど、私、何か悪いことをした!?)


 ユアはどうしたらいいのか、分からなくなってしまったようだ。

 イツキこと彼は耳が聞こえないということを、知ったユアは目を白黒させた。


(耳が遠い方だったの。女神様はどういう意図で、彼をここに招待したのかしら……)


 ◆ ◆ ◆


 ユアを含め4人の神官たちは、紅茶を嗜んでいた。

 シンプルな食卓、白いソファが置かれていて、飾り気なく綺麗な部屋になっている。

 ここは神官室だ。神官クラスしか入室出来ない部屋なので、普段はここで話し合うことが多い。


 第一神官であるメイは、その場にいる3人の神官たちに語った。


「女神様の神託によると、彼は世界を救う御方だそうです」


 第一神官メイは、神官長メシアの秘書的な存在である。

 腰まで流れる黒髪に、ブラウン色の瞳をしている。日本人に最も近い容姿をした、惚れ惚れする美少女だ。

 メイは、3人の神官たちを取りまとめる役割を担っている。


 マイが手を挙げた。

 

「勇者様ということですか?」


 マイは胸まで流れる金髪に、眼鏡をかけている。知的さを感じる少女だ。第二神官マイは期待を込めた眼差しをした。


「いえ、勇者ではないそうです」


 と、メイは頭を横を振って、きっぱりと否定した。

 そんなメイに、ユアが問うた。


「メイ、それはどうしてですか?」


 ユアはという、理由を知りたくなった。


「そうね……」


 メイは言っていいのか悩んだが、意を決して神官たちを見つめた。


「勇者は、本来は輝くオーラをはなつの。特異なる存在だから勇者しか出せないオーラがあるそうよ。それを見抜くのがメシア様なの。彼はそんなオーラはなかったみたい」


「「「……………………」」」


 皆が、沈黙になった。

 長い沈黙の時間を破ったのは、リンだ。


「はい! リン特製の紅茶です──! 私が栽培したので、格別ですよ!」


「「「あ、ありがとう」」」


 この場のムードを明るくするのは、リンの強みである。皆は思わず、ほっとした表情でリンにお礼した。

 第三神官リンが、淹れる紅茶は美味しい。

 桜がぱっと咲いたような輝きを放っていて、妖精のように可愛らしい少女だ。元々は喫茶店で働いていたが、素質があったゆえに女神の洗礼を受け、神官となったのである。


「勇者ではないなら、どうして彼が世界を救うのか、その理由はメシア様ならご存知ではないですか──? 私たちが考えても仕方ないかなと思います──!」


 リンは真っ当すぎる事を、口にした。


「確かに、その件にはメシア様ですね」


 とマイが納得したのか、そう答え、皆がうなずいた。



 メイは手をポンと合わせて、皆に声をかけた。


「みなさん、明日は……いえ、これからはイツキ様と共に食事することになりました。メシア様によると、イツキ様は誠実なお方だったそうです。

 前例にないことですが、イツキ様はこの世界に転移されたことで混乱しています。イツキ様を安心させるように手助けをしたいと思っています」


 ここの大聖堂の神官は、女性しかいない。

 そんな神官たちの反応というと、

 メイは神官長であるメシアの言葉に絶対なのだ。第一神官に、登りつめた理由でもある。

 マイは恥ずかしいわねと赤くなった。

 リンは不安げでもあるもの、料理振舞うわ! と気合込めていた。

 ユアは真剣な眼差しで、うなずくのみだった。

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