8話 神聖法皇国オブリージュ

 空がオレンジ色になり、薄暗くたそがれている。

 広大な森林からやっと抜けたとき、遠くにある山の頂に大きな街並みが見えた。

 背の高い外壁が覆われていた。その中心に、外壁より大きな建物が建てられているのが見える。

 ユアが街並みを指さして言った。


『見えてきましたね。あそこが、神聖法皇国オブリージュです。

 大きな外壁に覆われていて中は見えませんが、外壁より大きい建物が見えますか? あれが大教会です』


 大教会を眺めると、かなり威容だと感じた。

 尖ったアーチ状の屋根、かまぼこのような形をした飛びばりを見ると、まるでコジック建築のようだ。

 左右に、2つの大きな槍のようなものが突き立てている形をしている。

 その大教会から松明のようなオレンジ色の明かりが、ちりばめていて見惚れた。


 到着した頃には、太陽がひっそりと隠れてしまった。松明のような灯りが照らしている正門に、門番らしき兵士が立っている。


「ようこそ。神聖法皇国オブリージュへ。証明になるものを見せて頂きたい」


 と門番が会釈し、手を伸ばした。

 ユアが証明になるもの、それは神官証明書だった。それを提示すると、門番は驚いた顔を見せた。


「こ、これは! 大変、失礼いたしました! 大聖堂の神官様の方でしたか!」


 門番が俺を見やり、「そちらの方は?」と尋ねた。

 ユアが答えた。


「この方は大聖堂のお客様です。私と共にここへご案内することになっています。なので、証明するものがありません。診断石をお借りいただけますか?」

「なるほど。では、診断石を利用しましょう」


 うなずいた門番が、俺に診断石をお触れになってください、と視線を感じた。

 俺は、石の上に手をかざした。


「……問題ないですね。改めて、神聖法皇国オブリージュへようこそ」


 と安心した門番は、門を開き、手を胸に当てながら一礼した。



 神聖法王国オブリージュの外周は、高さ10メートルの外壁が覆われている。大教会を中心に、放射線状の道沿いにいくつかの建物が並んでいた。

 赤レンガの建物に石張りの道路は中世の香りが漂っていて、松明のような灯りが星屑のように散らばっている。

 見惚れるほど、美しい街並みになっていた。


 少し歩いて、ユアに尋ねた。


『ユアさん、さっきの丸い石は何ですか? 何やら触れって、視線感じましたので、手をかざしましたが……』

『あれは診断石といって、対象者の履歴を調べるものです。分かりやすく言えば、犯罪歴を調べるためですね』

『そんなものがあるのですね。犯罪とは、どんな?』

『そうですね。窃盗罪とか、殺人罪ですね。

 ちなみに、戦時中、正当防衛で殺した場合は犯罪にならないです』

『戦時中……この世界は、戦争とかあるのですか?』


 何だか、不安になってきた。


『ありますよ。

 ここの大陸は戦争があまりなく平和なところですが、向こうの大陸は戦争がしょっちゅう起きています』


 さらっと答えるユアに、この世界は危険なところかもしれないと感じた。


 シーズニア大陸は、神聖法皇国と大聖堂、そして小さな村しかなく争いなどは少ないようだ。平和そうな大陸だが、向こうの大陸からの侵略者や魔物の侵入などがあるらしく、大陸の外周には神聖騎士団が防衛している。


 神聖騎士団はシーズニア神聖法皇国オブリージュの守護者と呼ばれ、ランクはA以上であること、女神に信仰し、上位神聖魔法を扱えることが入団条件となっている。


『なるほど。彼らが守っているため、ここの大陸は平和を維持しているのですね』

『そうですね。世界を旅することは、本当は過酷なんですよ。普通は、旅したいとは思わないんです』


 ジト目で、睨むユアはそう口にした。


『はは……軽率でした。あ、冒険者ギルドへ行ってみたいのですが、いいですか?』

『そうですね。ここからだと、宿屋より冒険者ギルドの方が近いのですが、今日は暗くなっていますので、明日に行きましょうか。私が良く泊まる宿屋がありますので、向かいましょう』


 確かに、今日は暗くなってきたもんな。

 2日間歩いてきたから、宿屋でスッキリしたいものだ。


『そうだね。宜しくお願いします』


 ユアが良く行く宿屋へ向かうと、広場にいくつかの木が並んでいた。真っ直ぐに行くと、赤レンガで積めた4階建ての立派な建物がある。

 その宿屋の名前は【深紅のクォーツ亭】と書かれていた。

 日本にいた頃、旅行で観光してきた某赤レンガの建物と似ている。


 こんな立派なところへ良く行くユアさん、あなたはいったい何者だ……。


 建物の中に入ると、宿屋のオーナーから呼びかけてきた。


「いらっしゃいませ。あら、ユアさん、お久しぶりね。今日も1泊かしら?」

 

 ユアがうなずいた。


「キャサリンさん、お久しぶりです。今日は彼と2人で泊まりますので、2人部屋をお願いします」

「あらあら、ついに彼氏できたの? いやん、したたかね」


 キャサリンが、からかうように微笑んだ。


「……え? したたか? いえ、2人でいる方が安心できますので」

「分かりましたわ。では、2人部屋をご案内しますね。今日は宿泊する人が少ないので、ご安心してくださいね」


 キャサリンはクスクスと笑いながら、さりげなく鍵を差し出した。


「あ、ご配慮ありがとうございます」


 どういう意味だろうと小首を傾げるユアは、部屋のキーを受け取った。続いて、銀貨10枚をキャサリンに手渡した。



 俺は2人の会話が何を言ってるのか分からないので、ロビーの雰囲気を眺めていた。そんな最中、キャサリンと目が合い、ウインクしてきた。


 えっ、俺? と慌てて、頭を下げてしまった。

 あれ? 何で、頭下げるんだろう……。


 そう思ったとたん、ユアが俺に招いた。


『これから部屋に向かいますので一緒に行きましょう』

『あ、はい。あの店番からウインクされたのですが、何かあったのですか?』

『その方はキャサリンさんといって、ここの宿屋のオーナーです。ウインクされた理由ですか。すみません、私には分からないです。

 ただ、イツキさんは耳が遠いので何かあると困りますし、2人で泊まるので2人部屋をお願いしただけです』


 頬に手を当てて考え込むユアが答えたことで、俺は納得した。


『あ――、そういう意味でしたか。まぁ、嬉しいですけど……』


 俺とユアは共に旅する仲間だと思っているが、キャサリンから見れば、恋人同士の宿泊だと勘違いしている。

 ユアは俺にとって色々とサポートしてくれる大変、有難い存在だ。ただ、一緒に泊まることは緊張するけど。


 そんな最中、2人部屋へ向かっていくのだった。

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