4話 異世界での生活

 朝日がそびえる山に顔を覗かせ、窓から朝の日差しが流れ込むころ、侍女に起こされた。


「イツキ様、おはようございます」

「あ、おはようございます……」


 この世界は、太陽が見え始めた時に起きるのが一般的だそうだ。

 日本にいたときは、7時に起きるのが当たり前だったので、辛いです……。

 もう少し寝たいですよ。


 侍女が、スープをすするようなジェスチャーで《ご飯を食べる》と身振りした。


 あ、これから朝食ですか。そうですか。

 俺は、手を丸くするようにオッケー、と伝えた。

 侍女は微笑んで、コクコクとうなずいた。


 しかし、起こされるのはいつ以来だろうか。

 それにしても、侍女はメイドのような服装をしている。しっかりと弁えているし、本物は違うな。


 侍女の後を追いながら、窓からの自然あふれる景色を眺めた。

 どこを見ても青い空、山々、風になびく森であった。


 大自然に囲まれた中世漂う大聖堂の中で過ごすと、何だが心が癒されるね。


 食卓の間へ向かった。

 そこにあるのは、塩味の野菜スープ、固いパン、牛乳のようなものが入っているコップの朝食セットが並んでいた。

 メシアを中心に、周りの4人は、メシアと同じような服装をしていた。


 もしかして、メシアさんと同じく神官なのだろうか。


 メシアさんに、挨拶を交じってお礼を伝えた。


『メシアさん、おはようございます。昨晩はお世話になりました』

『おはようございます。平凡な朝食ですが、どうぞ、お召し上がりくださいませ。――この世界では、これが日常の朝食なのです』


 平凡だということを察したのか、申し訳なさそうに口にしたメシアに、俺はとんでもないですと頭を横に振った。

 昨日、聞きたかったことをメシアに【念話】で尋ねた。


『食事中に申し訳ないですが、聞きたいことがあります』

『なんでしょう?』

『魔法についてなんですが、詠唱とかそういう決まり事とか、そういうのを教えて頂けますか? 魔法を唱えても、全然ダメでした』


 メシアは、頬に手を当てながら考えた。


『魔法ですか……。――そうですね。魔法を得意とする神官がいますので、その方に教鞭を執らせますか?』

『ありがとうございます! 助かります!』


 見渡すと、4人の神官たちは、俺とメシアが見つめ合っていることに首を傾げていた。

 そのことに気付いたメシアは、神官達にこれまでの事情を説明した。


「私達は今、念話で会話しています。彼は耳が遠いそうです。そのため、念話で語り合いしているのです」


 4人の神官たちは、納得したのか、うなずいた。


「念話が出来ない方は、身振りとはっきりとした口調で答えると良いでしょう。彼は身振りで通じる方ですので」


 メシアは軽くため息をし、俺に【念話】で伝えてくれた。


『イツキ様、神官たちに聞こえないことを説明させましたので、ご安心くださいませ。何か分からないところがありましたら、教えてくださいね。念話は念じれば、離れていても出来ますから』

『すみません、とても助かります』


 そこまで対応してくれることに思わず、嬉しい気持ちが一杯になった。


 ◆ ◆ ◆ 


 異世界に飛ばされて、1か月が経った。異世界での生活に大分慣れてきた。

 魔法のイメージトレーニング、新しく身についたスキルを使いこなすために繰り返したりしている日々であった。


 肩までふんわりとした茶髪に、目がくっきりとしており、小柄で可愛らしい顔立ち、知的な印象を受ける神官ユアと、2人で過ごすことが増えたのだ。

 今は、ユアから、魔法について教鞭して貰っているところだ。


 ユアがニッコリと【念話】で言った。


『違いますよ! そうそう、こうやります。これを500回繰り返してくださいね』


【風属性魔法:ウインド】で的を当てる練習であった。この魔法を500回繰り返して唱えなければならないことに、戦慄を覚えた。

 ユアは教鞭の鬼に相応しい指導であった。


『ご、500回ですか?』


 戸惑うように問うと、ユアが再びニッコリと微笑んだ。


『イツキ様なら簡単でしょう? さぁ、始めてください』


 これはしんどい! 休ませる暇もない!

 いったん、休憩とりたいのでここで終わらせよう。


 魔法の練習を終わらせたいがために、ユアに【念話】でお礼した。


『ユアさん、ありがとうございます。魔法について、凄くためになりました。休憩してもよ――』


 ユアが【念話】をさえぎった。


『イツキ様は、素晴らしい才能をお持ちのようです。聞こえないという話は聞きましたが、聞こえないことに関してカバーできるお力をお持ちですので、ご安心ください』


 ユアは再び、ニコニコとしながら『さぁ続きです!』と教鞭を始めた。


 お、終わらせてくれないっ!


 ――だが、ここで救いの言葉が来てくれたのだ。

 メシアからの【念話】が飛んできた。


『メシアです。――イツキ様、お疲れ様です。旅立ちの時が来ましたね。わたくしのところに来てくださいませんか?』


 ユアまでも届いたのか、俺に振り向いた。


『イツキ様、メシア様が御呼びになっております。ともに伺いましょう』


 俺は、メシアさんのことを神の救いに感謝を込めた顔で答えた。


『ありがとうございますっ! すぐに向かいます!』


 そう言って、神官長の部屋へ伺いに向かうのだった。

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